第12話

放課後の教室には、

生徒の数はまばらにしかいないかった。

ほとんどが学習塾か部活だ。


西に傾いた陽光が差し込む窓際に、

亜希子、祐介、里美の姿があった。

真湖と祥子は学習塾とのことでここにはいない。


「それで進展はあったの?」


窓際の椅子に座った里美が、

自分の机の上にあぐらをかいている

祐介に訊いた。もちろん、呪会のことだ。


「おいおい、オレが呪会の会員になってから

まだ2日しか経ってないんだぜ。

そう簡単にいくかよ」


そう言って傍らにある、

祐介の愛用している黒いメッセンジャーバッグから

数十枚枚のコピー用紙を取り出した。

それは数枚ごとにホチキスで留められている。

その束は4つあった。

その中から一つずつ亜希子と里美に渡す。


「何よ。これ」


そのコピー用紙の束をめくりながら、里美が訊いた。


「現在、呪会の『呪い殺すリスト』に

登録されている人物の表とこの数日間、

全国で事件事故で亡くなった被害者のリストだ」


「すごい数だね。『呪い殺すリスト』に

登録されている人の数って・・・」


里美が率直な感想を述べる。

それはA4の紙に20枚に及んでいた。


「ああ、約12000人いる。

つまり会員の数も同じだけいるってことだ」


「い・・・1万!?」


里美が目を剥く。


亜希子はあまり驚いてはいない。

亜希子が登録した4年前で、すでに3000人を超えていたのだ。

むしろこの数字は、亜希子の予想を下回っていたぐらいだった。


「でもリストと照会すること事態は、

5人でやればなんとかなると思う。

 それより、歯がゆいのは

 これから最低1カ月くらいは

様子をみなくちゃならないことだ。

 なるべく多くの全国の事件事故の

データを集めなくちゃならない。

 それもマスコミが報じているものしか、

その情報は入らない。

 単なる交通事故レベルだったら、

特別なニュースバリューでもない限り

 マスコミは触れないからな」


たとえば交通事故での死亡者の数は、

全国で5000人を超える。1日平均14人だ。

そのすべてが全国ニュースになるわけではない。

社会的に注目を集めやすい事故、

飲酒ひき逃げ事故だったり、

1度に複数の死亡者が出たりした場合に報道されることが多い。

それだけにすべての交通死亡事故の情報を、

一般人が収集することは容易なことでななかった。


それに呪会の会員が関与してるのであれば、

何も交通事故と限ったものではない。

作業中の事故に見せかけたり、

通り魔的な殺人事件と思われているものもあるだろう。


今回の菅野好恵の列車事故がいい例だ。

最初は事故だと思われていたが

監視カメラのおかげで、殺人事件だと断定された。

この件に関しても、女子高生が列車に轢かれるという、

いかにもマスコミが飛びつきそうな

ものだったから取り上げられたのだ。


「だからしばらくは全国の事件事故の情報を

 インターネットで収集することにする。

 ネットならローカルニュースも

比較的簡単に手に入りやすい」


祐介はリストを指先で弾いた。


「ありがとう、宮島君。私のために・・・」


亜希子は祐介に頭を下げた。

そう言われて、祐介は窓の外に視線を向けた。

そしてひとり言のように言う。


「もし、呪会の会員が、そらぞれの怨んだ相手を

 交換しながら殺してるんだったら、

それを止めないとな。

 ただ単純にそう思ってるだけだ。

 それに、そのことで日向が

苦しんでるのを見ると・・・」


そこまで言って、祐介は我に返ったように、

亜希子と里美を振り返った。

里美が意味ありげな視線で、にやけ顔を見せている。

その隣で亜希子は頬を少し赤らめていた。


「・・・オ、オレはただ・・・

な、なんだ米倉、なんで笑ってるんだ」


里美は今度はお腹をかかえて笑っている。

祐介は返す言葉もなく顔を真っ赤にし、

窓にかかったカーテンを

引きちぎらんばかりに掴んで、その嘲笑に耐えていた。

ひとしきり笑った後、

里美は急に真面目な顔になって祐介に訊いた。


「ところでさ、あんた『呪い殺すリスト』に

誰の名前を書いたの?」


そうだ、それは亜希子も気になっていた。

呪会の会員として認められるには

自分が呪っている相手の名前と住所などを、

『呪い殺すリスト』に個人情報を書き込まなければならない。

祐介はいったい誰の名を書いたのか―――。


今度は祐介がにやけ顔を里美に向けた。


「あんた、まさかあたしの名前を・・・!?」


里美が蒼白になって祐介に掴みかかろうとした。


「違う!誰がお前の名前なんか書くかよ」


「じゃあ誰を書いたのよ!」


里美の勢いに気圧されながらも、

祐介はニヤリと口元を歪めた。

左手の親指だけを立てると、自分に向けた。


「まさか、自分の名前を?!」


里美は呆気にとられて言った。


「呪会に登録するときに必要なのは

ハンドルネームとメールアドレスだけだ。

 実名を書く必要はない。

 だからサイト管理者も会員の素性は知らないんだ。

 でも、『呪い殺すリスト』に書き込む人間は

 その個人情報を書くことになってる。

 だから会員と『呪い殺すリスト』に

書かれた人物か同一なのかなんてわからない。

 そもそも『呪い殺すリスト』に

自分の名前を書く奴なんかいないだろうけど」


祐介の言葉を聞いた亜希子は不安を口にした。


「でも、それって祐介君も、危険なんじゃ・・・」


「まだ呪会が殺人に

 関与してると決まったわけじゃない。

 それにもしそうだとしても、オレは大丈夫さ。

 簡単にやられるつもりはない」


亜希子を安心させたいのか、ゆっくりと言った。


「ほんと、あんたには頭が下がるよ」


里美がほとほと感心したように言う。


「とにかく地道な作業だが、やってみるしかない。

 これを来島と加原にも渡しといてくれ」


そう言って、祐介は『呪い殺すリスト』をプリントアウトした

書類の束を2つ里美に渡した。


窓から差し込む逆光の中、

祐介の姿がシルエットになる。

亜希子は眼を細めて、祐介の顔を見ようとしたが

祐介の姿は輪郭のはっきりしない人影にしか見えず、

はっきりとらえられない。その黒い人影は、

何か得体のしれない不安を亜希子の胸の中にかきたてた。

亜希子は思わず、こぶしを強く握りしめていた。

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