第2話 一番の女

一番の女



私は偉い。何故なら、政治家の親戚の娘だからだ。

街を歩いていて、馬鹿な男と馬鹿な女は政治家の息子と娘では無い。

だから、私より偉く無い。

下等な頭の悪い男と女だ。

例え、今すれ違った男がイケメンでも、その隣を歩いているのがモデルのような女でも。

そいつらは、私より偉く無い。

私は政治家の親戚の娘だから、こいつら馬鹿と違って政治をしている。

政治家のおじさんが選挙活動の準備に本家の家に訪れる度に、私はおじさんとお客さんの座布団を人数分敷いている。

これが政治だ。私は政治家の親戚の娘だから、テレビでやっている政治をしている女なのだ。

客間でおじさんが同じ政治家のお客さんとしている話は、政治だ。

私はその政治の会話をお客さんの隣でお酌をしながら政治をしている。

難しい話で、国会に出ているどこの政治家はどんな贅沢な生活をしているか。

私は「すごーい」と作り笑いを見せて、国を動かす政治をしている。

何故なら、私は政治家の親戚の娘だから、政治が出来て当たり前なのだ。

私は偉い。

こいつらは偉く無い。

「まーた、始まったよ。政治だってさー。座布団敷くのが政治なんだってー。成人式でもこの女、まだ言っているよー。酒残っているー? 席移      

 させてー。こんなのと一緒に飲みたく無いー。あ! 君、可愛いね! 大学はどこ! ファッション雑誌に載った事あるんだ! モデル見た 

 いー え、違う、女優みたい? あ、ああ、そうだね、君女優みたいに綺麗だねー」

成人式の帰りに入った居酒屋で、私の周りに男は寄ってこなかった。

私は偉いのに男も女も誰も私の隣に座らなかった。

悔しかった。

私は偉いのに、この馬鹿な男供と女供は私の偉さに敬意を払わず、酒を好きなだけ飲んで馬鹿騒ぎをしている。

こんな所で好き放題に酒を飲めるのは、政治家のおじさんが政治をしているからだ。

私はおじさんの親戚の娘だから、政治家と同じく、いや、それ以上に敬意と尊敬の眼差しで見られるべきなのだ。

「何、あのブス? 政治家の親戚なんだって。 え? それが、何? それだけ、それだけ。 えー、何それー」

私は偉い女だ。偉いのだ。何故、私を褒め称えない。

政治をしているのだ。今、この国が戦争をしていないのは、おじさんが政治をしているからだ。

だから、私は偉い。お前達が酒を飲めるのも、私が政治をしているおかげだからだ。

何で、誰も私に偉いと言わない。


「ーーーその願い、叶えて差し上げましょうか」


私の目の前に、青いドレスを着こなしているブロンドヘアーの少女が座っていた。

流れるブロンドの髪が眩しかった。

見た事も無い澄んだ青が映える特上のドレスが、育ちの違いを見せつけていた。


「あなたは・・・」


「わたくし、サーシャと申します。以後、お見知り置きを。

 それで、あなたの願い、叶えて差し上げますわよ」


「私の、願い・・・」


「偉いって言われたいんでしょう。

