76 羽黒祐介が真相を語る時

 ついにその時が来た。赤沼家殺人事件の真相を告げるために、羽黒祐介は赤沼家の本邸へと向かった。根来刑事や粉河刑事を始めとする警察官も同席していた。そして、何よりも赤沼琴音がこの赤沼家の本邸に訪れるのであった。赤沼琴音が死んでから、再び蘇って姿を現したのであった。

 応接間には、赤沼家の人間が揃っていた。赤沼早苗、淳一、吟二、麗華、由美、真衣、稲山文蔵、井川哲彦、長谷川瑠美の九人であった。その場に赤沼琴音が現れた時、赤沼家の人間たちは一瞬異様な、夢でも見ているような気分に襲われた。羽黒祐介の言うことが正しかったことを知り、また同時に彼女が犯人だったのではないかという疑いが沸々と湧いてきて、話しかけることもなく、ただ視線が集まった。

 琴音も、少しばかり視線を避けるように顔を横に背けていた。

(お姉ちゃん……やっぱり生きていたのね……)

 麗華は目頭が熱くなって、それを隠すように俯いた。

 見れば、時刻は予定の正午。

「さて、皆さん。ちょうど正午になりました。これから、わたしから事件の真相をお話し致しましょう」

 羽黒祐介がそう言った為、赤沼家の人々の視線は一斉に羽黒祐介に集まった。

「一体誰なんですか。やはり、村上隼人君だったんですか」

 興奮したように、吟二が尋ねた。

「村上隼人君……。彼は事件当夜、京都にいました。アリバイは確実です。そもそも、この事件は部外者の犯行ではありえない。なぜならば、殺人に使われたふたつの凶器は、赤沼家の、琴音さんの部屋の下にある、秘密の地下室から見つかったのです」

「しかし、それでは……」

 琴音が犯人なのか、と吟二は言いかけて、はっと言葉を呑んだ。それに対して祐介、

「琴音さんが犯人かと仰るのですか、しかし、それもおかしい。もしも、琴音さんの生きている姿が赤沼家の誰かに見られたら、それだけでこの計画は瓦解してしまいます。やはり、あの地下室に自然に出入りできた人間は、現在、赤沼家に住んでいる人間だと考えるのが妥当でしょう。赤沼家の皆さん、この事件の真犯人は赤沼家の人間の中にいます。そして真犯人は現在、この応接間の中にいます!」

 応接間はとてつもない緊張感に包まれた。誰も何も言わずに呆然としていた。

「さらにあの地下室の凶器は、第一の殺人と第二の殺人が同一犯によるものであることを伺わせます。別々の犯人が、同じ場所に凶器を隠すとは考えにくいですからね。さらに、二週間近く経とうとしていた頃に、あのような重要証拠がまだ地下室に残されていたことは、ほとぼりが冷めるまではあそこに隠していた方が安全だ、という発想でしょう。ところが、琴音さんや村上隼人君のような赤沼家に近づくことも容易ではない人間は、一刻も早く、赤沼家の本邸から証拠を遠ざけないとならなかったはずです。またそうした心境になったはずです。なぜならば、普通、犯人というものは、現場から証拠を遠ざけたいという心境に襲われるものですから。すると、犯人はよほどこの本邸に長居する人間でなければならない」

「だとしたら、滝川真司も犯人ではないわけか。しかし、あえてあの地下室に凶器を隠すことによって、赤沼家の人間の犯行に見せかけたとも考えられるじゃないか」

 根来のその疑問に、羽黒祐介は答えた。

「もし、犯人がそのようなことを考えていたのなら、もっと見つかりやすい場所に凶器を隠したはずです。淳一さんや吟二さんの部屋とかね……。琴音さんの証言がなかったら、わたしたちはあの地下室の存在すら気づかなかったのですから……。もちろん、琴音さん自身も、自分の部屋の地下室に凶器を隠していたとしたら、自分からその地下室の存在を語るはずもありません。つまり……」

 羽黒祐介は少し言葉を切って、そして言った。

「犯人はこの中にいるのです。そして、それは琴音さんではない……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る