まんま そのに
鍵を差し込む。根元まで入れば、ぐっと押す。特に引っ込んでから、右に回す。手応え。くるりと左に回して、抜く。そして取手に手を掛けて、ゆっくりと開きました。
「こんにちは、坊ちゃん。ご飯の支度をしに参りました」
坊ちゃんの声は聞こえません。それもそのはず、今は火曜日の九時を回ったくらいです。坊ちゃんは今頃、学校でお勉強に励んでいらっしゃいます。お辞儀をしてから中に入り、鍵を閉めました。上がり框で靴を脱いで、お台所へ。右手に下げたレジ袋がかしゃりと音を立てます。重くはありません、坊ちゃん一人分のご飯だけですから。
坊ちゃん、一人分の。
ああそういえば、最近坊ちゃんは外へ出かけることが多くなりました。今まではお休みの日などはお一人でお部屋にこもりきりでしたが、近くの図書館に出かけたり、商店街のあたりまで足を伸ばしたり。やらされているような印象も受けません、とても楽しそうです。
それに、よく話すようになりました。こんにちは、ありがとうございます、さようなら、そんな挨拶以上に、小さな問いかけや、疑問や、色んなことを。
私はそれが、すごく嬉しい。
あっと、ぼうっとしていました。今日は卵を買ったのです。安売りをしていて、優等生の卵がいつもより三十円ほど安かったのです。どうせなら卵かけご飯など、明日の朝にもいかがかしら、と思って、四個入りのものをひとパック。今日の晩御飯は肉じゃがです。坊ちゃんには味の濃いものはあまり召し上がっていただきたくないので、味付けは薄めに。体に良いものを、食べさせて差し上げたい。
冷蔵庫を開けてみますと、お手紙が。坊ちゃんのものでしょうか、「迷子さんへ」と全ての文字が揃った大きさの文字。これは坊ちゃんの文字です。冷やされてほんのり冷たくなっています。指に吸い付くような心地よさと、ほんの少しの驚き。丁寧にのりをはられた封を、持ってきた鋏で切りました。一筆箋が一枚。
「《ご迷惑かもしれませんが、今日はいいので、明日から、ご飯を二人分作ってください。お願いします。》」
きょとんと目を丸くして、声に出して読みました。その時でした。
––––––かたん。
何か、物音が。まさか坊ちゃん、と、くるりと後ろを振り向きますが、そんなはずもありません。しかし猫は飼っていませんし、窓も開いてはいません。はてなと首を傾げます。あら、今のは何だったのかしら。
「………ああ、」
そういうこと。
坊ちゃんは、––––––迷路さまは、お友達を見つけたのね。
緩む頬を隠せずに、私はふふ、と笑いました。
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