3 食堂での会話
赤沼重五郎は、殺人予告状を受け取ってからというもの、食事も喉を通らないようであった。この殺人予告の存在を知っていたのは、犯人以外には重五郎と稲山執事の二人だけであったので、重五郎の不調は、赤沼家の人々に不可解に映っていたことだろう。
そんな奇妙な食事風景が続いた、ある晩の食堂でのこと。
「重五郎さん、どうなさったんですか? もっと召し上がった方がいいと思いますけど」
奥方の早苗夫人が、食欲のない重五郎を見かねて、馬鹿丁寧な口調でゆっくり訊ねてきたが、重五郎は少し具合が悪そうに、
「いや、ただの風邪だよ。お前が気にすることはない」
と不自然な笑顔を浮かべてみせた。
稲山執事は、この様子をみて、重五郎の体調を心配したが、奥方の手前、あの殺人予告状のことを口に出すわけにもいかないし、この場で、そんな直接的なことにふれるのもなんだか野暮な気がしたので、押し黙っていた。
すると、早苗夫人は窓の外の曇り空をみて、
「あら今夜は雪が降りそうね」
「………」
早苗夫人はなにかに気づいたらしく、
「ごめんなさい、変なことを言って」
と謝った。
「気にするな」
そう重五郎は言ったが、落ち着かない様子であった。そして、今も肉の焼ける音を立てている、美味そうなサーロインステーキを三分の二も残しまま、席から立ち上がった。
「部屋で休む。今日はもう何も食わん」
重五郎は、部屋を出るときに、稲山執事にそっと小声で、
「わたしは鍵をかけて部屋で寝るが、何かあったら内線を使うから、その時は急いで来てくれ」
と耳打ちした。
「わかりました。旦那様」
重五郎は、重い足取りで廊下の先に消えていった。
*
稲山執事は、今のシーンがどこか引っかかる気がした。けれども、どこが引っかかるのか、よく覚えていなかった。
そんなことよりも、と稲山は少し首をふった。怪人が、あの殺人予告状通りに事件を起こそうとしているのなら、今日などはまさに絶好の夜に違いない。
「あら雪だわ」
そんな声が響いた。その声を発したのは、次女の麗華だった。
稲山はどきりとして、窓の外を眺めた。
灰色の暗闇の中で、白銀の粉雪が風に吹かれて舞い踊っていた。
稲山の頭をあの一文がかすめた。
「雪の夜に気をつけろ」
殺人予告状の最後に書かれていた言葉である。
(まさか……)
稲山は、不安に襲われて、食堂を離れると、重五郎の寝ている部屋に急ぎ足で向かった。すでに重五郎は殺されているのではないか、と彼の脳裏を、悪夢のような妄想が覆い尽くしていた。
*
ところが、この日は、何故か誰も死ななかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます