第103話 悪辣なる者達

 町の裏通りを猫が歩く。

 猫は人間には入れない細い道を通り、窓の近くに座る。

 そしてそこから聞こえる話し声に耳を澄ませた。


「ライズ・テイマーへの妨害工作は上手くいっているのか?」


 年を経た男の低い声が聞こえる。


「それが、最初は上手くいっていたんですが、騎士団の邪魔で次々に詐欺師達が捕まっちまいまして。唆そうにも皆二の足を踏んじまうようになっちやいました」


「馬鹿野郎がっ!!」


「ひぃっ!!」


 男の一喝で弁解していた若い声の男が縮み上がる。


「失敗の言い訳してんじゃねぇ! これはあの方からの命令なんだ! ライズ・テイマーの邪魔が上手く行かなけりゃ、お前の首を差し出して詫びる事に成るんだぞ!」


「そ、そんな!?」


「分かったらさっさと次の手を考えろ!」


「は、はいぃぃっ!!」


 情けない悲鳴と共にドアが乱暴に閉められる。

 残ったのは年を経た男のみ。


「もしこんなヘマがバレたら、あのバカの首どころか」


「貴方の首が飛びますねぇ」


「っ!?」


 自分以外誰も居ない筈の部屋に、場違いな程若い声が響き男は動揺する。


「だ、誰だ!?」


「ここですよぉ」


 声の主は、男の傍にあった棚奥から姿を現した。

 声の主はフードで顔を隠し声も男か女か判断に困る子供の様に幼い声だった。


「い、いつの間に!? い、いや何時から!?」


 男が動揺するのも無理はない。

 男が今居る場所から死角になる位置に隠れていたとはいえ、男が部屋に入って来た時、そこには誰も居なかったからだ。

 男の部屋は侵入者対策に隠れる場所がないようになっている。

 ソレゆえ入ってきた男がこの人物の存在に気付かない筈がなかった。


(それにあのバカから見えなかった筈もねぇ)


 先ほど逃げるように出て行った男の部下の位置からなら、このフードの人物の隠れていた場所は丸見えだ。

 やはり気付かない筈がなかった。


「どうもぉー。アタシはシャルド。あのお方のお使いです」


「っ!」


(やばい! 失敗がバレた!)


 男は冷や汗と共に隠したナイフに触れようとする。


「おっと、怖い顔をしないでくださいよぅ。あの方は既に貴方が失敗した事を御存知なんですからぁ」


「なっ!?」


 男の背筋がゾクリと冷える。

 失敗を知られたという事は、自分には後がないという事だからだ。

 最悪、ここで始末されてしまうかもしれない。


「ああ、落ち着いてくださいな。なにも今すぐ取って喰らおうって訳じゃあありませんよ」


シャルドと名乗った人物は男にゆっくりと近づいてゆく。


「あの方は貴方が成功すればお許しになってくださいますよ。成功さえすればね」


 ソレは言外に次で最後だと宣言しているに等しかった。


「か、必ずやライズ・テイマーへの妨害を成功させてみせます」

 

「ええ、ええ。期待していますよぉ」


 ヘラヘラとシャルドが笑い、突如視線を窓に向けて何かを放った。

 次の瞬間、窓は粉々に破壊され、外が丸見えになる。


「……なんだ、ただの猫ですか」


 シャルドは驚いて逃げてゆく猫を見る。

 しかし彼の眼を持ってしてもそれはただの猫であった。


「あ……ああ……」


 突然窓を破壊したシャルドの姿に驚く男。


「おっとこれは失礼しました。誰かが覗いているような気がしましてねぇ。いやいや、ただの猫だったとはこれまた恥ずかしい」


 シャルドは道化のようにおどけると、そのままピョンと穴の空いた窓に飛び乗る。


「そんじゃアタシはこれで失礼いたしますので、頑張ってくださいねぇ」


 そういってシャルドは窓から姿を消し、部屋には男だけが取り残された。


 ◆


「なるほど、ライズ・テイマーへの妨害は結局失敗か」


 先ほどまでの男の部屋とは比べ物にならないほど豪華な部屋に、シャルドの姿はあった。

 彼は豪華な拵えの机に座り、気だるげに肘を突いた男に報告を続ける。


「はい、ライズ・テイマーは工作員の妨害を容易にかわし続けております。テンド王国の騎士団が協力している事も問題ですねぇ」


男は失敗の報告を怒るでもなく、淡々と報告を聞いていた。

 時折、ペットと思わしき膝に乗せた毛並みの美しい猫を撫でている。


「騎士団の懐柔はどうなっている?」


「駄目ですねぇ。何故かテンド王国の騎士団長はこちらからの懐柔工作に乗らず、ライズ・テイマーを強く保護しておりますので」


「報告では騎士団長はライズ・テイマーを嫌っているという話であったが?」


「おそらくはフリでしょう。わざわざ騎士団から追い出したのも、ライズ・テイマーをしがらみのない自由な立場にするのが目的かと」


「成程、かの者程の魔物使いなら組織の枠組みなど逆に行動を阻害するものでしかないであろうからな」


 全くの誤解なのだが、ライズを嫌っている筈のフリーダ団長の不可解な行動は、彼が裏でライズと繋がっているのだと勘繰らせるに十分な意味を持っていた。

 本当はライズに脅されているだけなのだが、それを知らないシャルド達には予測のしようがなかった。


「ライズ・テイマーがテンド王国に愛想を尽かせるのも無理そうですねぇ。次は彼の評判を落として孤立させてみますか?」


「無駄であろう。ドラゴン馬車の利益は莫大だ。我が国の貴族達もドラゴン馬車の恩恵に預かる者は多い」


(貴方もねぇ)