 あなたを、この青い星で一番の偉い女にして差し上げますわ」


ざわざわとどよめきが聞こえる。

この少女の存在に聞こえる騒めきではなかった。

居酒屋で私と青いドレスの少女の空間だけ切り抜いた見たいに、誰も私たちを見ていなかった。


「あ・・・私は・・一番偉くなりたい」


脳が考えるという事を思考しなかった。

当たり前のことを当たり前に言うのと同じだった。

少女が言った、願いを叶える。

私は・・・一番偉い女になりたいと、言った。


「よろしいですわ。では、あなたは、今から一番偉い女です

 そのおつもりで、今後ともこの青い星を導いてくださる事、お願い申し上げますわ

 クスクス。決して、わたくしを退屈させない事、あなたの願いはとても愉快ですから」


青いドレスの少女は、次の瞬間、私の目の前から姿を消した。

私は呆気に取られていた。

最初に疑ったのは、何かのイタズラだった。

何もかも現実離れしていたからだ。

この騒がしい居酒屋で、誰にも見られずに私の目の前に座って話をする。

ブロンドの髪と、あの上品な青のドレスで。

辺りを見渡しても、少女の姿は見えない。

酒に酔いすぎたのだろうか。

ただの悔しさから生まれた幻だったのだろうか。


「時間だってよー えー、もう飲み会終わりー 二次会だよ、二次会 俺たちは、もう大人なんだから

 私行くー 俺もー 勘定早く済ませろよー」


馬鹿供が席を立っていく。二次会と騒いでいる。誰も私に見向きもしなかった。

私も明日は予備校があった。

大学には二年続けて落ちていた。

私は政治家の親戚の娘だから、四大の政治経済学部に入らなければならなかった。

馬鹿でも入れる三流大学へ行くのは、私には許されない。

何故なら、私は偉いのだから。


「あ! スマホに何か入った! え! なになに! 緊急放送だって え? 戦争? 

 アメリカが何か流している ここ日本だよ アメリカだよアメリカ」


私も急いでスマホを見た。

画面から見えるのはニュースで見たことがある、調印式みたいな動画だった。


「この度、我々アメリカ合衆国は民主制度を廃止し、新たに王制による新たな国家へと生まれ変わります」

「記念すべき、最初の女王は日本人の・・・・・・・・」


居酒屋が静かになった。スマホから流れる動画は私の名を呼んでいた。


「この方は叔父が日本の政治家で、我がアメリカ国が王制へと移る際に多大な援助をして下さった偉大な政治家です。

 彼立っての希望で、我々アメリカ国は初代女王を・・・・・・・・に任命します。

 新たな歴史の誕生です。皆さん女王の名を唱えましょう」


動画が切り替わり、次に私が映った。

赤ちゃんの私。幼稚園児の私。小学生の私。中学生の私。高校生の私。浪人生の私。

次から次へとスマホに私が登場していた。


「え? あいつ? 女王様ってなに? アメリカが王制になった? なんで、急に アメリカはこれからどうするの?

