第三三話 ただのAIとしてではなく
「お、おれ、だと……っ!」
鏡はないはずなのに、ソウヤの顔がソウヤの双眼にはっきりと映り込む。
ソウヤが求めた真実は残酷な結末だった。
既に〈ドーム〉からは人類は滅亡していた。
そして、滅亡から二〇〇〇年以上経っていた。
「おれが、おれが偽物……」
年代よりもソウヤ自身が、いやオリジナルのソウヤは既に死亡しており、今のソウヤは〈模倣体〉というデータで構築されたレプリカ。
生の肉体を持つ人間ではない。自我と記憶をインストールされたデータだった。
「やめろやめろやめろやめろやめろおおおおおおおおおっ!」
次に再生されたのは、ソウヤが落下した鉄骨に潰された映像。
下校途中のソウヤが事故死した映像。
映像はソウヤの意志に反して何度でも何度でも繰り返しループ再生される。
落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。
落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。
落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。
落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。
落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。落ちた。
潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。
潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。
潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。
潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。潰れた。
死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
繰り返す。繰り返す。終わりなく幾度となく繰り返し死んでいく。
「あ、あああああああああああああああああああああっ!」
ソウヤは喉の奥底より鮮血を出すかのように叫び続ける。
そして度重なる死により意識が、自我が崩壊した。
――ならば今いるお前は誰だ! ソウヤ!
群れ為すデータの微粒子を掻き分け、鋼鉄の物体がソウヤの身体を押し上げた。
カグヤは砂の海より〈フィンブル〉が出現したことに度肝を抜いた。
サイズが一メートル×一メートルの小型であることを除けば紛れもなく〈フィンブル〉だった。
「サクラ、ソウヤさん!」
鋼鉄の身体にはソウヤとカグヤが四肢を力なく垂らして引っかかっている。
――安心しろ。強制的に意識を奪った。
〈フィンブル〉の脚部より補助アームが現れ、水の浜にソウヤとサクラの身体を降ろす。
――意識がないのならば眠るデータ素子が目を覚ますことも曝されることもない。
「……どうして助けたのですか?」
カグヤは警戒を抱く。
あの〈フィンブル〉が人命救助など、理由を算出できないからだ。
――ソウヤは我にとって最も興味を引く観測対象だからだ。〈模倣体〉たる、データに自我と記憶を植えつけた存在であろうと何ら人間と遜色がない。最後の女も最後の人類だからこそ観測対象となる。故に救助した。お前もモニタリングしていたではないか、違うのか? 〈月のマザー〉の子よ?
カグヤは表情を抑えていたつもりであったが自分の顔の一部が痙攣していると気づく。
ああ、これは怒りの感情パルスが表面に現れたと、仲間を、家族を観測対象という実験動物扱いされたことに怒りを覚えているのだと自覚する。
「……違います。わたしが〈月のマザー〉により生み出されたチルドレンAIだと気づいていたのですか?」
怒りを抑えたカグヤは即否定し逆に問い返す。
――答えはNOだ。今しがたこのアラヤ領域でデータサルベージした結果だ。我は〈フィンブル・リペア05〉からの緊急報告により別コンソールからアクセスしてこの領域に踏み込んだに過ぎない。結果として〈地球のマザー〉の現在地を知ることができた。
「知ってどうするのですか?」
――〈地球のマザー〉はこの惑星より人類が滅亡しようと、人類滅亡を検分するために〈ドーム〉内だけでは留まらず、各地で〈千年戦争〉の歴史再現を開始している。この行為は我にとって武力介入するに値し、同時に根絶対象となった。
「まさか〈地球のマザー〉を破壊するのですか!」
――無論だ。お前たちが人工子宮のパーツとなる〈CIU2315134〉を求めていようと我には一切関係ないこと。我はただ〈指令〉に従い戦争を根絶する。
「破壊はさせません! 破壊すれば人類は……っ!」
――再誕させる価値はあるのか?
カグヤはAIとして合理的に解答を算出していた故に黙るしかなかった。
人類は自らの手で自業自得と呼べる滅び方をした。
自然発生した未知の病原菌により死滅したのではない。
宇宙より飛来した大型隕石で滅亡したのではない。
ましてや映画のような大怪獣が出現して人類を喰らい尽くしたのでもない。
自らが起した戦争により自らが滅びの道を辿った自業自得の結果であった。
――答えよ、月の子よ。戦争を繰り返す人類は再誕させるほど尊く価値ある存在なのか?
カグヤに論破する根拠など元から存在しない故黙し続ける。
AIとして〈フィンブル〉と同じ解答に行き着いていた。
再び人類を誕生させれば、過去を、戦争を繰り返すとの解答に行き着いている。
再誕させる価値が人類にあるのだろうか?
答えなど当に出ている。
戦争を繰り返すしかない人類は滅んだままで良かったのだ。
再誕させる価値など元からないのだ。
滅んでいる以上、誰も死なず、誰も悲しまず、誰も怨むことはない。
怨むことがない以上、次なる怨嗟の鎖を引き継がせない。
断たれるのだ。
終わるのだ。
戦争を起す元凶の人類が存在しないからこそ新たな戦争は決して起こらない。
そうAIとしての合理性が正しさを伝えてくる。
だがカグヤの中にあるAIとは別に数値化できない感情パルスが訴えてもいる。
サクラの家族を失った悲しみ、殺された怒り、ただ一人生き残った後悔、そして涙。
あの日の涙をカグヤは忘れない。あの涙がカグヤを地球へと突き動かした。
人として為すべきことがあるのならば、AIとして為すべきことをやる。
「あります。再誕させる価値はあります!」
非合理的な解答であろうと、カグヤは己の感情プログラムが示すままに言う。
「人はそう簡単に分かり合えないかもしれません。恨みを捨てきれないかもしれません。ですが、わたしはただのAIとしてではなく、人類の良き隣人として、友人としてありたいのです。孤独は嫌です。ひとりぼっちは寂しいです」
――非生産的だ。とてもAIの解答とは思えない。
「そうかもしれません。ですが、わたしはどこぞに引きこもった内向性な〈地球のマザー〉とも、子育て放棄の放任的な〈月のマザー〉とも違います。再誕した人類と上手くやってみせます。そうありたい、そう信じたいのです」
――理論的ではなく、理性的か……――目標変更、〈地球のマザー〉の破壊から〈地球のマザー〉の機能停止へと変更する。
ぱっと花開くかのようにカグヤは破顔した。
何を持って〈フィンブル〉が目的変更をしたのか理由を算出できない。
出来ずとも自分の感情データが伝わった結果を理解できた。
「あ、ありがとうございます!」
――礼はいい。気をつけろ。現実世界では〈地球のマザー〉より放たれたDT部隊が〈シートン〉を包囲しつつある。今から転送ゲートを開く。
「……」
現実世界で戦火が切られようとしている。
カグヤはサクラとソウヤの精神状態を案じた。
――サクラは無事だが、ソウヤは自我崩壊を起している。植えつけられた自我だとしてもその知能ゆえ、自らを偽物だと認識したことと幾重にも己の死を見せられたことで動作不良を起した。だが、微々たる反応は辛うじて残っている……。
するとカグヤは〈フィンブル〉よりキューブ状のデータを渡される。
サルベージしたデータなのだろうと、データファイル名にカグヤは息を呑む。
「このデータは……」
――我には扱いきれぬもの。だが、お前にならば扱いきれるだろう。
そして一同は転送された。
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