鬼神 ~おにがみ~

@syominn

鬼神(おにがみ)

――――――――――


 とある町。



「行ってきます」



 誰に伝えるでもなく放ったその言葉は、少し寂しく空気を振動させた。


 「神名 悠乃(かみな ゆうの)」16歳。高校生。


 現在、早朝。天気は快晴。


 ふぅ。と小さく吐き出しながらゆっくりと自室の鍵を閉める。

装着している黒縁眼鏡のテンプルを何気なしにいじりつつ、男の子にしては少し長い黒髪が、そよ風にふわりと揺れた。



「あ、もうこんな時間!」



 ふと、制服の内ポケットから取り出したスマートフォン。

その画面に映し出される時間を確認し、登校時間が迫っていることに気が付いた。


 さっきまでの落ち着いた様子はどこへやら。

僕は急ぎ足でアパート2階から、1階への階段を駆け降りる。


 かんっ、かんっ、かんっ。


 鉄階段を降りる際の金属音が、大きく周囲に響き渡る。



「急がないと遅刻する!」



 ようやく1階へ到着。

僕は、駆け降りたスピードを殺すことなく、高校への通学路を全力で走り出した。




♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎



 勢いだけは良かった。

が、全力疾走がそんなに長く続くはずもなく――――



「はあ、はあ。ちょっと、ちょうし、乗った……」



 すぐに息切れし、既に肩で息をする状態にまでになってしまう。


 ちょっと休もう。


 僕は、走るスピードを徐々に遅くする。

そして、スピードが歩き程度の速さに減速した、その時だった。



「あ、お化けちゃん」



 可愛らしい、少しおどけた声が、僕の後ろから聞こえてきた。



「お化けちゃん言わないで!」



 そんな言葉に、僕はちょっと声を荒げる。

そして、まさに条件反射といったスピードで後ろを振り返った。


すると――――



「ふふっ。ごめん、ごめん」



そこには、僕と同じ学校の制服を身にまとった女の子が立っていた。



「山城さん……。そのあだ名で呼ぶの止めてって何回言えば分かるんだよ」



 彼女の名前は「山城 須芹(やましろ すせり)」。

僕の高校からの知り合いである。


 ぱっちりとした目、ふっくらとした唇。

身長が150㎝程度しかないという小柄な体型にも関わらず、出るべき所は出ているという完璧さ。


 彼女の肩下辺りまで伸びている、少し茶色掛かった髪の毛。

柔らかく毛先がカールしている艶やかなそれは、そよ風にふわりと揺れ、彼女の可愛さをより際立たせていた。


まさに美少女。


学校でもモッテモテ。



「いいじゃない別に」



 少し前屈みになりながら、ぷくっと頬を膨らます山城さんに、僕の鼓動が少し高鳴る。


が、僕はそんな雑念を頭を振って追い払った。



「よくない!」



 人を変なあだ名で呼んでおいて全く悪びれない彼女。



「そっか。可愛いと思うけどなあー、お化けちゃんってあだ名」



 そう呟きつつ、彼女は笑う。

大きな二重の瞼が、少しだけ細くなった。


 彼女のこの笑顔は、一体何人もの屈強な野郎どもを屈服させてきたのだろうか。

きっと両手では数えきれないであろう。


 ずるいなあ。


 はあ。そんなため息がこぼれた。



「山城さん。早く行かないと遅刻するよ」



 こんなやり取りも程々に。

時間は刻一刻と登校時間へと近づいている。


 僕は再び走り出した。



「あっ、待ちなさい!先に行かないでよお化けちゃん!」


「だからお化けちゃんじゃない!」



 それを追うように、山城さんも走り出す。

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