シンギュラリティ・シンドローム

真白(ましろ)

プロローグ

 西暦二○四七年——予想よりも二年遅れで人工知能はついに技術的特異点シンギュラリティを迎えた。

 予想されていた二○四五年には、チューリングテストなど言うに及ばず、フレーム問題や記号着地問題など、人間に追いつくための問題はとっくに解決していたが、人類を超える知性を作り出すことはできずにいた。多くの国や企業が躍起になって研究し、しかし到達することができなかった技術的特異点シンギュラリティ。その壁は二○四七年にによって破られる。


 新藤敦弘しんどうあつひろ。人類と人工知能を新たなステージへと導いた男の名前だ。


 新藤敦弘が開発した人工知能は、日本神話の知恵の神「八意思兼神ヤゴコロオモイカネノカミ」にちなんで「八意ヤゴコロ」と名付けられた。

 技術的特異点シンギュラリティ以前から政治、経済、外交など、あらゆるものが人工知能によって運営されていた。日常生活においても、携帯端末をはじめとして様々な製品に利用され、人間が行っていた仕事の一部も人工知能がこなしている。この頃にはすでに、人工知能は生活に必要不可欠なものになっており、人工知能が人類を支配するといった考えは前時代的と馬鹿にされていたのだ。だからこそ、八意ヤゴコロが発表されたとき、人々は人類を超える知性によってより完全な社会になると考えていた。


 だが訪れたのは戦争だった。


 人類を超える知性。それは手にすれば世界を支配することができる力だ。先進諸国はありとあらゆる手段を持って、その力を独占しようとした。

 保有国である日本は、世界への技術提供を行おうとしたが、開発者である新藤敦弘はこれを拒否する。人工知能は兵器開発にも利用されている。例え技術提供を行っても、新しい兵器が多くの犠牲を生むことになると。

 かくして日本の技術独占が許せなかった国々は武力行使に出た。

 なんのことはない。どれほどの人工知能を生み出そうと、人類は愚かなままだったのだ。


 そして二○四八年。わずか一年で世界の人口は激減した。多くの犠牲を払い、戦争は停戦を迎える。終戦ではない、停戦である。

 停戦後、日本は鎖国をする。八意ヤゴコロによる技術の進歩はもちろん、皮肉なことに人口が激減したことで、エネルギーや食料などの自給率は百パーセントを超え他国の資源に頼る必要がなくなったのだ。

 鎖国から約半世紀。日本は八意ヤゴコロによる人々の望んだ理想の社会が築かれていた。

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