46 羽黒祐介の疑問

「私がこんな推測をしたのにはある理由がありましてね。もしもこの手紙の指し示す意味が、琴音の死の報いを蓮三が受けた、というものであれば、蓮三は実際に琴音の死に何らかの責任があるということでないとおかしい」

「そうですね」

「ところが、蓮三は琴音と村上隼人の結婚に関しては完全な中立でした。そして結婚に反対をしていた淳一はいまだに生きている。どうもこの点がね……。この手紙が本当に琴音の死の復讐を意味しているか、そこからしてどうも疑わしい思えてきたのです……」

「そうですね」

「すると、この殺人はそもそも琴音の自殺の復讐ではないのではないかとも思えてくる……」

「ところが、第一の殺人予告状には明確に琴音さんの死の復讐を意味する内容が記されていましたね」

「そうです、そうなんですよ。だから頭がこんがらがって仕方がないんです……」

 根来は焦ったそうに体を揺すった。

「蓮三さんは第一の殺人の時、横浜にいたのですね?」

「ええ、横浜の中華街の中華料理店に勤めている女性と二人で深夜まで過ごしていたそうです。どうも良い関係だったらしくて……」

「すると、やはりアリバイはあるわけですね」

「どうだか、わかりませんよ」

 根来は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

「なるほど……、すると僕は今から横浜と京都に出かけて少し探りを入れてみますよ」

「い、今からですか、しかしわざわざ羽黒さんが行かなくても警察もちゃんと取り調べていますよ」

「いえね、何ごとも自分で調べないと気が済まない性分でしてね……」

 すると祐介は早くも荷物をまとめ始めた。

「しかし、羽黒さんが赤沼家の近くにいらっしゃらないのはちと心配ですな……」

「なに、すぐに帰りますよ。それにこの民宿に英治を残しておきます」

「彼ですか……いや、それは……」

 頼りない、と言いたかったがさすがに口に出さなかった。

「あれから、早苗さんはどうされました」

「生きながらにして魂が抜けたような……」

「無理もありませんね。自分の息子が殺されたのですから……」

「そうですな……」

 根来は祐介をじっと見据えると、肝心のことを尋ねた。

「羽黒さんはこの事件をどのようにお考えですか」

「私の考えですか。まだ人に話すほどまとまっていません」

「そこをひとつ」

 少し困ったように祐介は首を傾げたが、重い口を開いた。

「はっきり言ってまだ混沌として何も掴めていない状況です。強いて言うならば、疑問なのは重五郎さんが生前、稲山さんに言っていたことです。稲山さんにお話を何度かお聞きしましたが、稲山さんが重五郎さんに殺人予告状を見せた時、重五郎さんは「信用できる探偵に相談する」と言っていたそうですね。しかし、このような事態になってもその探偵事務所が未だに名乗りをあげないのはどういうわけでしょう」

「実際には探偵に相談などしなかったというのですか」

「そうです。つまり重五郎さんは誰にもあの殺人予告状のことを話さなかった。いや何らかの理由があって話せなかったということになります。すると重五郎さんはやはり明かされてはならない秘密を持っていたということになりますね。そして、あの殺人予告状にはその秘密を暴いてしまう危険性があった」

「………」

「しかし、そうだとすると、あの殺人予告状の「琴音を殺した赤沼家の人々」という言葉が、村上隼人との結婚が許されなかった為に琴音さんが自殺したことを意味するものであれば、あの殺人予告状は、赤沼家の人々に隠さなくても良かったはずです。もちろん探偵に相談することもできるでしょう。なぜならそれは赤沼家の人々にとっては周知の事実だからです。しかし、重五郎さんがこのことをひた隠しにしたからには、もっと琴音さんの死に自分しか知らないような秘密があったはずなのです」

「そうなると、重五郎はあの殺人予告状の内容に心当たりがあって、しかもそれは重五郎の秘密だったというのですか」

「ええ、だから私は、誰かが琴音さんを自殺に追い込んだという理由で、誰かが赤沼家の人々に復讐をしているのだとは思えません。そうだとしたら重五郎さんは何もあの殺人予告状をそこまで隠すことはないのです。それよりももっと殺人予告状の内容通りの、人に言えない出来事が実際にあったと考えるべきではないですか」

 根来はそう言われて、第一の殺人予告状の文面を思い返した。


            *


赤沼家の人々よ

琴音は自殺したのではない

お前たちに殺されたのである

間もなく一年という月日が過ぎようとしている

琴音を殺した赤沼家の人々は、わたしの手によって殺されることになるだろう

雪の夜に気をつけろ

                Mの怪人

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