第102話 増える詐欺師

ドラゴンが空を飛ぶ。

 既にデクスシの町の人間達からは見慣れた光景である。


「ドラゴンが人間の見る光景の一部になる日がくるなんてなぁ」


 そんな感想を漏らしたのは、誰を隠そうドラゴンの主ライズ本人であった。

 ライズは視線を動かし町の中を見る。


「そして人間と魔物が共存する町」


「ドラゴンによって我が領土の建造物が破壊された! 弁償してもらおうか!」


「そして群がって来るバカ共」


 ライズは頭を抱えた。


 ◆


「荷下ろしの際にドラゴンが動いたので荷物が壊れた! 弁償してもらおうか!」


「ドラゴンが吠えた所為で子供が転んだ! 治療費を払え!」


「ドラゴンが飛ぶせいでウチの家畜達が怯えて味が落ちた! 責任を取ってもらおう!」


 現在ライズの下には、多種多様なトラブルが舞い込んでいた。

 ドラゴンが降りた町や上空を通過した町の人間達から様々な苦情が押し寄せて来たのだ。

 しかし大半は金目当ての騙りであり、のこりの大半は商売敵の嫌がらせであった。


 ◆


「くくく、これで大量の慰謝料をふんだくれるぜ」


 とある宿の一室で男達は下卑た笑みを浮かべていた。


「ああ、ドラゴンの所為といえば相手は客商売、評判が下がるのを恐れて金を支払うしかないだろうからな」


「へぇ、そりゃあ名案だねぇ」


 クククと笑う詐欺師達の真上から愉快そうな声がする。


「だ、誰だ!?」


 驚いて立ち上がろうとした詐欺師達だったが、体がぴくりとも動かない事に困惑する。


「タダの蜘蛛さ」


 天井から降りてきたのは下半身が蜘蛛の美女、アラクネだった。


「アンタ等みたいなのは良く来るからね。ささっと捕まえさせて貰うよ」


 これらの詐欺に対しては、ブラックドッグやアラクネ達の諜報活動によって企みの会話をしている現場に踏み込まれて捕らえられていた。


 ◆


 静かな農村で畑仕事をしていた老人がばっさばっさという大きな羽ばたきの音に空を見上げる。


「なんだぁ? 畑の種を狙って鳥が来たかぁ?」


 その割には音が大きいなと思って老人が空をみると、そこには真っ白なパンツの姿があった。


「すみませーん、この村にクロードって人は住んでますかー?」


「パ、パンツが喋ったぁぁぁぁ!?」


 もちろん鳥がパンツを履くわけがないしパンツは喋らない。

 彼女はハーピー。ライズの使い魔である彼女は、詐欺師達が暮らしていると宣言した町や村を調べに来たのだ。


 街中での会話に気を付けていた者達も、空を飛べる魔物達によって迅速に調査された結果、そんな人物は住んでいないと分かったり、そもそもドラゴンが上空を通貨した事のない場所と判明した。


