童貞のまま三十路を迎えたら、魔法使いの国で勇者になりました。
ぷりっつまん。
第1話 三十路童貞になりました。
俺が人生で最も聞きたくなかった、午前零時を告げるアラームが部屋に響く。机に突っ伏して寝ていた俺は右手でスマホのロックを外し、時間を確認する。日付が一日変わり、土曜日になっていた。
俺はスマホを投げるように置き、目の前にある薄い茶色の酒瓶をボケッと見つめる。酒が弱くて家で飲むことなどほとんどない俺は、それでも今日だけはとコンビニでウイスキーを買い、ヤケ酒に走り見事に撃沈した。
二十二時過ぎまでは記憶があるから、二時間くらい寝てしまったのか。二時間あれば悲願が達成できたかもしれない……。いや、それはない。もう打つ手がなかったからこそ、俺はヤケ酒に走ったのだ。
俺の名前は戸隠大典。たった今、童貞のまま三十路を迎えた男だ。童貞のまま三十路を迎えれば魔法使いになるって某掲示板で見た気がするけど、三十路童貞が魔法使いになったところで、使えるのは妄想と自慰の魔法くらいだろう。
涙が出てくる。
小学生時代、中学生時代は「女の子と仲良くするなんて恥ずかしい」と突っ張っていた俺は当然彼女などできず、大学生になれば彼女くらい出来ると信じ、好きだったサッカーに専念するために県内の男子校へ進学した。
サッカーではそれなりの成績を残したけれども、男子校では当然彼女を作ることはできず(というよりもサッカーに明け暮れていて作るつもりもなかった)、大学こそはと勉強を頑張り、全国的にも有名な大学に進学した。女の子も多かった俺は勝利を確信した。
まぁ結果は三十路童貞という単語が物語っているように、大学生活の四年間でいくつかのサークルを掛け持ちしても彼女を作ることが出来ずに社会人になった。ちなみにファーストキスは親友であるヒモ野郎だった。
社会人こそと思って勤めた会社では女性割合が四割以上の大手本社勤務になるも、手先の器用さを認められて早々に工場勤務を言い渡され、今は男だらけの工場で汗水たらして働いている。
自分でも顔はまだましな方だと思っている。実際合コンに行っても結構モテるし、堀の深い顔はダンディで格好いいと言われることが多い。モテるためにファッションセンスだって磨いたし、あまり得意でなかった人との付き合いも頑張って覚えた。体臭にも身だしなみにも気を使って、いつ女の子が来てもいいように部屋だって綺麗にしている。今どきの男は、むしろ奥さんに料理を作るくらいでなければいけないと思い、仕事で疲れた体に鞭うって自炊を心掛けている。ちなみに得意料理は肉じゃがだ。
しかしどれだけ努力しても彼女ができない。このままではいけないと思い、大学時代の親友でファーストキスの相手であるヒモ野郎(現在まで未就職だが、実業家の女性を捕まえて一等地のマンションに住んでいる)に色々と指南してもらったが、それでも彼女は出来ず、女友達だけが増えていった。あげく知り合った女性陣からは「誰かいい男を紹介してください」とのメッセージが頻繁に入るようになり、頼みごとを断れない俺は勤務先の男や合コンで知り合った男を次々と紹介し、そして次々とカップルを作った。
カップルができる度に感謝され、そして必ず言われる「大典さんにもきっと良い女性が現れますよ」と。殴りつけたい衝動を抑えて笑顔を作り、ありがとうと返す。その時の俺がいかに惨めかわかるだろうか?! いつもあいつらが不幸になるように祈る! でも結果は真逆で、俺が紹介した二人は約七割の確率で結婚する。おい、俺が使うはずだった春を返してくれ!!
このままだと本格的に泣いてしまいそうなので一旦体を起こす。目の前にはお手製のテレビラックがあり、その中にはヒモ野郎からもらった四十二型の液晶テレビが収まっている。少し視界が揺らぐ。ちょっと飲みすぎたようだ。何度か瞬きをしてピントを合わせる。
我ながら上手くできたテレビラックをはじめとして、手先が器用なので日曜大工はお手の物だし、電化製品だって一通りばらせる。車の修理も改造もある程度出来るし、子供が好きだから子供をあやすのも上手い。まぁそのせいで、作ったカップルから「赤ん坊を預かってほしい」とたびたび言われるのだが。その時のために、俺の部屋には彼女もいないのに赤ちゃん用の備品が常備してある。
運動神経だって良いし社会人になってからはボクシングを初め、今だ体脂肪率一桁を守っている。身長もそれなりに高い。収入は、まぁ普通より多いくらいだろう。
これだけの条件をそろえておいて、我ながらよく童貞を守れたなと思う。一日中部屋にいるのならまだしも、今でも月に二、三回は合コンに行くのに、本当によく童貞を守り切ったと思う。もっと誇ってもいいのかもしれない。
一度、童貞だと彼女ができないのかと思い、金を握りしめて風俗に行ったことがあるが、俺はどうしても中に入ることが出来なかった。風俗が悪いってわけじゃないけど、この童貞の捨て方は何か違うと思ったのだ。
ちなみに相手が処女である必要はない。大学に入った当初はそういう甘い恋愛を求めていたが、現実を見てそれは無理だと早々に気付いて、そして何よりも童貞だということに焦って、処女童貞論はさっさと破棄した。でもダメだった。
「ううっ……」
努力が報われるのは一部の人だけだ。それはどんな分野でも同じ。俺は報われなかった。そんなこと今までいっぱいあったはずなのに涙が止まらない。こんなに泣くなんて人生で初めてじゃないだろうか。
俺の気持ちと裏腹に、軽快な電子音が鳴る。どうやらSNSにメッセージが入ったようだ。涙を拭いて、慣れた手つきで確認すると、俺が紹介した男の一人からだった。
「誕生日おめでとうございます」と得意のパソコンスキルを駆使して作ったであろう画像が送られてきた。形式的な画像の感想を送り、ありがとうと書いた芸能人のスタンプを送る。
別に飲みたくもないのに、俺は瓶に残っていたウイスキーを水割りにして一気に煽る。体の奥がじんと熱くなる。明日は幸いにも休みだ。このまま寝てしまっても問題ない。
俺はもう一件来たメッセージに、自虐的に「三十路になりました。おっさんの仲間入りです。」と返し、先ほどと同じスタンプを送ると、そのままゆっくりと瞼を閉じた。
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