1 稲山執事が手紙を見つける

 疑いを知らない無垢な眼差しが、わたしを見上げた。

「お城の地下室に眠っているのは誰なの?」

 そんな、あどけない問いかけにわたしは笑顔で答えた。

「あれはお人形だよ」


            *


 赤沼家の邸宅は、古めかしいヨーロッパの城郭のようだった。少しばかり小高い丘の上にあって、時に夕日に照らされて、朦朧もうろうと光り輝くその姿は格別に美しかった。だが、この邸宅のバルコニーの鉄柵から、令嬢の琴音ことねが首をくくって、骸をさらしたその日から、赤沼家には不穏な空気が立ちこめることとなった。

 琴音が首をくくった理由は、誰にもわからなかった。誰もが、彼女の運命は順風満帆だと思っていたのだから。琴音はその年、幸せな結婚をすることが決まっていた。誰もが羨む結婚であった。琴音の婚約者は、指折りの名家の御子息であった。

 赤沼家の令嬢の死をめぐって、さまざまな憶測が飛び交った。その結果、赤沼家の内部でさまざまな衝突が起こった。一族が長年繕ってきた気品も何もかもが、失われていくように思われた。


            *


 そんなある朝のこと。

 執事の稲山が、赤沼家の邸宅の門に現れた。特に理由らしい理由もなかった。稲山といったら、この頃、邸宅の裏山の散歩こそ、健康にもっとも良いものという確信を得るに至ったのである。

 稲山は、門から出た瞬間、妙な手紙が足下にあることに気がついた。

「なんじゃこれは……」

 稲山は、腰を気遣いながら、しゃがんで手紙を手にした。

「何が書いてあると言うのじゃ…….」

 独り言を言いながら、手紙をひっくり返すも、そこに差出人の名前はなかった。

 あきらかに怪しげな代物と感じながら、これを奥様やご主人様に見せるべきか迷った。むしろ、怪しげなものであれば、人目に触れず、自分で処理してしまった方がよいのではないか。

 稲山はそんなことを、小声で呪文のように唱えながら、もうすでに封を破いて、手紙を開き始めていた。

「おおっ……!」

 稲山は、手紙をひらいて、その内容を一目見て、思わず唸り声を上げた。

 なぜならば、そこに記されていたのものは……。

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