第三四話 胸を突く痛み
艦内を揺らす轟音と振動は倒れ伏すサクラの意識を揺り動かす。
「まったく、おちおち寝てもいられないわね……」
重い意識を振り絞れば、私室内に倒れている。
あのアラヤ領域から理由は分からないが無事に帰還できたようだ。
ただデータの奔流に少しとはいえ曝された影響か、意識がはっきりとしない。
むしろ精神が無事であることを思えば引っかき傷レベルだ。
『サクラ、無事ですか!』
スピーカーからカグヤの緊迫した声がする。
こんな声を上げるならば外の状況は好ましくないのだろう。
装甲板越しに響く音に嫌でも想像を膨らませてしまう。
「大至急〈ブランカ〉の準備をして、迎え撃つわ!」
『ですが、センサーに映るだけでDTの数は三〇〇。多勢に無勢です!』
サクラは操縦服に袖を通しかけた姿で歯噛みする。
「なら撤退する時間を稼ぐ。高機動性で敵機を翻弄するから二機とも〈ヒエン〉を装備させて!」
改めてサクラはインナーの上から操縦服を着込み、ヘルメットを装着しようとする。
「ソウヤは何をしているの! あのバカ、ぼさっとしてんじゃないわよ!」
通信で呼びかけようと応答が無い。
反応はあるのだが死人のように返答がないのだ。
『無理ですよ。サクラ。いくら呼びかけようとソウヤさんは反応しません』
「どうしてよ?」
『アラヤ領域で真実に触れてしまい、自分の正体が〈模倣体〉であることを知ってしまいましたから……』
サクラの手からヘルメットが零れ落ちる。
恐れていたことが現実となった。
ソウヤが〈模倣体〉であるのは〈ドーム〉のデータを閲覧した時から知っていた。
ただ何故、〈地球のマザー〉が〈ドーム〉内の一〇〇年の歴史を繰り返しているのか、その理由だけが分からなかった。
調査のため、人間の精神を仮想世界にフルダイブするデバイスにより〈ドーム〉内にハッキングをかけた。
名簿に記された〈月のマザー〉推薦の協力者を見つけるためにだ。
そして、度々〈地球のマザー〉から修正を受ける〈模倣体〉を発見した。
二四時間に平均四九回の修正を受け、誰よりも一番強い違和感を持つ〈模倣体〉。
歴史再現により事故死するはずであったが、協力者として迎え入れるために輪から弾き出し嘘で塗り固めた真実で保護した。
そもそも名簿自体、記されていたのはその日に死ぬ人間ばかり。
未だ謎なのは〈月のマザー〉は〈模倣体〉を推薦し、協力者として引き入れるよう指示したのか。
彼女には彼女の考えがあると敢えて疑問を挟まず、〈模倣体〉を人間と同じように接してきた。
人間として接し続けた結果、発生した自我崩壊は起こるべくして起こった事態であった。
「……そう、思ったより使えなかったわね」
カグヤから咎める声は立たない。
所詮はデータに自我と記憶を与えた人間のレプリカ。
今のソウヤが消えようと、次のソウヤが必ず現れる。
代わりがいることこそが本当の人間と決定的な違いだ。
所詮、偽物は偽物。本物よりも劣る贋作でしかない。
「……くっ!」
贋作でしかない。
贋作でしかないのだ。
胸を突く痛みは何だ?
何故、胸に痛みが走る?
鼓動に痛みが生まれる?
言語化出来ぬ痛みが、どうして胸の中を駆け巡る?
簡易メディカルチェックでは精神に揺れ幅があるも肉体的損傷は報告されない。
「……〈ブランカ〉出るわよ! 出撃準備は!」
サクラは一時の迷いだと己を叱咤するように叫び、ヘルメットを装着した。
『は、はい。既に完了しています!』
「上等!」
サクラは部屋を飛び出した。
胸の内の後悔も、痛みも今は忘れ去る。
涙も怒りも悲しみも、そして咎も、この戦闘が終わればいくらでも押し寄せればいい。
目尻に溜まった涙を拭いもせず、バイザー部を下ろしたサクラは艦内通路を走り抜けて、格納庫にある〈ブランカ〉へと乗り込んだ。
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