第五話 ドーム

 西暦三九五二年、十一月二十五日。

 ぐるぐる回る。ただ回る。ぐるぐるとただ繰り返し回る。

 ここ最近になってソウヤが抱くようになった微々たる違和感。

 ただ回るだけ。繰り返しているだけ。悲しくもなければ、嬉しさもない。

 目の前にあるのは現実。繰り返されるのも現実。

 閉じこもるのも現実なのか、それは現状では、としか認識できなかった。


 今は世界史の授業だった。

 今年で十七となるソウヤは高等部の席に座り、ぼっーと来年は受験生だなと少し先の未来を想像しながら講義をそれなりに聞いていた。

 聞こうとやはり意識は別方向に向いている。

 このまま受験し、大学に行き、そして就職する。

 誰もが望む平穏でありきたりな人生プランに、ふとソウヤは思う時がある。

 ありきたりな人生プランは、ありきたりな故に明確な目的をもっておらず、本物ではない偽物だと感じてしまう。

 その根底には、ありきたりな人生で終わりたくない願望があり、外に出て世界を広げられない諦観がある。

 世界を冒険できない理由。

 その理由は生徒用タブレット端末に〈千年戦争〉という名で表示されていた。

 電子黒板に教師が板書をしている間、当てられた生徒がタブレット端末に表示されたテキスト内容を朗読する。

「かつて地球から月を股にかけた千年規模の大戦が勃発しました。勃発した理由は、資源の枯渇、人口の大規模増加、食料自給率の低迷、月の独立運動などが上げられます。戦争開始から十年、血で血を洗う紛争により、各国は人間同士の戦争行為を禁止した〈人形条約〉を締結させます。この条約は人間同士で争うのではなく、ドルーパーと呼ばれる無人兵器による代理戦争を行わせるものでした。結果、戦争で失われる人命はなくなり、機械同士の戦争が始まります。これにより血の流れ出ない平和的な戦争が行えるはずでしたが、無人機の暴走事件が起こったことで再度、人間同士の戦争が再開されます。この戦争の最後は、どの国も敵国にミサイルを撃ち合う凄惨な終わりでした」

 人類が千年もの間続けていた世界大戦。

 一年ではなく千年。

 それだけ長期的に戦争を続けてきた当時の人類にソウヤは愚かさと寒気にも似た嫌悪感を抱いた。

「よし、そこまででいいぞ」

 板書を終えた教師が告げ、続きを自ら続けた。

「テキストに書いてある通り、この戦争で地球人類の九九%が死滅、月面都市に至れば全滅だ。更に地球環境は戦火により人間が住めぬ害悪な世界となってしまった。当時の資料から戦争を始めた理由が分からなくなるほど凄惨であったことが窺える。自らの手で地球を汚した人類の生き残りである一%は地下に完全環境都市〈ドーム〉を建設。そして〈ドーム〉内の衣食住の全てを管理するのが〈マザー〉だ」

 ソウヤはタブレット端末をタッチスライド。次のページへと移動させる。

〈マザー〉。

 この〈ドーム〉の全てを一大管理する現存する最後のAI(人工知能)。

 大戦時には数多くのAIが存在していたそうだが、戦火により消え去り最後に残ったAI〈マザー〉を〈ドーム〉に組み込んだ。

 新たなAIを組み立てようにも戦火にてAI構築技術が喪失していると端末には記載されている。

 新たに作れずとも〈マザー〉から処理を振り分けてもらえば生活に問題なかった。

 ソウヤたちの世代にとって戦争とは教科書に載る出来事という認識でしかない。

 だが、〈ドーム〉を造り上げた者たちにとっては記憶にこびりつく忌避すべき戦争という認識が強いそうだ。

 老人たちは、かつての広き空に、蒼き海に、深き森に、厳かな大地に焦がれ、過去を懐かしんだ。

 ソウヤたちの知る外世界は、大気汚染により赤く染まった空、海洋汚染によりドス黒くなった海、森は戦火で消え去り、大地に新たな命が芽吹くことはない。

〈ドーム〉内より肉視窓から外を覗けば、如何に〈ドーム〉の生活環境が、清純で優しい世界なのか痛感できる。

 外の世界は防護服であろうと立ち入るのを拒む非情な世界であり、生産と消費が自己完結している完全環境都市の〈ドーム〉は清浄な空気、住人全員を賄える潤沢な食料と水、何よりも外部の汚染物質を完全遮断する堅牢な防壁がある。外が地獄だと知れば誰がこの天国から出ようと考える輩がいるだろうか。

 いたとしても現実にて諦めるしかない。

(なんだ?)

 ふと脳裏を劈く違和感。何かが回り続け、その中に自分がいるような奇妙な感覚。

 一瞬だけ頭の中が白化した。

「早く終わらないかな……」

 どのような感覚を抱いていたのか、ソウヤの中より綺麗さっぱり消えていた。

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