第九話 月に人は住んでいるのか?

 ソウヤが次に意識を取り戻した時、白い部屋に仰向けで倒れていた。

 疼痛に呻く頭部を振りながら首だけを起こして周辺を見渡す。

 六畳程度の部屋。天井、壁、床が白一色の部屋。

 窓はなく出入り口である扉すらない。

 まるで映画に出てくる監禁部屋の印象だった。

「ここ、どこだよ……?」

 呆然とソウヤは起き上がる。

「え、えっと、おれ確か……」

 部屋の状況よりも、現状よりおぼろげながら記憶を引き出そうとする。

「下校途中に……あれ? それからどうなったんだ? 誰かに何かされたような……?」

 肝心な部分が空白化していた。重要な記憶が欠落していた。

 何かを握ったような、誰かの声を聞いたような……思い出そうと思い出せない。

「ああ、もう。とりあえず、ここどこだよ!」

 欠落した記憶は二の次にソウヤは現状を整理しようとする。

 部屋。白い部屋。窓扉なし、トイレ風呂あり、以上。

 あまりにも陳腐な現状だった。

「どっかに隠し出口とかないのか!」

 ソウヤは半ば妬けとなって壁を探り、床を漁り、天井を凝視する。

 だが望むものは何一つ発見できず、ただの徒労となった。

「わけがわからない……」

 諦めるようにソウヤは床の上で大の字になって寝転んだ。

 寝転んだと同時にソウヤの視界に幼子が映りこむ。

「おはようございます」

「うっわっ!」

 幽霊のように忽然と現れ、顔を覗かれていたことからソウヤは心音と共に身体を跳ね上げる。

 当然、突発的な行動故、顔を覗き込んでいた幼子の額と衝突事故を起していた。

「くっ~!」

「い、痛いです……」

 痛い音が木霊した後、額を押さえてソウヤは苦悶する。

 対して幼子は額を押さえて涙していた。

「ま、まあお目覚めになられてなによりです。ご気分はどうですか?」

「……い、痛い」

「驚かせてしまったことは謝罪します。お名前はソウヤさんで間違いありませんね?」

「そ、そうだけど、あんたは?」

「わたしはカグヤと申します。以後お見知りおきを」

 カグヤと名乗った幼子はスカートの裾をつまんで礼儀正しくお辞儀をする。

 そのお辞儀には品があり、子供にあるべき微笑ましい背伸びが一切感じられなかった。

「手短に説明しますと、あなたの命が消されそうになったので、わたしが間一髪で〈ドーム〉からこの区画に転送しました。どこか異常はありませんか?」

「いやなんか頭から抜けた感覚があって……えっ、〈ドーム〉っ!」

 この白い部屋があの〈ドーム〉と別空間であるとの認識にソウヤは数秒の間が必要であった。

「な、なんで〈ドーム〉から……」

「ですから、あなたの命が危なかったのでこの区画に転送したのです」

「いや、そうじゃなくて……ここ〈ドーム〉の中なのか?」

「いえ違います。ここは〈ドーム〉の中ではありません。正確にいえばわたしたちの母艦〈シートン〉の中です」

 壁面に見たこともない戦艦が投影される。

 流形性をした自動車のボディに近くも走破するタイヤはなく、背部に円錐状の推進機関があるのに気づく。

 歴史の授業に出てきた過去の大戦で使用された戦艦と異なり、デザインがシンプルすぎる故に異質だった。

「MBS-5多目的戦闘母艦〈シートン〉。宇宙航行、水中潜行、空中飛行など、環境を選ばない運用が可能な万能戦艦です。動力はダブルEEドライブ。装甲材は超硬質特殊複層合金。各部武装は対空ビーム砲、ミサイルコンテナ、ビームキャノン砲などがあります。この艦はDTの発進施設としてメインに使用されています」

 嬉々として饒舌に語りだす幼子を前にソウヤは一つの疑問を抱く。

 戦闘母艦であるようだが、その手の兵器はあの〈千年戦争〉で残らず喪失したはずだ。

 兵器の設計データは〈ドーム〉内に戦争史の歴史資料として保存されているも、この手の戦艦がデータではなく実物で実在していることに驚きを隠せない。

 ましてや〈ドーム〉内の法では戦争兵器の製造及び所持は禁止されている。

 万が一にも露見すれば年齢性別社会的地位問わずの極刑だ。

「おれが住む〈ドーム〉と別の〈ドーム〉があるのか?」

「いえ、地球にある〈ドーム〉はただ一つです」

「だよな」

 習った歴史では地球にある〈ドーム〉はただ一つ。

 あの〈千年戦争〉後に建造された唯一無二の箱庭の楽園のはずだ。

 ソウヤの知らぬ〈ドーム〉があり、そこで建造されたと考えようと歴史が矛盾している。

「この艦は月で建造されました」

「そうか、月か…………――――――――つつつつ、月っ!」

 納得はするも次に来たのは驚愕だった。

「つ、月って衛星の月だよな! あの月だよな! 地球をぐるぐる周る!」

「そうですけど?」

 カグヤはソウヤが驚いたのに合点がいかない顔をしていた。

「聞くけど、月に人は住んでいるのか?」

「いますよ? あ、でも今は地球に降りていますね」

 月にはウサギが住んでいる、と言った口調で呆気なく答えられたソウヤは顔を驚愕色に染めたまま黙り込むしかなかった。

 黙り込んだことで冷静さを取り戻せた。

 確かに月にも人類は住んでいた。

 歴史では、豊富な地下資源を掘り出す採掘基地の建造を合図に人類の一部が月に移り住むようになった。時を経て、移り住んだ者たちが月の独立運動を起すようになった。そして、その運動は〈千年戦争〉を勃発させる要因の一つとなった。

 だが、歴史では〈千年戦争〉により月面都市の住人全員が全滅したと記されている。

 記されているが、カグヤの言葉が正しければ、あの戦争後にも月には人類が生存していたことになる。

「どういうことだ?」

 記憶の欠落よりも現状の矛盾にソウヤはぶち当たった。

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