第四章
第81話 母のチャーハン
2011年2月1日
母が三度目の入院の日。午後までに病院へ行けばよかったので、朝はゆっくりできた。朝食を済ませた後、茶の間にいると長兄が二階から降りて来る。
母が「おはよう」と元気よく挨拶すると、長兄も「おはよう」と挨拶した。
「来てくれてありがとうね。早いけど、お誕生日おめでとう。ごめんね、また入院することになったから、お誕生会が出来なくなっちゃって・・・」
母が謝る。長兄の誕生日は明日の2月2日。週末には生協でお寿司を買い、コージーコーナーでケーキでも買って、母を囲んで長兄の誕生日会をする予定だった。
母はもちろん、僕らみんなが楽しみにしていた。それだけに、急な入院は母が残念がり、僕らも寂しい思いでいた。母親にとって息子の誕生日の前日に入院するというのは、とても悲しく寂しかったはず。せめて、長兄の誕生日(明日)までは家で過ごしたかっただろう。母の気持ちを考えると切なくなる。
「退院したら、また(誕生会)すればいいじゃん」
と、長兄が母を慰めてくれた。普段、そんな気の利いたことを言わない長兄の素直な優しい言葉が嬉しい。
「うん」
母もそれ以上は言葉に出さなかったが、とても嬉しそうな笑顔になった。
何気ない会話をしているうちにお昼の時間になる。
「じゃあ、お昼何か作ろう」
と、母が立ち上がる。嬉しい驚きだった。体が疲れやすくなっていた母は、退院後は食事の支度をほとんど父に任せていた。今日は久しぶりに母が自ら料理をしてくれる。子供の頃から当たり前のように母の手料理を食べて来たが、ここしばらくは食べられずにいた。母の料理が恋しかった。あらためて、母が作ってくれるありがたさに気づく。
「チャーハンでいい?」
「うん!」
僕はチャーハンが大好きだ。しかも、母の作るチャーハンは大好きだ。もう楽しみでワクワクが止まらない。
母は長兄にもお昼を聞く。
「昨夜のおかず、お惣菜(アジフライ)があるから、それでいいね?」
「良いよ」
――兄ちゃん、せっかくお母さんの手作りなんだから「俺もチャーハン食べたい」と言えばいいのに~!
母がフライパンに油を引いて、ミックスベジタブルを入れる。ご飯を入れ、塩コショウで味付け。家庭の普通のチャーハンの味と思うなかれ、母の絶妙な味付けは素晴らしい。長年の経験のなせる技か、味見もせずに勘で味付けして、どうしてこんなに美味しくなるのだろう。
母の味付けはどの料理も美味しい。おふくろの味ということもあるが、次兄が「お母さん、お店やれるよ」というほど本当に美味しい。しかも、今日は大好きなチャーハンが食べられる。子供の頃から、ご飯が余るとよくチャーハンを作ってくれた。ケチャップのオムライスも好きだが、シンプルな塩コショウのチャーハンが好きだ。
台所からチャーハンの良い香りが漂ってくる。わが家のチャーハン専用ボール皿と銀スプーンを用意してスタンバイOK。
母が台所に立って料理をする姿を見るのも久しぶり。それだけで嬉しい。疲れないか少し心配したが、大丈夫そうだ。
――というか、これだけ普通に食事の支度ができるなら、体調もすぐ安定して、またすぐ退院できるんじゃないか?
しかし、これは母が精一杯の力を振り絞って作ってくれていたのだと、後に分かることになる。
母のチャーハンが完成。
「いただきまーす!」
――美味しい!!
熱々のホクホクで美味しくいただく。僕は猫舌だが熱い料理を好む。久しぶりに食べる母のチャーハンの美味しいこと美味しいこと。一口食べたらもっと食欲がわいてガツガツ食べる。
「久しぶりだから、味が上手くついていないかも」
ちょっと不安げな母。
「美味しいよ!凄く美味しい!」
――ほんとに美味しい!最高だ!!
「良かった」
嬉しそうな笑顔の母。久々に母の手料理を食べられた。昔から変わらぬ美味しい母のチャーハン。心から、とても美味しい。ちなみに僕は早食いなので、すぐ完食。
――やっぱり、お母さんのチャーハンは美味しい!!
一生忘れられない母のチャーハン。
食後に僕が食器を洗うと拭くのは母。一緒に台所に立つ。こういう時間がとても嬉しい。もうすぐ出かける準備を始めないと。
まだ時間があったので、母の好きな歌「箱根八里」を歌う男性フォレスタの録画を見せた。以前に何回も再生して一緒に見た「箱根八里」。母は洋服に着替え、畳に座って靴下を履きながら嬉しそうに見て聴いていた。もう一曲、川村章仁さんが歌う「思い出のグリーングラス」を聴かせようとしたが、もう出かける時間になってしまった。
「ありがとう」
満足そうな笑顔の母。
厚い上着とマフラー、お気に入りの毛糸の帽子を被り、マスクをして、いつものように防寒対策は万全。長兄が車を回してくれる。玄関を出て、車まで母と手をつないでゆっくりと歩く。家族五人で車に乗り、病院へ向かう。寂しさを感じながらも、家族五人がそろっていることが嬉しく安心する。
病院へ着くと、母が疲れないように車椅子に乗せる。車椅子を押してゆっくりと進む。みんなで八階の病室へ。
病室に入ると荷物の置き場所、置き方はみんな手慣れたもの。母がパジャマに着替える時は廊下に出る。着替えが済むと看護師さんが入院と検査の説明をした。
夕方まで病院にいて、母に付き添い、励ました。
「じゃあ、お母さん、また明日ね。何か必要な物があれば、またメモしておいて。ゆっくり休んでね」
恒例のスキンシップ復活。
「お母さん、イエーイ!」
「イエーイ!」
母とピースで指を合わせ、親指グーで指を合わせる。
「お母さんにしつこいハグ~♪」
これまた恒例のハグに笑う母。
「じゃあ、帰るね」
そう言って、帰るふりをしてカーテンの反対側から顔を出す。
「いいからもう」
笑う母。母の笑顔が見られて嬉しい。
明日もこれからも母を支えて、とにかく一日も早く退院できるように、もう一度家族が一丸となって頑張ろう。またこれからも毎朝毎晩、母を励まそう。
――お母さん、また明日の朝に会おうね。
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