第二五話 熊の一刺し
〈シートン〉はDT研究所一〇キロメートル手前の空域で待機していた。
「遅いですね……ふぁ~」
カグヤは小さく可愛い口を大きく開けてあくびをする。
AIがあくびなどおかしいが、人間とは暇な時にあくびをするという行動を観測、学習した結果であった。
あれから一時間経過したが、サクラからの定期連絡は無い。
ソウヤから当然なくも、〈ロボ〉と〈ブランカ〉の反応はしっかりと〈シートン〉に届いている。
〈フィンブル〉の経過観測を名目に通信を送ろうと考えるも未だ太平洋を横断中。
AIとして現状に変化はないと合理的に判断した結果、通信を見送った。
「? ……地中より動体反応……この識別は……」
カグヤの中で認識が処理される直前、〈シートン〉より二キロメートル下前方の地面に亀裂が走る。
次いで間欠泉の如く土砂が高く舞い上がっては中より継ぎ接ぎDTに抱きついた〈ロボ〉が現れた。
「えっ、ええええええええええええええええええええええええええええっ!」
流石のAIであるカグヤも目玉が飛び出るほど仰天するしかなかった。
仰天するのも人間を観測して学習した結果である。
ソウヤは地上への帰還よりも〈シートン〉が間近にいることを喜んだ。
「ビンゴ!」
勘のまま進ませた結果だった。
ソウヤが〈キメラ〉に対して至った答えは現状の装備では勝てないことであった。
現状では勝てない。ならば次は勝てるのか。答えはYESだ。
次へと運ぶには、第一に地下空間から脱出する必要がある。
脱出するにはあの天井の大穴以外の大穴を作る必要がある。
〈ロボ〉の装備で新たな大穴は作れない。地上への抜け道は作れない。
だが、一機だけいる。
非常識なほど頑丈で、抜け道を掘れて、物理学の叡智をひっくり返す機体が。
穴を掘れないなら掘らせればいい。
〈キメラ〉には穴を掘るには都合の良すぎる〈ワーブ〉の豪腕がある。
高周波振動の腕を掘削機代わりとして、ヒエンのフルブーストで地上へと押し出した。
結果はこの通り。
「カグヤ! こいつを一撃で仕留められる武器を頼む!」
ソウヤは叫ぶと同時に今までの戦闘データを〈シートン〉に送信。
次いでヒエンのコンデンサが空となる。だが上へと進む慣性はまだ死んでいない。
〈キメラ〉がソウヤの意図に気づいて拳をハンマーのように振り上げた。
素早い身のこなしで〈ロボ〉は〈キメラ〉を蹴り離し、距離が開けた瞬間にショートライフル二丁のフルオート発砲。弾切れのショートライフルを放り捨て高周波ダガー二本を時間差で投擲。全弾と刃が熊の豪腕に粉砕されようと構わない。その間に〈ヒエン〉を爆発ボルトで機体から強制分離させる。
慣性が死に、次いで地へと引きずる重力が〈ロボ〉を掴む。
ほぼ同時期に〈キメラ〉は脚部の斥力推進を利用して空中での姿勢制御を行っていた。
これがソウヤの勝機となった。
『が、ガイドレーザー発信! 相対速度クリア! ベルセルク緊急射出します!』
〈シートン〉のカタパルトより、立方体と連結した長大な重火器が射出された。
ベルセルク。
高威力荷電粒子砲と照準用センサーを装備した砲狙撃用フォルムだ。
「ドッキング!」
ソウヤの人生初の空中換装。
機体の落下速度とユニットの射出速度の計算はカグヤに任せてあり、背部から胸部を貫く衝撃が成功を伝えてくる。
EEドライブとベルセルクのエネルギーバイパスクリア。背部にマウントされた長大な重火器がアームに支えられて右肩の下に回りこむ。砲身と銃床が延長、〈ロボ〉の背丈を越える一五メートルの長大な砲身となり、ソウヤは機械の手で展開したグリップを掴んだ。
「急速チャージ!」
ベルセルクのバックパック内にある発電用ジェネレータを強制起動。同時に再起動を果たしたEEドライブのエネルギー全てをベルセルクに注ぎ込む。それはかかりの悪いエンジンにニトロをぶち込んで強制的に点火させるのと同じ。〈千年戦争〉を経て機械の耐久力が比較にならぬほど向上しようと限度があった。
だがソウヤの頭の中には敵機を撃ち抜くことしかなかった。
――Uuuuuuuuuuuuuuuu!
