呪会 

kasyグループ/金土豊

第1話

 午後十一時五七分。最終電車を待つ、

そのプラットホームに人の姿はまばらにしかなかった。

彼らのほとんどは中年のサラリーマンで、

足元もおぼつかないほどの酔客ばかりだ。


 屋根を支える支柱に

よりかかってうたた寝している者、

ベンチに横たわって失禁している者、

冷たいコンクリートの地面に

座りこんで大声でグダをまいている者、

ホームから線路に向かって、

おじぎをするように身体を折り曲げながら

ゲロを吐き出している者もいる。


 そんな醜態をさらす中年のオヤジたちに、

時折、侮蔑の視線を送りながら

鼻で嘲笑っている少女がいた。

白いブラウスにブルーのネクタイ、

太ももも露わなチェック柄のミスカート。

肩には黒っぽいトートバッグを下げている。

おそらくどこかの女子高校生だろう、

そのトートバッグには

校章らしきものが刺繍されていた。


Ipodで流行りの楽曲を聴きながら

片足は軽くリズムを刻み、

口は絶えずガムを噛み続けている。


こんな深夜の駅のホームにいる女性は

彼女一人だけだった。

まわりの男たちのまとわりつくような、

黄色く澱んだ視線に生理的な嫌悪感を感じながらも、

援助交際で醜悪なオヤジたちの

相手をしている彼女にとっては

耐えられないほどのものではない。

中にはスケベ心をむき出しにして

近寄る酔っ払いもいたが、

彼女の迫力あるガン飛ばしを喰らうと、

すごすごと離れていく。

 援助交際といえば、そもそもそれが原因で

普段は乗ることのない、

こんな最終電車で帰るはめになったのだ。

 いつもデートの帰りは、

相手に車で自宅まで送ってもらう。

車を持っていない男とは付き合わない。

それが彼女の主義だ。


 今付き合っているのはマサユキという大学生。

彼女好みのイケメンなのだが、年中金欠の男だった。

実家からの仕送りにバイトもしているので、

はた目には余裕がありそうだったが、

その金のほとんどを車にかけていて、

デートにかかる費用はほぼ全額、

彼女が出していたのだった。

 そうなると当然彼女も金に困ってくる。

そこで思いついたのが援助交際だ。

これなら手っ取り早く金が稼げる。

薄汚いオヤジと安ホテルで寝るだけで

数万円の金が手に入るのだ。


 時給800円のコンビニのバイトなんかで、

ちんたら稼ぐのなんてごめんだった。

だいたい人に使われるのなんか性に合わない。

彼女は常に他人より優位に立ちたい性格だった。

援助交際だったら、オヤジたちは

自分の身体欲しさに言いなりに大金を出す。

メタボリック症候群の豚のような男たちに抱かれながらも、

心の中で彼らを嘲笑い見下していた。


 その援助交際がマサユキにバレてしまったのだ。

今日のデートの帰り際、マサユキは

彼女がいつも数万の現金を持っていることを

不審に思っていて、

今までになくしつこく問いただしてきた。

前から何度か金の出所を訊かれてはいたが、

それに対して親からもらった

お小遣いだと答えていた。

だが付き合いが長くなるにつれて、

互いの素性もわかってくる。

彼女の父親は中小企業のサラリーマンで、

母親もパートで働いていることを

マサユキは彼女の口から聞いている。

数万もの金をたびたび

娘に与えるほど裕福ではないはずだ。


 それに彼女がバイトを

していないことも知っている。

そして普通のバイトなど

出来ないだろう性格だということも。


 マサユキのあまりにしつこい追求に

彼女もついに根をあげた。

真実を知ったマサユキは逆上し彼女の頬をぶった。

それには彼女もキレた。

彼女にも言い分はあった。

車ばかりにお金をかけて、満足にデートも出来ないのは、

そもそもマサユキのせいなのだ。

原因は彼にあって自分にはすこしも非はなく、

ぶたれるような理由はないと彼女は思っていた。


 彼女はマサユキの車を降りると、

ドアミラーにトートバッグを叩きつけてへし折り、

その場から走り去った。

ドアミラーの惨状に

パニックになったマサユキの悲鳴が、

背後から響いてきたのを覚えている。


 本当はタクシーで帰りたかったのだが、

財布には三千円ほどしかなかった。

今日のデートで使い果たしてしまい、

それでこんな最終電車に

乗らなければならないことになってしまったのだ。


 胸ポケットの携帯が着メロを奏でた。

マサユキからだ。ウザそうに顔をしかめると、

携帯を開いてメールを読んだ。

そこには破壊されたドアミラーの

恨みつらみが書き連ねてある。

謝罪要求と弁償請求。


(誰があやまるもんか。弁償?ざけんなよ。

だったらこっちも今までの飯代、

遊び代、ホテル代請求してやる)


 携帯を閉じポケットにねじ込んだ。

ガムを膨らませパチンと潰す。

まるでそれを合図にしたかのように、

ホーム内にアナウンスが流れた。


『3番乗り場に十二時四分発下り電車が入ります。

 黄色い線の内側に立って・・・』


 彼女はそんなアナウンスに耳も貸さず、

黄色い線から半歩踏み出した。

ホーム内のけたたましいベルの音に負けじと、

Iポッドの音量を上げる。

 それに気を取られたのか、

彼女は自分の背後に近づく人の気配に気づくのが遅れた。


 (またスケベオヤジかよ)


ため息混じりに振り向くのと、

その人影が勢いよく

彼女の両肩を突き飛ばすのがほとんど同時だった。


彼女は何が起こったのかわからず、

キョトンとした表情を顔に貼り付けたまま

半回転してホームから落下していった。

その直後、最終電車が彼女の身体の上を通過した。


三十メートルも飛ばされた彼女の

携帯がメールの着信音を鳴らす。


「To 好恵 

援交のことは水にながしてあげるからさあ 

またつきあおうぜ 

でもさ ドアミラーはちゃんと

べんしょうしてくれよお 

マサユキ」

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