第一章 月の少女と箱庭の少年

第一話 たった一人の戦争

 練習は本番のようであれ、本番は練習のようであれ。

 あの地獄から、家族を失った日から、歯を食いしばり、涙を堪え血の滲むような訓練を繰り返してきた。

 これからたった一人で戦争を起す。

 人類の業を繰り返すことになろうと、愚かな歴史の一ページを刻もうと構わない。

 覚悟を抱こうとパイロットスーツを着込んだ少女の皮膚に緊張の微電流が流れ落ちる。

『サクラ、センサーに反応です!』

 瞑想状態を幼子の声が揺さぶり、次いでその顔がヘルメットに反射した。

「そう」とサクラは手短に返す。

 タッチモニターに指を伸ばし現在位置を確認。

 丁度、月と地球の間であり、三十八万四千四kmの半分を消化したことになる。

 出発して三時間は経っていないが、光速航行をすれば一、三秒の短時間でたどり着ける距離を敢えて速度を落として通常航行する理由は一つしかなかった。

『数は五。過去の大戦データから機種の割り出しを確認。これは過去の大戦で使用されていた衛星兵器です』

 ヘルメット内蔵端末がデータを受信。受信データをバイザー部に映像として投影する。

 衛星兵器。

 太古の冷戦時代に誕生した衛星軌道からの高出力レーザー兵器。

 高高度から一方的な攻撃を行う構想であろうと技術的な問題――連射性の問題や発射後の位置露見――により頓挫した兵器。衛星兵器を飛ばすよりは大陸間弾道ミサイル一基を飛ばしたほうが効率的だとそのまま凍結を向かえた不遇の兵器。

 だが、時代を重ねると共にミサイル以上の兵器として実用化された。

 太陽光パネルと大型コンデンサにより確保された威力と連射性。ナノマシンによるメンテナンスフリー。何よりもオートシステムによる人間の限界Gを越えた回避性能。プログラムの通りに敵を発見、衛星軌道上から目標を破壊する兵器として完成されていた。

 地球の衛星軌道上でスリープ状態にあった衛星兵器が、ご丁寧に月と地球の間に現れたのは考えるまでもない。何者かがシステムに干渉、新たな指示を入れたからだ。

『このまま最大戦速で振り切ります』

「待って」

 仮に逃げ切ろうと、あの衛星兵器は大気圏突入時にまで追跡してくるだろう。

 大気圏突入中に背後から撃たれる危険性があった。

「後顧の憂いは今ここで断っておくわ」

『ですが非効率すぎます。わたしの計算では、今あなたが出れば損耗率二〇%は下りません。ですが最大戦速で振り切ればこちらの損耗率は五%で抑えられます』

「それは現時点での戦闘を回避した場合でしょ? 大気圏突入時に背中から攻撃でもされたらどうするのよ? その時の損耗率は計算したの? 常に二、三手先の行動を読む。人間でもできることよ」

 相手からの反論はなかった。

 故に沈黙は賛同するしかないとの返答だと受け止めた。

「〈ロボ〉で出る。どうせ地球に降りればあの手の機械とごまんと戦うことになるのだから、良い体験よ」

 訓練は重ねてきたが何より実戦経験は皆無。

 人間同士の戦争を繰り返してきた太古の人々は機械相手の戦争は児戯にも等しいと笑い飛ばすのだろうか、サクラには分からなかった。

 ハッチを潜り格納庫へたどり着けば、二つのケージに二機の機械人形が固定されていた。

「行くわよ。相棒」

 無重力下にある格納庫で床を強く蹴る音が木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る