12 現場へ

 アトリエに転がったままの赤沼重五郎の惨殺死体を一目見て、根来刑事が真っ先に考えたことは、重五郎の喉笛を切り裂いた殺人犯は、いかなる動機をもって、このような残虐な所業に至ったのだろうか、ということであった。

 根来は日頃、殺人者に対して憤怒することも、同情を抱くこともあまりなく、深いことは考えずに淡々と仕事をこなす男であった。しかし、そんな男であっても、このような惨殺死体を目の当たりにした日には、人並みの正義感が湧き上がって、怒りに燃えるというものであった。

 なぜ人間に、このような残酷なことができるのか。それは人間の心に巣食う鬼の仕業なのか。人間は鬼なのか。根来はそんなことを思って、解消されない怒りと、やり場のない嫌悪感との鬱積に、ひどく気持ちが塞いだ。

「ひでぇことしゃあがる」

「根来さん、こりゃあ相当な恨みですよ」

「ああ、じゃなきゃここまでやらねぇよな」

「そうですね」

「内部犯か?」

「根来さんの推理だとそうなるんでしょう?」

「ああ、そうじゃなきゃ、一年前の自殺との関連が見えづらくなる」

「いつになく冴えてますね」

「お前、悪口言わねぇと気が済まねえ性分かよ」

 検死官は死体を見ながら、もごもご何か呟いていたが、根来の方に振り返ると、

「ああ、根来さん、これあれですよ、あれ」

「何だあれって、早く言え」

「解剖してみんとわかりませんが、胸を大型の刃物で切り裂かれた後、とどめの一発として喉を切り裂いたんですね」

「そういう順番なのか」

「致命傷となったのは、喉の方ですね」

「やっぱりひでぇことしゃあがるなあ!」

「死亡推定時刻も、今はまだはっきりと言えませんが、そうですねぇ、八時ごろですかね」

「八時か、そうか」

 ひとまず、八時前後のアリバイを調べる必要があるな、と根来はメモをとる。そして根来は考える。

(この屋敷に、容疑者は何人いるのだろう……。まず早苗夫人に長男の順一、次男の吟二、そして次女の麗華か。三男の蓮三はまだ帰ってきていないのだろうかな。順一と吟二の妻たちも、もちろんのこと容疑者だな。それに、使用人と料理人もいるな。そういえば、あの執事稲山もいるじゃないか。やつは確か今回の事件の第一発見者だったな。重五郎が信頼を寄せる数少ない人間のひとりだ。今回も何か知っているかもしれない。色々聞き出してみるか。それにしても、ずいぶん人数多いな。蓮三を除いても、容疑者は九人か……)

 根来は思わず深いため息をついた。この人数だと、事情聴取もずいぶんと手間がかかるだろうな、と思ったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る