第17話

「風間さん、プロバイダーから

 呪会の管理者が誰なのか報告がありました」

岸谷は1枚のプリントを、風間のデスクに置いた。


「この人物が管理者?間違いないんだな?」

風間は岸谷を、鋭い視線で見上げた。

捜査一課に詰めていた他の捜査員も、

そのプリントを覗き込みメモをとっている。


「この人物は、

 村田先輩の甥っ子さんが通ってる・・・」

風間は正直絶句していた。

こんな偶然があるのだろうか?

だが、これは同時に貴重な情報であり、

証拠でもあった。


「よし、この人物を24時間体制で

 張り込むことにする。

 そして、動かぬ証拠をつかむんだ」

風間は立ち上がり、捜査員たちにパッパをかけた。

捜査員たちはあわただしく動き出し、

張り込みのローテーションを

決めていった。


風間はこの先に起こるかもしれない、

いいしれぬ不安を

感じ取っていた。それは刑事の勘かもしれない。

それが何かはわからなかったが、

これまでにない胸騒ぎを抑えることが

できなかった。


 風間たち、警察が呪会に対して

本格的な捜査を始めた頃、

亜希子は父親の49日の法要を終え、

学校に登校していた。


授業中の亜希子は、

他人の目から見れば何の変化もないように

思われた。だが彼女に親しい友人たち、

米倉里美、加原真湖、宮島祐介たちは

感じ取っていた。


亜希子がまだ癒されぬ深い傷を

負ったままであることを。

あの忌まわしき事件の後、

亜希子はそのことに何も触れず

里美たちと話をしている。

その態度はこれまで同様、何の気負いも無い

ごく普通のものだ。

だが、里美たちはわかっていた。

亜希子は父親が殺されて以来、

呪会のことも、そして父親の山村希一のことにも、

一切触れようとはしないのだ。

そんな亜希子の態度に、

自然と里美たちも事件に触れる話題を出すことが

できなくなっていた。

いや、出してはいけないのだと思っていた。


だが祐介は亜希子に、

絶対伝えねばならないことがあった。

亜希子が登校した日の放課後に、

彼女を呼び止めた。


「日向、お前に教えておきたいことがある。

 里美と加原にも知っておいてほしい」

祐介はそう言いながら、

米倉と加原にも視線を向けた。


いつもとは違う、

神妙な顔つきの祐介に米倉里美も真剣なまなざしで

うなづいた。


「これを見てくれ」

祐介はスクールバッグから

2枚のコピー用紙を取り出した。


「これって・・・」

米倉はそのコピー用紙を覗き込みながら言った。


「そうだ。「呪い殺すリスト」の

 一番新しいやつをダウンロードして

 プリントアウトしたものだ。

 それでここを見てくれ」

 そう言いながら、

祐介は1枚目のコピー用紙を指差した。

そこにはずらりとさまざまな人の名前と

住所が載ってある。

そのひとつに赤いマーカーで

下線を引いてあった。


その名前を見て、亜希子は慄然とした。

「や・・・山村希一」


「新聞に日向の親父さんの名前が出てて、

 もしやと思ったんだ。

 誰かが、親父さんを

 リストに登録してやがった」

祐介は机を拳で叩いた。


「じゃあ・・・アッキーのお父さんを殺したのは、

 呪会の会員かもしれないってこと?」

米倉の声は震えていた。


「オレは・・・そうだと思ってる。

 日付を見てみろ。

 日向の親父さんが襲われた日の

 2週間前に登録されてる。

 単なる偶然とは思えない」


亜希子は力無く椅子に座り込んだ。

行き場のない怒りに両手を握りこむ。


「見せたいものはまだある」

祐介は2枚目のコピー用紙を机の上に広げた。

そのリストのある部分にも、

赤い下線が引いてある。

その下線を引かれた人物の名を見て、

米倉と加原は絶句した。


「なによこれ・・・アッキーの名前じゃない!」

椅子に座り込んだままの亜希子を振り返り

米倉は叫んだ。亜希子も立ち上がり、

リストに自分の名前があることを

確かめた。


「そんな・・・」

亜希子の口から出たのは、

消え入りそうな擦れ声だった。


「日向、お前も気をつけろ。

 呪会は日向も狙ってる。

 できれば、しばらく学校を休んで

 自宅から出ないほうがいい」

祐介は亜希子を諭すように言った。

だが、亜希子の反応は意外なものだった。


「私・・・逃げない」

亜希子の言葉は聞き取れるかどうか

難しいほど小さかったが、

その反面、力強さが伴っていた。


「だけど、日向お前なぁ・・・」

祐介は焦りにも似た感情を覚えた。

それは亜希子を攻めるような口調になってしまう。


「私、逃げたくない」

亜希子は同じ言葉を繰り返した。


「もし呪会が私のパパを殺したのなら、

 私だけが逃げたりするようなまねは

 できない。

 私自身も「呪会」に関わってるんだし、

 しっかりと結末を見届けたいの」

亜希子は声を震わせながらも、

毅然とした口調で言った。


そんな亜希子の姿勢に、

祐介は認めざるを得なかった。

彼女は、自分の運命と闘おうとしているのだ。


確かに亜希子の言うとおりだ。

逃げていても何も解決しない。

それに逃げると言ってもどこに?

いったいいつまで?

インターネット上から「呪会」が消え去るまでか?

メンバーがいなくなるまでなのか?

それえとも「呪い殺すリスト」に

登録された人々がひとり残らず

殺されるまでか?


祐介は思わず自嘲気味に苦笑した。

そんなことは不可能だ。

だったら正面から闘うしかない。

闘う方法を見つけるしかないのだ。


「わかった、日向。オレも闘う。

 ただ、ここにいるみんな、絶対にひとりで

 行動するな。俺が調べた限り、

 殺人事件は犠牲者が一人のところを

 狙われているのがほとんどだ。

 米倉、加原、日向を守ってやってくれ」


「もちろん、そのつもりよ」

里美は力強く言った。加原真湖もこくりとうなづく。


「それにさあ、リストに登録されたの

 あんたの方が先なんだから、

 アッキーより早く順番が来るんじゃない?」

里美は緊張したその場を

和らげようとでもしたのか少しおどけたように言った。


「まあ、確かにそうかもな。

 どこのどいつがオレの前に現れるかわかんねえけど

 その場で叩きのめして警察に突き出してやるさ」

そう言って、祐介は不敵な笑みを浮かべながら

窓の手すりに両手を掛け、

夕暮れせまる虚空をにらみつけた。

沈みゆく夕陽が逆光となって

彼の全身の輪郭をぼかした。


亜希子はその時、既視感デジャ・ヴュを覚えた。

祐介の姿は、ピントの合わないカメラの

ファインダーをのぞいたように、

陽炎のように揺れていた・・・。

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