 シャルドは心の中で侮蔑の笑みを浮かべる。


(敵の商売の恩恵を受けて儲かっておきながら、それでも自分の利益の為に相手を殺そうとするんだから貴族ってやつぁエゲつないモンですよぅ。まぁアタシは、思うさま殺しをやらせてもらえればそれでいいんですけどねぇ)


 シャルドはこの男の子飼いの殺し屋だった。

 幼いころから様々な殺しのテクニックや潜入のテクニックを学び、言われるままに殺してきた。

 人を殺す為だけの使い捨ての人形。

 しかしシャルドはそんな境遇を不幸だとは思わなかった。

 何故なら彼は殺しを心から楽しんでいたからだ。

 だから、様々な殺しの依頼をしてくれるこの主の言う通りに行動し続けてきた。


(まぁ、個人的にはさっさと殺せと命じてほしいんですけどねぇ)


 最強の魔物を従える人間を、あっさりと殺したらどれだけ面白いだろうか?

 自分の飼い主が殺された事を知った魔物達が、悲しみあまり狂乱し周囲の人間達に襲い掛かったらすごく面白いだろう。

 なんならその騒動にまじって自分も人間を殺して回ろうか?

 なに、罪なら魔物達がかぶってくれる。


(ああ、それも面白そうですねぇ)


 しかしシャルドはギリギリで踏みとどまる。

 自分は殺しを好んでいると理解しているが、無差別な殺人は美しくないと考えていたからだ。彼は快楽殺人者であり、殺しをアートと考える芸術家だった。

 そんな彼は、殺しを行う際、自分に縛りをつける事を義務付けていた。

 遊びとは、ルールがあるからこそ楽しいのだと。


 彼のルールは主の命令に従う事だ。

 貴族の利益が絡んだ無茶で困難な命令、そんな厄介な命令を完遂する事を彼は心から楽しんでいた。

 死を恐れていないのではない。死なないという絶対の自信があったからだ。


「次に工作員が失敗したら、ライズ・テイマーに近しい人間を人質にとれ」


「おやおや、人質などとったら彼の恨みを買いませんか?」


「どれだけ恨まれようとも人質がいれば抵抗は出来ん。穏便にテンド王国から引きはがせないのなら手段にこだわる必要もあるまい」


「誘拐の際に目撃者が出たら?」


「処分して死体は隠せ」


「喜んで!」


 久しぶりの殺人許可にシャルドは心からの笑みで返事をする。


「任せたぞ」


 男が会話を切る。

 報告が終わったと判断したシャルドは一礼して部屋を出る。

 その際に男の飼い猫が足元を横切って共に部屋を出たが、ただの猫などに彼は気を取られたりしない。


(さて、誰を人質に取りましょうか? 町の子供? それともあの女騎士? はたまたライズ・テイマーの故郷を見つけ出して家族を人質に取りましょうか?)


 ウキウキと今後のお誘拐計画を練るシャルド。


(そのついでに目撃者が現れると良いですねぇ。任務遂行の邪魔者は始末しないといけませんからねぇ)


「決めましたよぉ。ライズ・テイマーの肉親を狙いましょう!」


 そう言うと、シャルドは男の屋敷を後にした。

 だが、二度とシャルドが主である男に出会う事はなかった。

 彼の主は、ある朝屋敷ごとこの世界から消え去ってしまったからだ。

 ある日の夜、突然男の屋敷は業火によって燃え尽きた。

噂ではその夜に大きな羽ばたきを聞いたという噂もあった。

原因は不明、犯人も不明。屋敷の人間の消息も不明。

 

 否、一人いや一匹だけ消息が割れている者が居た。

 男が膝にのせて愛でていた猫だけが、屋敷から離れた裏路地に居た。

 猫はかつての飼い主の事など忘れたと言わんばかりに、近所の人間達から餌を与えられていた。


「お前はホントに綺麗な毛並みねぇ。どこかの飼い猫なのかい?」


 餌をくれる女性の質問に、猫は何の事? と言わんばかりの無垢な眼差しを向けるだけであった。


 そして、ライズの故郷を探しに向かった凄腕暗殺者シャルドもまた、消息を絶ったのであった。


 ◆


「最近詐欺師が出なくなりましたねぇ」


 ふと面倒事が減った事をラミアが口にする。


「ああ、そうだな」


「やっぱり騎士団の協力を得て一斉検挙したのが功を奏したんですね。ライズ様相手の詐欺なんて割に合わないって気づいたんでしょうか?」


「かもしれないな」


ソファーにもたれ掛りながら、ライズが気だるげに答える。

 そして、彼の膝の上で背中を撫でられていたケットシーが、ポツリと呟いた。


「悪党ってほんとに猫が好きだニャア」


「ケットシー? 何か言いましたか?」


「なーんでもないニャア」


 ライズに顎を撫でられ、ゴロゴロと喉を鳴らすケットシーの音だけが穏やかな午後の部屋に響くのだった。

 

 ◆


「ひー! また失敗したー! こ、今度こそ殺されるー‼」


 その頃、とある裏社会の顔は、失敗を罰しに来るであろう刺客を恐れ遥か遠くの地へと逃げ出すのであった。

 その刺客が永遠に来ない事など知らずに。

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