 日本は? 総理は何って言ってるの? 」


私は事態を半分飲み込み、半分は聞き取れなかった。

だけど、私は偉い。

それがわかった。


「女王陛下。お迎えに上がりました」


気づけば、目の前に黒いスーツの男たちが私の前に立っていた。


「どうぞ、こちらへ」


馬鹿供が私を見ていた。

女王の私へ、口をぽっかり開けて馬鹿面を晒していた。


「お前ら! 道を開けろ! 女王陛下のお通りだぞ!」


ドスの効いた怒鳴り声が、馬鹿供を震え上がらせた。

私を無視した男たちが、縮み上がっていた。

女供は事態がわからないようで、慌てふためいているだけだった。


「え! 何! 女王? なにそれ? ねー何なの? 何で、あいつが女王? おかしくない?」


嫉妬の声が心地よかった。

私は偉いのだから、こう言う声を向けられるべきだ。

これが、正しいことなのだ。


「陛下。お車へどうぞ」


乗った車は黒塗りのSランクベンツだった。

とても、気分が良かった。

私はもう、女王さまなのだ。


「陛下。お初にお目に掛かります。

 私はこの国の内閣総理大臣でございます」


次に会った男は、テレビで見たことのある政治家だった。

日本で一番偉い男だが、私はアメリカ国の女王さまだ。

私が、世界で一番偉いのだ。


「アメリカ国、女王陛下です。

 日本とはこれからも良い付き合いを続けて行きたいと考えています」


内閣総理大臣が私に何度も頭を下げた。

日本国が、この私に。

とても、気分が良かった。

私が一番偉いのだ。


次に向かったのは、アメリカ国だった。

ワシントンには真っ白な王宮が立っていた。

王宮の門前には政治家のおじさんがいた。

隣には、元合衆国大統領が花束を抱えて立っていた。


「女王陛下。ご機嫌麗しく思います。

 こちらは陛下に捧げる花束でございます。

 どうか、このアメリカ国を世界一の大国へと導いて下さい」


言葉は英語では無く、日本語だった。


「とても上手な日本語ね。あなたにはこれから日本と私の国の橋渡しをお願いするわ」


元合衆国大統領は感極極まったかの様に震えていた。


「あら、おじさまなのにとても可愛いのね」


「女王陛下。勿体なきお言葉。

 私はこの奇跡を必ず後世へと伝えて参ります」


とても、気分が良かった。

この現実は、夢ではない。

私は女王さまなのだ。

私が一番偉いのだ。


「陛下。お部屋へご案内します」


通された部屋は、私の知らない世界だった。

照明。壁面の作り。天蓋付きのベッド。設え品。絨毯。スツール。絵画。カーテン。

何もかも、少し前の私では決して目に入れる事の出来ない高級品。

その高級品の全てが、今は全て私の物になった。


「こちらが、陛下のお部屋になります。

 何かおいででしたら、執事に何なりとお申し付け下さい」


黒い執事服に包まれた男たちは、皆顔が良かった。

日本人は一人もいない。全員がアメリカ人だ。

顔の彫り。育ちの良さそうな顔。体型の違い。

全て、私の物だ。


「長旅、お疲れでしょう。

 本日はお休み下さい。

 後日、私から公務の説明をさせて頂きます」


日本では決して手に入らないベッドに倒れこんだ。

私は全てを手に入れた。

男も城も女王の椅子も。

私が一番偉いのだ。


翌日から私の女王としての執務が始まった。

私は先ず人を選んだ。

顔の良い男。顔の綺麗な女。

顔の良い男は私の周りに置き、顔の綺麗な女は遠ざけた。

女王としての仕事は全て男にやらせた。

男たちは、私が何も言わなくても「女王陛下の為に」その誓いを掲げて、私の仕事を取り仕切ってくれた。

これが、政治だ。

私が一番偉いのだ。

執務が終わると、私は男を部屋に呼んだ。

少年のあどけなさが顔に残る執事。

彫りの深い執事。

男選びは選り取り見取りだった。

部屋に呼んだ男たちは、私の言う事を何でも聞いた。

とても可愛らしく、征服心が満たされていた。

そうして、一ヶ月が過ぎた頃、事件は起きた。


「女王陛下。ロシアが我が国へ宣戦布告をしました!」


心臓が飛び出るかと思った。

戦争。

その二文字が私を縛った。

核ミサイル。鉄砲。兵隊。

私のお城が奪われる。

その時、私は冷静な判断が出来なかった。


「核ミサイルをロシアに打ちなさい! 今すぐ!! やりなさい!!!」


「陛下! いけません! 核を使うなどと!!」


「何言っているの! 戦争でしょ! 核ミサイルを打ちなさい!! 早く!!!」


「陛下! 落ち着いて下さい! 先ずは交渉のテーブルに立つべきです! 先制攻撃に核を使うなど! 指導者が最も行ってはなら無いもので 

す!


「この馬鹿を捕まえなさい! 誰か! こいつを捕まえて!!」


「陛下! 何を! おやめ下さい、この様な事! 私が今まで陛下に捧げてきた行いを、何故否定するのですか! 離せ! 貴様たち! 私に 

触るな!」


「この馬鹿を刑務所に入れなさい! 死刑よ! こいつは死刑! もう決めた!!」


私の城が荒らされていた。

戦争に。敵国に。私が一番偉いのに、歯向かう奴がいた。


「核ミサイルを敵国に打ちなさい!!」


王宮内の男は皆、顔を見合わせていた。

してはいけない事。

だが、女王陛下はやれと言う。

どうすれば良いのか? 