〈キメラ〉が頭上から〈ワーブ〉の豪腕を唸らせ、急降下してくる。
三次元戦闘において如何にして相手の頭上を取るか、取られるかで、有利不利が関わってくる。
更には〈キメラ〉の脚部が推進器内臓の〈マスタング〉である以上、ヒエンを分離させた〈ロボ〉には分が悪い。
しかし、ソウヤの目には勝機を見失わぬ光があった。
ベルセルクのチャージ率一二〇%。アラート、エネルギー係数レッドゾーン突入。
強制的に起動させたためにジェネレータが臨界状態へと陥った。
この手しかなかった。
ソウヤはこの〈キメラ〉を一撃で仕留められる武装を注文した。
結果〈シートン〉より射出されたのがベルセルクであった。
相手を一撃で葬れるカードがあるなら使うのが定石。
熊相手に熊をぶつけるならなおのこと。
「消し飛べええええええええええええええええええええええっ!」
〈キメラ〉は愚直にも垂直に降下している。
脚部の推進器を利用して、機体重量と重力加速による豪腕の一撃を〈ロボ〉に見舞わんとしているとしても――
砲口と敵機、相対距離が一メートルも満たない中、高威力荷電粒子砲から光が放たれた。
〈キメラ〉は真っ逆さまに突撃降下していたのが仇となり、眩い光の熱線に頭部から股間にかけて貫通される。
制御系等を貫かれようと〈キメラ〉が最後の力を振り絞って両腕の〈ワーブ〉を〈ロボ〉へと振り下ろしたように見えた。
直後、無念にも〈キメラ〉の全身にスパークが迸ったと同時に爆散する。
「ぐえええええええっ!」
発射反動で地面に激突した〈ロボ〉の中で、ソウヤは背面から全身を貫く激痛にカエルが潰されたような奇声をあげる。
ベルセルクは確かに強力な火砲であるが、本来ならばバックパックから伸びる二本のアンカーで機体を固定させて砲狙撃を行うのが正しき運用方法である。
固定しなければ射線は安定しないどころか、発射反動で機体が大きく横転するためだ。
先のように空中で放とうならば高威力に比例した発射反動により地面へと叩き落される。
結果として〈キメラ〉を撃破しようと損害は安いものではなかった。
『……〈ロボ〉のEEドライブ、過剰使用によるフリーズ、それに伴いメインシステムダウン、次いでサブシステム起動を確認。ベルセルクの過剰電力によるオーバーロードにて砲身の損壊を確認しました』
起動したサブシステムが律儀にもカグヤの呆れ声を中継してくる。
無理を押し通したために〈ロボ〉のメインシステムはダウン。ベルセルクは砲口から花開くように裂け、砲身の三分の二を損壊。バックパック内の発電用ジェネレータに至ればオーバーロードによる内部爆発を起していた。
幸いなのは〈ロボ〉本体の損傷はソフトウェアを除いて軽微である点だ。
『無茶苦茶すぎます』
ソウヤは事実である故、黙するしかない。
この方法しかなかったと言い返すのはどこかいい訳臭い。
「……ごめん」
ソウヤは素直に謝罪した。
『ごめんで済むと思っているの?』
サブウィンドウに投影されるサクラの顔に般若の幻影が重なった。
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