絵を描く黒猫

よろず

第一章 あき

1 一週目

1 一週目 月曜日

   月


東華あずまはなさん、好きです。オレと付き合って」

 朝一の教室で、オレが柄にもなく緊張で手に汗かいて対峙しているのは同じクラスの女の子。制服のスカートはヨレヨレで、梳かしてないんだろうなって髪を適当に一つに結った、今までのオレだったら関わろうなんて欠片も思わないような子。

 彼女を初めて知ったのは今年の春。

 ぶっちゃけ、顔が自慢で女の子にモテるオレは、高二に上がった始業式の日も誘ってきた先輩とイチャイチャする為に空き教室へ向かってた。

 第二校舎にある空き教室の一つ。そこに、東華がいた。教室の黒板全部使って、満開の桜と入学式の絵を描いていた。その絵は上手いなんてもんじゃなくて、チョークで描いたはずの桜が本物にしか見えなかった。思わずオレはスマホで写真を撮った。音に反応した彼女はチラッとこっちを見て、興味なさそうにまた絵に向き直る。それがきっかけ。次の日新しいクラスで彼女を見つけて、ホームルームでやらされた自己紹介で名前を知った。

 東華はいっつも絵を描いている。朝登校してからも、休み時間も、昼休みも、授業中でさえ何か描いていた。授業中なのに、教師はチラッと見るくせに注意しない。だから、一年の時もそんな感じだったのかなって思った。まぁそれだとただの絵を描くのが好きな地味な子だけど、東華は変な子だった。昼飯はリンゴやバナナを丸かじりしていたり、食パンをそのまま食ってたりもする。そんで誰とも会話しない。ずぅっと絵を描いてる。チラッと見た絵はとんでもなく上手くて、でも、学校の風景とかを描いてるのに人間が描かれてる事がなかった。

 この子は人に興味がないんだって思った。

 春に描いてた絵も、入学式の絵だったのに人はいなかった。写真を撮ったオレを見た瞳にも、興味の欠片も浮かんでいなかった。

 オレは、東華が気になって堪らなくなった。

 夏休みも、いつもなら適当に女の子達と遊んだりして過ごすのにそんな気になれなくて、東華の事が何度も頭に浮かんだ。

 新学期が始まってからも彼女を目で追って、あの瞳にオレを映して欲しいって、思った。

 だから今、オレは登校して来た東華の机の前に立って告白してる。いつもみたいに絵を描こうとしていた彼女はチラッとこっちを見て、興味なさそうに絵を描き始めた。

 オレの頬が引きつった。

「冗談とかじゃないよ。真面目だよ。ねぇ、東さん?」

 スケッチブックと彼女の顔の間に手を差し込んで注意を引いてみる。煩わしそうな顔されたけど、またオレを見てくれた。

「誰?」

 さすが東華。クラスメイトの顔と名前、一人も覚えてないんだろうな。

「秋。寺田秋。寺に田んぼの秋って書くの。同じクラス。秋って呼んで?」

 女の子達に評判の笑顔で言ったのに、東華はそうですかって本当に興味なさそうに呟く。

「そんでね、オレ、東さんが好きなんだ。オレを東さんの彼氏にして欲しい」

「興味ない」

 一刀両断。予想してたし、めげるもんか。

「興味ないのは知ってる。だからさ、これから興味持ってよ。とりあえず華って呼んでもいい?」

「……好きにしたらいい」

 よし! これでスタートラインだ。

 オレは華にべったり張り付いた。

 休み時間は華の机の横でしゃがんで絵を描く華を観察する。だけど華はオレに気付かないみたいに絵を描いてる。話し掛けても反応は返ってこない。

 昼休みは食パンをかじりながら絵を描いてる華の隣の席に座って、オレは購買で買ったパンを食った。今までは女の子が弁当を作ってくれていたけど全部断って、もうそういうのはやめた宣言もした。

 クラスの奴らは、オレが華をからかっているんだと思って面白そうに見ていたり不快感を表していたり、色々だ。

 放課後になって、鞄を持った華を急いで追いかける。帰り道は絵を描けないから絶好のアピールチャンス。

「一緒に帰ろう!」

 教室を出た華の隣に並んで話し掛けたけど、無視された。

「ねぇ、ねぇ華?」

 注意を引く為にブレザーの裾を引っ張ってみる。華はチラッとこっちを見た。やっとこっちを見てくれたって、すっげぇ嬉しい。

「一緒に帰っていい?」

「……好きにしたらいい」

 返事がもらえて、オレは笑顔になった。緩んだ顔した自覚がある。

「ねぇ華。オレの名前、覚えてくれた?」

 歩きながら聞いてみる。

「秋だよ。寺田秋。秋って呼んで? 華、秋って。ねぇ、秋って言って?」

 しつこく言って名前の刷り込み作戦。

「暇?」

 呆れた顔された。でも無よりマシ。

「暇じゃないよ。この後バイト。でも送る。家近いの?」

 下駄箱で靴を履き替えながら聞いたけど、答えてもらえない。華は駐輪場じゃなくてそのまま校門へ向かう。

「オレは近いんだ。歩いて通えるの。華は? 歩きなの?」

「……歩き」

「そっか、一緒だ。ね、華は家でもずっと絵を描いてるの?」

 隣を歩いてるオレをチラッと見て、華は頷いた。

「そっかぁ。すっげぇ上手いよね? 絵、好きなの?」

 そこから、好みの食べ物だとか休日何しているかだとか、色々聞きまくったけど答えてもらえなかった。

 オレを無視したまま華が入って行ったのは、学校からすぐ側のマンション。オートロックで、なんだか高そう。自動ドアの前でまた明日って手を振ったら最後にチラッとオレを見てくれた。

 まだスタートラインだ。明日もがんばろう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る