【1話完結型】ある占い師の記録

9741

やりたくない青年

 私はとある路地裏で占いを営んでいる。

 人の運勢、前世など占っている。


 だが、最近では皆どういうわけか占い目的ではなく、悩みを相談してくる。

 私はカウンセラーではなく占い師なのだが……。まあ、ちゃんと代金を払ってくれるのならどっちでもかまわないか。

さて、今日のお客さんは……。


「失礼します……」


 二十代くらいの青年だった。なかなかのイケメンだが、暗い顔をしている。


「実は、僕には人には言えない悩みがあって……」

「ふむ」


 私は軽く相槌を打つ。


「なんというか、僕以外皆やっていることが、やりたくなくて……。正直やめたいんですけど、多分親は絶対反対されるだろうし」

「その『やりたくないこと』とは、何ですか?」


 青年は首を振る。どうやら具体的に何をするかは言いたくないらしい。


「その『やりたくないこと』を、親が強制的にやらせるんですか?」

「そう、ですね。最初に強制したのは、僕の両親です」

「両親には、言いましたか? やりたくないって」

「いいえ。さっきも申しましたが、親には絶対に反対される行為なので、話していません」

「友達にも相談していないのですか?」

「はい。話したのは占い師さんだけです。占い師さん、僕はどうしたら良いのでしょうか?」


 さて、こういう場合は……。


「これなんてどうでしょう?」


 私は引き出しから、ある物を取り出した。

 それは一枚のコイン。


「このコイン、表には太陽、裏には月が描かれています」


 私はコインの裏表を青年に見せる。青年は不思議そうな顔をしていた。


「今からこのコインを投げます。表が出たら『やりたくないこと』をやめる、裏が出たら行い続ける」

「え、ちょちょっと待って……!」


 青年の制止を無視して、私はコインを天に向かって指で弾く。

 コインは回転しながら放物線を描き、テーブルに落ちてくる。

 机の上でじゃらじゃらじゃらと音を発しながら、ゆっくりと回転を止める。


 そして私達の視界に飛び込んできた絵柄は、月だった。


「裏が出ました。あなたのこれからは決まりました。『やりたくないこと』をやり続けてください」

「ま待ってください!! そんなコインなんかで……」

「それです!」


 私はドーンと彼に向かって指差す。


「コインは裏を示しました。でもあなたはそれに『待った』と言いました。つまり、あなたの心は表を、やめる方を望んだのです」


 青年は私の話を聞き続ける。


「親の反対がなんです。皆が当たり前のようにやっている? そんなの関係ありません。あなたが『やりたくないこと』を無理にやる必要はありません。あなたがやりたいことをやればいいのです」


 私の言葉を聞くと、青年はぱぁっと花が開いたような顔になった。


「ありがとうございます!」

 そう言って、青年は代金を払い、私の前から立ち去った。






 翌日。

 青年は自殺した。

 彼は『生きること』をやめたのだ。

「……人ってどんな悩みを持っているか、分からないものね」

 私はそっと新聞を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る