第七話 ソウヤ死亡
「……?」
ソウヤは今さっきまで自分が何を考えていたのか、いや、考えることさえ忘れていた。
「帰ろう」
学校は終わった。
今日は用事があるため級友たちと寄り道はせずに真っ直ぐ下校する。
ぐるぐると繰り返されたことではないか。
「……? 帰るか」
また疑問は浮かんでは疑問自体が消えた。
鞄に詰め込んで持ち帰る物といえばタブレット端末一つしかない。
教科書やノート、筆記道具までもタブレット端末に全て内蔵されている。
ネットワークを介して授業を受けられるのだから、わざわざ登校する意味が分からない。
〈千年戦争〉以前の人々が聞けば「自堕落」やら「たるんどる!」などの雷が落ちるだろう。
学校が来ないから学校に通う。
当たり前のことであるが、太古の時代では、今では当たり前であった学校も当たり前ではなかったとか。
全ての子供に等しく教育を、なんて言葉は全ての子供が教育を受けられなかった歴史的証明であると歴史の授業で習った。
「また明日な」
「おう、またな、ソウヤ」
「今度の日曜、女子共とカラオケだからな忘れるなよ~」
「C組のサクヤちゃん、お前が来るって知ったら速攻でOK出したぜ」
「行くには行くがおれを利用するな。お前こそ愛しきF組のシノブは誘えたんだろうな?」
隣のクラスに在籍するサクヤは恥ずかしがり屋で友達であるシノブの背中にいつも隠れている大人しい子だ。
ソウヤが話しかければ顔を俯かせて走り去ってしまうため、掴みどころは分からない。
ただ、以前、調理実習で作ったクッキーをもらった時、美味しいと答えれば物陰で喜ぶ姿を目撃してしまったので悪い同級生でないのは確かであった。
ここ最近、短くとも会話の回数は増えつつある。
「なに根気よく誘うさ! 諦めなければ必ず道は開けるというもの!」
「まあ頑張れ」
教室で談笑する級友たちに別れを告げてソウヤは一人下校する。
学校から公道に出たソウヤは空を見上げた。
空といっても管理AI〈マザー〉が無機質な天井に投影した人工の青空。
高度一〇キロメートル先の天井に投影されたイミテーションでしかない。
本当の空は赤く汚れている。本当の空ではない偽りの空であろうと、本物に限りなく近い偽の青さは充分本物に値する。
かつて地球環境が清浄だった世界を〈ドーム〉内で遜色なく再現する技術を開発した先代の偉人たちに敬意を表したい。
『続きまして次のニュースです』
繁華街に差し掛かった時、壁面に設置されたモニターにはニュースが放映されていた。
〈ドーム〉内の行政を司る議会で、改革派と保守派の対立が鮮明になった、というよくあるニュースだった。
議員の誰もが民主主義による公正な選挙で選ばれた者たちであるが、今現在、所属政党関係なく真っ二つに割れている。
改革派は、〈ドーム〉内に留まり続けるのではなく、地球環境再生事業と新たな宇宙開発事業を唱え、保守派は、地球を穢した天罰だと〈ドーム〉より出るのは自殺行為であり、優れた室内環境をより発展すべきだと唱えた。
第三者からして双方正しいように聞こえる。
仮に地球環境再生事業を行うとして、地球環境が完全に回復するまで一体どれほどの歳月と予算を必要とするのか?
酸素も水も食糧もない無の宇宙まで開発の幅を広げる意味はあるのか?
自給自足が確立しているこの〈ドーム〉から外の世界に出る必要性はあるのか?
だが、閉じこもってばかりでは何一つ変化しない。
人間もまた自然の一部である以上、荒廃させた地球環境を再生させる責任があるだろう。
『環境浄化用ナノマシンの実験は成功してる! どこに問題がある!』
改革派の議員が声高に唱える。
『猫の額にも値しない狭小地で使用したのみであろう。地球規模で使用するならば範囲に比例して安全性は低下すると理解しているはずだ!』
応酬として保守派は叫ぶように批判する。
ナノマシンは便利だが無線通信が遠ざかれば遠ざかるほど繋がりにくくなるように、制御元から離れれば離れるほど安全性が低下する問題がある。
制御システムになんらかのエラーが出れば増殖を止められず、惑星全土を喰らい尽くす〈グレイ・グー〉を引き起こす問題があった。
〈ドーム〉建設から九〇年余り、人口は増加しているが代々施設を拡張することで、住居も、食料も、水も、そして汚染されてない空気も充分に賄うことができる。
キリスト暦以前の戦争原因は、水場の所有権争いだったと歴史で習った。
時代を経るごとに、水場の争いが、領土の争いに、異なる思想の争いに、そして資源と食料の争いとなった。
争う理由は異なろうと、争いを続けていた事実は歴史が証明している。
「結局、〈ドーム〉内で戦争起す連中じゃないか……」
何気に呟いた瞬間、脳内が白化した。
「……?」
何を呟いたのか、ソウヤは分からなかった。
ただ、下校途中だと思い出して自宅へと歩を進めた。
ただ、いつも通り歩道を歩いていた。
ただ、建設現場の横を通りかかった。
ただ、頭上から落下する物体に気づかなかった。
「え?」
頭上より射す影に気づいた時には遅かった。
――西暦三九五二年十一月二十五日、午後四時二〇分、ソウヤ死亡。
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