43 人を呪わば穴二つ

 さて警察が、座敷に残っていた蓮三の黒い鞄の中を調べると、煙草の箱と鞄の底の敷物の裏から何よりも驚くべきものが出てきたのである。

 それは、またしても手紙であった。しかも今度は前回の殺人予告状とは大分内容が違う。今回の内容は以下のようなものであった。


            *


赤沼家の人間よ

人を呪わば穴二つ

罪人は毒を好む

この度、最期を遂げるのは家族ならざる者を殺害した罪人なり

                Mの怪人


             *


 このような文章が冷たいワープロの活字で、たんたんと記されていたのである。この意味深な文章の解釈をめぐって、捜査関係者は意見が分かれた。この為に、事件の謎はさらに複雑化したということができるだろう。

 根来刑事の解釈は、次のようなものであった。まず「人を呪わば穴二つ」というのは、蓮三の恨みがめぐりめぐって、今回の蓮三自身の死を招いたという意味合いであるとする。

 次に「罪人は毒を好む」とは青酸カリで毒殺された蓮三のことを罪人と表現しているのだとする。

 そして、もっとも解釈しづらいのが最後の「この度、最期を遂げるのは家族ならざる者を殺害した罪人なり」という部分である。この「家族ならざる者」を「家族ではない者」と訳すならば「蓮三は家族ではない者を殺害した罪人である」という意味になるとする。

 また、前回の殺人予告状の内容から、琴音の死が一連の事件の動機であると考えられているので「家族ならざる者」とは琴音を指したものだという。しかし、なぜ琴音が「家族ではない者」なのか。つまりこれは、蓮三にとって、父親の不倫によって産まれた腹違いの妹である琴音は、家族ではなかったのだということを言わんとしているのではないか。しかし粉河には、少し苦しい解釈であるとも思えた。

 しかれどもこの解釈にしたがって、文章の意味を理解すると「蓮三にとって父親の不倫によって産まれた腹違いの妹である琴音は家族ではなく、その琴音を死に追いやったのは蓮三であり、蓮三はその報いを受けて毒殺された」ということになる。

 しかし根来は、蓮三に琴音の死の責任があるようには到底思えなかった。これで殺されたのは重五郎と蓮三の二人である。殺人予告状が言うように、本当に犯行動機は琴音の死の責任にあるのだろうか。もし責任があるとしたら、それは琴音を自殺に追い込んだということなのか、それとも本当に殺人が行われたということなのだろうか。

 何はともあれ、前回の殺人予告状の内容から言って、一連の殺人の動機は琴音の死と関係があるらしい。根来は再び、琴音の自殺について調べ直す必要があることを実感した。

「わからんな」

「何がですか?」

「この二枚目の手紙だよ。なんか意味が取りづらい」

「どの部分ですか?」

「やはり、家族ならざる者、というところかな……。家族ではない者を殺害したというような言葉を犯人は何故書いたのだろう。その意図が不明確だ」

「そうですかね……」

「よくわからん……」

 根来はそう言って、不機嫌そうに唸ったのであった。

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