 稀に調査でも粗が見つからない場合は騎士団であるレティが直々に現れ、カマかけをしたり、わざと金を与えて追跡し、ボロを出すのを待った。

 特に後者は成功した後の気の緩みでうっかり口に出してしまう者が非常に多かった。

 複数犯なら猶更である。


「いやしかし本当に増えたなぁ」


 商売は名が売れて来た時ほど妨害が激しくなる。

 一番問題なのが既存業界との軋轢だが、意外にもそれは最小限のトラブルで解決していた。

 というのも、既存の利権団体である乗合馬車組合とでは、乗車賃に明らかな差があったからだ。

 乗合馬車は庶民でも乗れる値段だが、ドラゴン馬車は明らかに高価。

 普通の人間では乗る事も出来ない。


 結果、ドラゴン馬車目当てに来た客があまりの高さに諦め、普通の馬車に乗って移動する事で間接的に乗合馬車にも利益をもたらす事となったのだ。

 そうした裏事情から乗合馬車組合は表向きは渋い顔をしている振りをしつつ、裏ではライズ達の参入を諸手を挙げて歓迎していた。

 人間自分に利益があると分かれば手のひらなど何回転でもするのだ。


「ライズは良いわよ。調査とか魔物達に任せれば良いんだから」


 と、そこでぐったりとしながら声を上げたのは事務所のプライベートエリアのソファーで横になっていたレティであった。


「私と衛兵隊の皆はここの所出ずっぱりよ。犯人がボロを出すのを隠れてまって、捕まえて事情聴取して、騎士団に現地の調査を頼んで。やる事で一杯よ」


 本人が言う通り、この件で一番忙しくなったのはレティであった。

 ライズの護衛としてこの町に赴任してきた彼女は、ライズ周りのトラブルの全てを取り仕切る義務があったからだ。

 その為、本来なら衛兵達の仕事にまでレティが出張る事となっていた。

 当の衛兵達はレティに仕事を回せて内心助かったと思っていたりするが。


「ホント急に忙しくなったのよねぇ」


 レティが言う通り、詐欺師達が集まりだしたのもここ最近の事だった。

 ある日を境に急激に詐欺師が現れるようになったのだ。


「あの貴族が来てからだよなぁ」


 以前、セーガ国の貴族を名乗る男がライズに違法な入国料の支払いを求めに来た。

 それからというものライズの周りには様々な詐欺師が現れる様になったのだ。

 土地を安く売るという詐欺、貴重なお宝ですが貴方を見込んでお売りしますという詐欺。

 君の親戚だという詐欺、果ては貴方の子供ですという訳の分からない詐欺まで現れた。

 

「さすがに子供はないと思うんだよなぁ」


「まぁあれは相手も分かってなかったみたいだし。ライズの評判だけ聞いてイケルと思ったんじゃないの?」


 戦争を終わりに導いた英雄、貴族の爵位を得た成り上がり、そしてドラゴンを従える成功者。

 確かにそれだけ聞けばライズが実は活躍とは不釣り合いに若い青年だとは思うまい。

 現に、ライズの娘だと事情した女性も、ライズ本人だとは気づかずに自己紹介をし、ライズが自分がそうですがと名乗った時には非常に気まずい空気が流れたものである。


「まさか自分より年上の娘が現れるとは思わなかったぜ……」


 その時の事を思い出してソファーに沈み込むライズをレティがクスクスと笑う。


「あれは傑作だったわね」


「あと聞いた事もない親戚が出てきたのも驚いたよなぁ」


「あれだっけ? 若い頃に故郷を飛び出したひいお爺さんの息子の孫だっけ?」


「皆無駄に設定が凝ってるんだよな」


 ちなみに自称親戚はすでに両手両足で数えきれない程現れており、大半は住所を調べると詐欺と判明した。

 どんな者であれ、住んでいた故郷はあるからだ。


 たまに生まれた時から旅をしていると誤魔化す者もいたが、そういう人間は冒険者ギルドの長トロウが偽者だと即断した。

 町の外は危険にあふれている。

 たとえ魔物に遭遇せずとも危険な野生動物は数多くいる。

 そんな過酷な旅をしてという割にはあまりにもへっぴり腰過ぎるというのがトロウの言だった。


 また、旅をした場所の話を聞いても碌に話せない事も判断の材料であった。

 トロウは犯人が口にした全ての町を旅した事があったらしく、町の話を聞いて彼らの嘘を的確に見抜いていた。

 その時はさすがは冒険者だと感心したのであるが、その後に牧場の魔物達と戯れる姿を見て評価を改めなおしたのは内緒である。


「けどまぁ、そろそろ何とかしないとなー」


「何かいい方法がある訳?」


「これだけ詐欺だけが増えるのはいくら何でもおかしい。誰かが裏で動いでるんだと思うんだよなぁ」


「例の貴族をそそのかした犯人?」


「多分ね」


「そんなのどうやって捕まえるの?」


 詐欺を唆す犯人を捕まえる。言うだけなら簡単だが、それは言葉以上に難しい。

 詐欺師本人は現行犯で捕まえられるが、詐欺師を唆した犯人を捕まえようにも、既に犯人は逃げているからだ。

 これが分け前目当ての犯行なら待ち合わせ場所を押さえる事も出来るが、相手は詐欺を唆すだけなので同じ場所に居続ける必要が無いという強みがあった。


「まぁそこは何とかしてみるよ」


「なんとかねぇ……」


 その言葉を聞いて、レティは背筋が寒くなる思いだった。

 この何とかしてみるという言葉をライズが言った時は、まず間違いなく何とかなってしまうのだ。

 つまり、テンド王国内外に広がる詐欺を唆す犯人を何らかの方法で突き止める手段があると言っているのに等しい。


(これが敵だったんだから、お隣さんは運が悪かったわよね)


 数週間後、テンド王国史上類を見ない数の詐欺師が捕まる事になるのだった。


「ネコのネットワークを使えば簡単ニャア。悪人でも猫の可愛さには勝てないのニャ」


「悪党は人気のない場所で取引をするものですもの。そうした場所は草木が生え放題。植物には筒抜けですわ」

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