14 稲山執事の想像

 執事稲山は、少しそわそわした様子で現れた。殺人事件の発生に気が滅入っているのか、椅子に座らせても、貧乏揺すりをしていた。その様子を根来刑事はじっと睨みつけて、

「お久しぶりですな。稲山さん」

「ああ、あなたはあの時の……」

「根来です」

「根来刑事。これから、事情聴取が始まるわけですが、その前に私の話を聞いてくれませんか?」

「どんな話ですか?」

「今回の殺人事件に関する話で」

「ほう、何かご存知ですか」

 根来は、身を乗り出した。

「予告状のことはもうお調べになりましたか?」

「予告状?」

 根来は、眉を吊り上げた。何のことか分からなかった。

「ええ、あれは二週間ほど前のことでしたが、この屋敷の正門付近に、謎の手紙が置いてありまして、わたしが見つけたのですが……」

「一体それはどんな内容だったんですか?」

 そう言って、思いきり身を乗り出す根来に、粉河が言う。

「まあまあ、稲山さんがまだ喋っている最中ですから」

「わあったよ。余計な口挟むな」

 稲山執事は、不機嫌そうに咳払いをすると、

「あれは殺人予告状だったと思います。しかも、雪の夜に犯行を行うと書いてありました」

「こりゃあ驚いたな。でも、どうしてそれを警察に報告しなかったのですか」

「旦那様が、嫌がったからです。また世間に余計なことを騒がれたくないからと。それに、このようなことは一年前の事件の後にも、何回かあったんです。それでも、重大な事件に至ったことはありませんでしたから……」

「甘いんですよ、考えが!」

 根来は無性に腹が立って怒鳴った。

「そ、そうですな。確かに警察にこのことを伝えておけばこの事件は起こらなかったかもしれません」

 稲山は無念そうに項垂れた。

「それで、その手紙は今どこにあるんです?」

「旦那様が持って行かれましたから、おそらく旦那様の部屋かと」

「すぐに行け」

 根来は、振り返って粉河に言った。粉河は、はいとうなづいて、足早に応接間を出て行った。

「そうですか。これは計画的な犯罪だったんですねぇ。で、その送り主に心当たりは?」

「送り主ですか、ああ……」

 稲山は何か思い当たったらしく、はっとした顔をしていたが、すぐに真顔に戻って、

「いえ、特には……」

「何か思い当たったような顔をしていましたが」

「いえ、そんなことは」

「隠すと身の為にならんですぞッ!」

 根来、得意の虎のような怒鳴り声をあげた。気の弱い人間なら一発で丸くなる技だった。

「い、いえ、その、村上隼人君のことを思い出したんです」

「村上……。確か、彼は一年前に琴音さんと付き合っていたという青年じゃないですか。彼がどうして、殺人予告状なんて書くっていうんです」

「それは、赤沼家の人々が、琴音さんと彼の関係をぶち壊したもんですから」

「ははあ、その後、琴音さんは亡くなられたんですよね。すると、彼はそのことで赤沼家の人々を恨んでいたということが考えられるわけですな」

「わたしの無責任な想像ですが……」

「ですが、筋は通ってますよ」

 根来は満足げに何度もうなずいた。村上隼人犯人説はなかなか良い説だぞ、と彼はすでに真相が見えてきたような気がしてきて、舞い上がった心地になった。

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