意見をしたら、先ほどの大臣と同じ扱いを受けてしまう。


「打ちなさい! 早く!!」


「陛下。決断をしたのはあなたです。

 その責を、どうかお忘れなく。

 敵国に核兵器の使用を許可する。

 陛下の命令だ。打て!」


その日。ロシア連邦という国家は滅びた。

私はカメラを呼び、我が国に歯向かう愚か者には核の制裁をというスピーチをした。

これで、私を脅かす存在は消え失せた。

豪勢な食事を食べ、男を選び、天蓋のベッドで眠りに着く。

その筈だった。


その晩、私のお城が爆破された。


爆発の音を私は初めて聞いた。

私の知っている暴力というモノが、どれだけ小さなものだったか。

爆破されたのはバルコニーで、絨毯、階段、シャンデリア、絵画、壁、調度品。

部屋というものが、原型を僅かに残した程度で破壊されていた。

私の自慢のお城が、鼻を付く火薬の匂いに犯され、バルコニーが破壊され、私の小さな常識を徹底的に壊した。


「誰なの! 私のお城にこんな事をしたのは誰!!」


「陛下! お下がりください! 危険です!」


「捕まえてきなさい! 犯人は処刑よ! 処刑!!」


「陛下。これはテロリズムです。陛下の核攻撃という決断によって、引き起こされた出来事です」


「だから何なの! 捕まえなさい!! お前が捕まえてきなさい!!」


「へ、陛下・・・・・」


その日から、私が安眠出来る日は訪れなかった。

バルコニーの惨状を見て以来、いつ、私の部屋が爆破されるか、気が気でなかった。

翌朝には爆破を行なったテロリスト達が連行されてきたが、司法の場に引き渡さず、男達に鉄砲を持たせて、その場で処刑した。

核攻撃をした国と批判を世界中から浴び、アメリカ国の立場は揺らいだ。

大衆は私のお城の前でデモを繰り返し行なった。

だから、私は私に歯向かった馬鹿どもを次から次へと処刑した。

私が世界で一番偉いから、処刑していいのだ。

だと言うのに、私に歯向かう馬鹿は次から次へと湧いてきた。


「料理が不味い。この料理を作ったのは誰? 女王が話を聞きたいから、今すぐ連れてきなさい」


「陛下。お口に合いませんか。

 そのスープは私が料理したものです」


「何で大臣が女王に料理を出すのかしら。

 シェフに作らせなさい」


「陛下は現在の王宮で働く者がどれだけいるかご存知でしょうか。

 王宮には現在シェフはおりません。皆、辞めて行きました」


「どう言う事なの!」


「陛下。お別れの時です。

 只今を持って私は大臣の職を辞退させて頂きます。

 良き王である事を祈っております」


「何言っているの! 待ちなさい! 待てって言っているでしょう!!

 誰かー! この馬鹿を捕まえて! 誰かー!!」


私のお城は崩れていった。

ゆっくりではなく、速いスピードで。

お気に入りの男達の数は減り、城の前では毎日暴動が発生している。

私は世界で一番偉いのに、誰も私の言う事を聞かなかった。


戦争も何度もやった。

私の国に宣戦布告をした国には核ミサイルを打った。

そうして、人の数は急速に減っていた。

私は、今、日本という国があるのか無いのかも知らない。

国家は現在、アメリカ国しか無いらしい。


私が女王さまになってから一年が経った。

その日、お城には私以外の人が見当たらなかった。

お腹が空いても、誰も私に美味しい料理を出してくれなかった。


「誰かー! 誰かー! 誰かーいないのー!」


声が返って来なかった。お城に反響した声が響き、もしかしたら、世界には私一人しか生きている人間がいないという恐怖に駆られた。


「誰かー! 誰かー! 助けてー!」


私はお城を歩き回った。

爆破されたバルコニー。金品の強奪にあった倉庫。燃やされた執務室。誰も使っていないベッド。汚い厨房。

人を求めて、私はお城を彷徨った。


「誰かー! 誰かー! いないのー!」


初めて、お城の外に出た。

女王になってから、初めての外の景色だった。

店は破壊され。ビルは窓という窓のガラスが割れ、悪臭を放つ人の死体が所構わず放置されていた。


「助けてー! 誰かー! 助けてー! 私は女王さまなのよー!」


お腹が空いて空いて、目眩がしていた。

食べ物はどこにも見つからなかった。

あるのは廃墟と化した街と、人の死体。

なぜ、こんな惨めな思いをしているのだろう。

私は世界で一番偉いのに。

崇められているアメリカ国の女王さまなのに。

なぜお腹が空きながら、食料を探しているのだろう。


「誰かー! 料理を出しなさいー!」


声が返って来ない。

人間が生きている気配が感じられない。


「お腹ー 空いたー」


私は膝をついた。

お腹が減って、これ以上歩けなかった。


「お腹、空いたよー」


人間を見なかった。

蛆の湧いている死体しか見当たらなかった。

一人二人では無く、ワシントンの総人口をひと塊りにした死体達が転がっている。

女王さまに歯向かうからよ。

私は世界で一番偉いのに、何で誰も私の言う事を聞かないの。

私の言う事を聞けば、こんな事にならなかったのに、何でわからないのよ。

手足に力が入らなくなってきた。

私は死んでしまうと思った。

死が脳裏によぎると、全身が死にたく無いと奮い立つが、私は歩けなかった。

お腹が空いて、喉が渇いて。

「助けてー! 誰かー! 助けてー!」

最後の力を振り絞り、私は一生懸命声を出した。

この青い星に人類はもう最後の一人しかいないと言うのに。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る