16 人間消失の謎

 根来刑事は、村上隼人犯人説のことばかり考えていては、事情聴取が捗らないと思ったのか、咳払いをして、仕切り直した。

「それで、あなたが重五郎さんの遺体を発見された時の状況についてですが……」

「そうですな……」

「まず、事前にこちらの耳に入っているいくつかの情報を元にお尋ねしますが、最初に早苗さんが玄関で不審な人物を見かけたということでしたね。これが九時頃のことだった。間違いはありませんか?」

「間違いありません。その悲鳴を聞いて、わたしは走って玄関に向かったんです」

「その前はどこにいたんです?」

「台所におりました。年越しパーティーの支度等ありまして」

「ふむ。それで、玄関に着いてからは何があったのですか?」

「奥様が怯えていらっしゃいました」

「そこで早苗さんと会ったわけですね」

「ええ、奥様は仮面をかぶった男を見たと仰っていました。不審人物は玄関から逃げて行ったというので、わたしはすぐさま玄関の鍵を内側から締めたのです」

「それでどうして、その場に早苗さんをおいて、重五郎さんのいるアトリエなんかにひとりで向かったのですかな?」

 根来は、その点が不審に思えたらしく、ジロリと稲山を睨みつけた。根来はさらに追及を続ける。

「不審人物もまだ付近にいるかもしれませんし、第一、早苗さんは怯えていたのでしょう? そこであなたがアトリエに向かってしまうなんて不自然ではないですか」

「そんな……。奥様の無事は確認しましたし、玄関の戸締まりはわたくしがしっかり行いました。それまで、不審人物は館内に何らかの目的をもって潜伏していたと思われますし、今日は雪の夜ですから、どうしても旦那様の安否を確認する必要があると思ったのです」

「つまり、その時点でアトリエで殺人が行われたことが想像できたわけですか……」

「そうなりますね……」

 根来の疑わしげな言い方がよほど嫌であったのか、稲山は眉をひそめて、いかにも気分が悪そうに斜め下に視線を逸らしていた。

「まあ、その点はいいでしょう、それで?」

「アトリエに向かう途中の廊下で、麗華お嬢様と鉢合わせまして、一緒に裏口からアトリエへ……」

「ふむ」

「裏口から出たところで、雪の上に一人分の大きな足跡が残っていて、それがアトリエの方へ向かっているのを発見しました」

「足跡が……、すぐに確認しましょう。それは犯人の足跡ですか?」

「間違いありません。旦那様は、雪が降り止むずっと以前に、離れのアトリエにこもりました。そして、誰にも踏み荒らされていない処女雪に囲まれたアトリエの中にひとりでいらっしゃったのを、わたしは確かにこの目で見ています。それが、わたくしたちがアトリエに向かった時には、雪の上には新しく、裏口からアトリエへと向かっている足跡が一人分増えておりました。ということは、これは旦那様を殺害した犯人の足跡に違いないと思ったのです」

「その通りですな。雪を踏まずに、あのアトリエに到達することは不可能でしょう。その足跡以外に足跡がなかったというのなら、まさにそれが、犯人がアトリエに侵入した時につけた足跡でしょうな」

「ええ。ところが、ひとつ分からないは……」

「分からない?」

「アトリエから出てきた足跡がどこにもなかったんです」

「えっ……?」

 根来はわけがわからなそうに首を傾げた。

「しかしね、アトリエの中には犯人はいなかったのでしょう? なんですか、犯人は消えてしまったとでも言うのですか……?」

 根来は半ば馬鹿にしたような口調だった。しかし、稲山が真剣な顔を変えずに、

「そうです。犯人は消えてしまったとしか思えないのです」

 と断言したので、根来はもう何と言い返してよいか分からなくなって、思わず口ごもったのであった。

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