第13話

来島祥子と加原真湖は同じ学習塾に通っていた。

この日も講義を終え、同じバスに乗っていた。

午後10時を過ぎているため、

バスの車内には人影はまばらだ。


祥子と真湖は隣り合わせに

後部の座席に座っていた。

真湖とは小学校6年生の時に、

祥子の学校に転校してきて以来、ずっと友達だ。

それからは、何もするにもいつも一緒にだった。

中学校も高校も、そして塾も・・・・・。


祥子は社外に流れる夜の明かりを

ぼんやり見ていたが、

隣に座る真湖は参考書を

熱心に読みふけっている。

こんな暗い車内で読むのなんて

やめたらいいのにと祥子は思っていた。

真湖の度の強いメガネのことを

知っているからだ。


祥子はふいに真湖に話しかけた。


「ねえ、どう思う?アッキーの話」


「どう思うって?」


祥子はすこし驚いた。

意外にも真湖はすぐに反応したからだ。

普段なら読書中に話しかけても、

即座に返事をしたりしない。

真湖は昔から一つに集中すると、

他には注意が向けられなくなるのだ。


「呪会の話よ。怖いと思わない?」


「まだ殺人に関わるような危ないサイトかどうか

 決まったわけじゃないじゃない」


真湖は参考書から目を離すと、

祥子の方を向いてい言った。


「そりゃそうだけど」


「それにあまり騒がない方がいいと思うけど」


真湖は銀縁眼鏡の中央を中指で、

くいっと上げた。


「どうして?」


「だってなんか、ただの都市伝説って感じがするし、

 あんまり人に話さない方がいいと思う」


真湖の声は冷静だ。


「アッキーのこと、信じてないの?」


祥子は少しムキになって言った。


「そりゃ信じてるけどさ。

 いまいちリアリティ感じないのよね。

 それに私たち再来年は受験だし、

そんなことに関わってる暇なんかないじゃない」


たしかに真湖の言ってることは正論だ。

菅野という女子高生が殺されたことは事実だが

それと亜希子の入会していた〈呪会〉が

関連しているとは信じがたい。

テレビの向こうで起こっていることが

身近なものに感じられないのだ。


それに受験を控えているこの時期に、

余計なことにエネルギーを

割いている場合ではないことも事実だ。

特に真湖の実家は開業医で、

一人っ子の彼女は女医を目指している。

というか他に子供がいない真湖の両親は、

彼女が病院を継いでくれるものと信じているのだ。

真湖もその期待に応えようとしている。


でも小学生のころ、、

真湖から子供の頃の夢を聞いたことがある。

真湖は花屋さんになるのが夢だと語った。

でも、それ以来彼女の口から聞いたことはない。

もしかしたら本人も覚えてないのかもしれなかった。


「じゃあ、宮島君の言ってたリストの照会、

 手伝わないの?」


祥子はいくぶん声音を落として言った。

まるで誰かに聞かれることを

恐れているようだった。


「まあ、手伝うけどさ。

 私たちのできるとこはそこまでじゃない?」


真湖はそう言うと、手にした参考書に視線を戻した。


真湖はいつも冷静だ。たとえ親しい友人のことでさえ

客観的に冷静な意見を述べる。

一見、冷たいように思えるが、これも真湖の長所だと

祥子は思っている。

里美たちがヒートアップしても、

真湖がクールダウンしてくれる。

そのバランスが、互いにいい関係を作っていた。


しばらくすると、真湖の降りるバス停に着いた。

真湖いはいそいそと参考書を鞄に突っ込むと席を立つ。


「じゃ、また明日」


手を振る真湖に、祥子も手を振った。

彼女と共に数人がバスを降りた。

祥子の降りるバス停はもうふたつ先だ。


バスに揺られながら祥子はぼんやりと考える。

それは他ならぬ宮島祐介のことだった。

実は祥子は祐介に好意を抱いていた。

入学して以来、ずっと片思いをしている。



二人きりで会話したことはないが、フィーリングだって

そんなに悪くないと思う。

これから、もっと親しくなれれば

私の良さだってきっとわかってもらえるはずだ。

祥子には根拠はないが、自信はあった。

そんな年頃でもある。

祐介が亜希子のことを好きなのはわかっている。

彼の態度を見れば誰でも気付くことだ。

でも、亜希子はどう思っているんだろうか。

それは祥子にもわからなかった。

ただ、亜希子自身、

決して悪い気はしていないだろう。

しかし、亜希子の祐介に対する反応は

友人の域を超えていない。


入学して以来、2年以上の付き合いにもなるのに、

彼に対する態度はほとんど変わっていないのだ。

亜希子にその気があるなら、

とっくに付き合っててもおかしくない。

それは亜希子には祐介に対する

恋愛感情がないからではないか?

だったら、自分にも

チャンスがないわけではない―――と思う。


祥子はバスの車窓に映る自分の顔を見た。

自分は特別美人ではないが、

ルックスもそんなに悪くないと思っている。


たしかに亜希子は美人だ。

普段は野暮ったい黒縁のメガネをかけているが

それでもその清楚な美しさを隠し切れていない。

前に何度か、亜希子がメガネを拭くのに

それをはずした時、素顔を見たことがあるが、

同性の祥子でさえ息を飲むほどの美しさだった。

その時は、どうしてセンスのない

メガネなんかしているのか訝ったものだ。


その自分自身の美しさを隠しているようにしてさえ、

祐介をはじめ、全校の男子生徒の何人かが

亜希子に好意を抱いていることも祥子は知っている。

彼女はそれほどの美人なのだ。

でも、グループの中では自分が2番目だと自負している。

里美や真湖よりもだんぜんイケてると自信を持っている。


後2カ月もすればクリスマスだ。

その時に思い切って告白してみようか・・・

そう考えて祥子は耳まで真っ赤になった。

果たして自分にそんなことができるだろうか。

いささか卑屈かもしれないが、

もし祐介が亜希子にフラれたら、

自分にもチャンスがあるかもしれない。


(それになによりも、亜希子なんかより

私の方が、ずっとずっと祐介君の事を・・・・)


「つぎは○○~。××団地前~」


祥子の物思いを断ち切るように、

車内アナウンスが流れた。

彼女もハッと我に返る。

急いで窓枠にある昇降お知らせボタンを押す。


あわてて席を降りた。

祥子の他にも数人が降車するようだ。

いくぶん早足で車内の通路を進むと、

何かが足先にあたった。

見ると1台の携帯電話が落ちている。

祥子はその見慣れぬ携帯電話を拾った。

ワインレッドの二つ折りタイプのもので、

ストラップもついていない。


バスの運転手に届けようとも思ったが、

ほんの好奇心から、

祥子はその携帯電話を開いた―――

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