37 村上隼人からの電話

 羽黒祐介と根来警部が玄関でそんなことを語り合っている、まさにその時であった。赤沼家の電話がけたたましく鳴った。稲山が走ってきて、受話器を取る。そして、しばらく相手と会話をしたと思うとアッと声を上げて、思わず手にしていた受話器を落とした。

 稲山はぶら下がった受話器を拾い上げると、また少し会話して、受話器をそばに置いて、忙しなく館内を走りだした。

 稲山が向ったのは早苗夫人の部屋であった。早苗夫人はことの次第を聞いて、すぐに電話に駆けつけた。

 早苗夫人は受話器を取る前に少し躊躇すると、ゆっくり受話器を拾い上げて耳に当てた。

「赤沼早苗です……」

 その様子を稲山が凍りついた眼で見つめている。

「ええ……お久しぶりですわね……」

 早苗夫人の目の色が変わっていった。何かを思い出してあるように徐々に見開かれていった。

「ええ……ええ……すると身の潔白を晴らすというのですね……」

 早苗夫人は大きく何度もうなずいた。

「それはかまいませんわ……明日……いいでしょう……その代わり警察の方にも立ち会っていただきましょう……」

 早苗夫人は頷いてゆっくり受話器を戻すと、稲山の方に向いた。

「明日、ここに来るのだそうよ」

「ここ……この家にですか……!」

「ええ……警察の方にも立ち会っていただきましょう……それで白か黒かはっきりするわ……」

「しかし……何のためにここへ……」

「自分の嫌疑を晴らすためだというのよ……」

「…………」

 稲山は驚きに心を奪われていたようであったが、すぐに根来にこのことを伝えなければいけないと考え、玄関へと走った。

 稲山が玄関に着くと、根来と祐介は息を切らした稲山とその顔色の悪さを見て、驚きの声を上げた。

「どうしたんですか、稲山さん」

「で、電話があったんです……む、村上隼人から……」

「村上隼人から!」

 根来は思わず声を上げた。

「それで、どんな内容の電話だったんです?」

「明日……この赤沼家の邸宅で……自分の身の潔白を証明すると……そう……言ったようなんです……」

「このことは早苗さんは知っていますか……」

「ええ……ええ……知っています……電話に出られて…直接お話しを……」

「なるほど……」

「警察にも立ち会って……頂きたいと……」

「いいでしょう。証拠さえあればその場でしょっぴけるんだが、今はそうもいかないだろうな……とにかく彼は最有力容疑者だ。向こうから出てきてくれるのならこんな楽なことはない」

「でもまだ彼が犯人とは決まったわけじゃありませんからね……」

 と、すかさず粉河が口を挟む。

「第一、犯人なら向こうから姿を現しませんよ。身の潔白を証明するというのだから、何か証拠があるのでしょう……」

 根来は不服げに反論ばかりする粉河を睨むが、少し考え込んで、

「とにかく明日、重要な手がかりが得られるはずだ……」

 と自分なりにまとめた。

「私も同席してかまいませんか?」

 祐介が遠慮気味な口調で誰とはなしに尋ねた。

「警察はかまわんが……」

 根来はそう言って、ちらりと稲山の方を睨みつける。

「是非是非! お願いしますよ。おそらく麗華様も同じことを仰られるはずです……」

 と稲山がありがたそうに何度も何度も会釈をしたのであった。

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