正義の斜道

銀ノ風

第1話「正義の始動」

1-1

 青白い太陽が赤い空に輝く、何処かの世界。

 荒れ果てた廃墟の中で、一つの命が消えつつあった。

「……ここまでか。すまない、どうやら俺は、ここまでのようだ」

 地に横たわる男が、無念の言葉を必死に絞り出す。堅くしなやかな黒い身体は全身傷だらけで、双眸の赤い輝きは今にも消えそうに明滅している。

「ごめんなさい…わたしが、もっと力になれたら…」

 男の傍らで両膝をつく青い髪の少女が、両目に涙を浮かべながら自分の非力を悔やむ。

 そんな悲痛に歪んだ少女の柔らかな頬を、男の硬い指先が撫でる。

 自分と違い形を変えぬ男の顔に、溢れんばかりの慈愛を感じ、少女はさらに涙をあふれさせた。

「そう泣かないでくれ、ルルイ。お前だけでも逃がすことができて、俺は満足だ」

「でも、ザルザ……わたし、これから一人で、どうすれば」

 ザルザと呼ばれた男は、ルルイと呼んだ少女の手を握り、己の胸へと導く。

「…俺のミタマを持っていけ。お前と、お前に手を貸してくれる、誰かの力になるはずだ」

「でも……でも!そんなことしたら、あなた………」

 長い髪を揺らしながら首を横に振り、ルルイがザルザの言葉を拒む。それを受け入れることは、彼の死を本当に受け入れることに他ならないからだ。

 しかし、ザルザの手はルルイの手を離さない。上半身を起こし、目と目を合わせる。

「行くんだ!……じきに追っても来る。そうなれば、二度とチャンスは来ないかもしれない」

 彼はそう言うと、ルルイの服の装飾品である小さな鏡の一つを引きちぎり、彼女の後方へと投げた。

「………ザルザ」

 これ以上我儘を続ければ、ザルザの命が無駄になってしまう。決意を固めたルルイは涙をぬぐい、彼の胸にあてられた手に精神を集中させる。

「そうだ、それでいい」

 ザルザの胸が、眩い光を放つ。光は徐々に小さくなり、輝く珠となってルルイの手に収まった。

「俺のミタマの片割れだ。きっと、善い心の持ち主に巡り合わせてくれる」

 ザルザは最後の力を振り絞り立ち上がると、一歩、二歩と後ずさり、ルルイから離れていく。

 彼に続いて立ち上がったルルイは、両の頬を叩き無理矢理に笑顔を作る。せめて、彼が目にする最後のものが、綺麗な自分であるように。

「今まで、ありがとう。わたし、絶対に忘れないから」

「ああ、俺の方、こそ………あり、が………とう……………」

 ザルザの双眸の輝きが、完全に消える。

 二度と光を灯さぬ瞳と、地に投げられた鏡に、ルルイの姿が挟まれたその時───

 彼女の姿は、世界から忽然と掻き消えた。

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