第94話 ラミアと過去
ここは王都の端にあるうらぶれた酒場。
その酒場の更に片隅で男は安酒を飲んでいた。
「久しぶりだなバーニィ」
男の体がビクリと震えた。
その愛称を知っている人間は王都には居ないはずだからだ。
男は驚いて顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。
「ラ、ライズか!?」
この男、バーニィに話しかけたのは、ライズであった。
ライズはバーニィの許可も得ずに向かいの席に座ると、給仕に酒を注文する。
朝から酒というのもよろしくないが、こんな場所では綺麗な水も茶も期待できないからだ。
飲むなら水で薄めた安い酒以外にない。
「元気そうだな」
「お前が言うか? またドラゴンで暴れたみたいじゃないか」
ライズの軽口にバーニィも軽口で応える。
「ちょっと面倒事に巻き込まれただけだ。暴れるって程じゃないさ」
「こないだの道路封鎖もお前が関係してるのか?」
「騎士団はもう辞めたよ。だからそっちは専門外だ」
嘘だな、とバーニィは感じた。
王都であんな大規模な道路封鎖が起きたことは無い。
しかもその直後のドラゴン騒動と来れば子供だってライズが関係してると思うのは当然だ。
だからこそバーニィはそれ以上の追及をやめた。
これ以上関わるのは身の破滅につながりかねない。
普通の魔物使いはライズ=テイマーのような規格外の魔物使いなんかとは訳が違うのだ。
自分達はもっと大した事がない存在だ。
コイツとは違う。
それがライズを知る魔物使い達の共通する認識だった。
「それで、何でまたこんな所に来たんだ?」
などといいつつもバーニィはライズの目的を理解していた。
彼が自分に聞きたい情報など1つしかないのだから。
「蒼い鱗のラミアについての追加情報はあるか?」
やっぱりな、とバーニィは苦笑する。
蒼い鱗のラミア、つまりはライズの従魔であるラミアのことだ。
そして彼が探しているのはそのラミアが本来暮らしていた群れの居場所。
ラミアの故郷を探しているのだ。
ラミアは幼い頃、人間によって誘拐されてきた。
その目的は愛玩用ペットだ。
富裕層の人間の中には魔物をペットとして飼育する者も少なくない。
特に美しい魔物ならなおさらだ。
ライズのラミアは普通のラミアと違い、サファイア色をした鱗を持つ希少な存在。
コレクターからみたら垂涎のお宝だろう。
そうして、ラミアは一人のコレクターに買われた。
だが奴隷としてではない。
ライズ達が暮らすテンド王国では、意思疎通のできる魔物の飼育は禁止されていた。
それはいまだ魔物と亜人の線引きがあいまいな種族を亜人と認めた時、将来的な禍根を残さない為の措置であった。
そしてその法律は密猟者達に大金をもたらすという皮肉となった。
手に入らないからこそ欲しい、他人が持っていないからこそ欲しい。
禁止された魔物を欲するコレクター達は密猟者達から大金を支払って貴重な亜人未満の魔物を買い取る。
そして同様の趣味を持った同士達の間でこっそりと楽しむのだ。
だが国も無能ではない。
そうしたコレクター達を摘発する為にさまざまな手段を講じた。
もっともそれは義侠心や善意からなどではない。
そんな悪辣な者達なら、間違いなくほかにも違法行為を行っていると考えたからだ。
違法行為を行っているものなら、財産を取り上げることになんら罪悪感など沸かない。
更に悪党を捕まえることは民へのアピールにもなる。
悪党がつかまったと聞けば民は国が仕事をしていると理解するし、悪辣な商人や貴族ならコレ幸いと喜ぶ。
国も潤って民も喜んで一石二鳥なのだ。
そうした摘発行為に、ライズ達魔物使いも関わっていた。
理由は情報収集や捕らえられた魔物のケア、場合によっては荒事の手伝いまで。
衛兵達は悪党を捕らえる専門家ではあるが、魔物の対処は専門外だ。
そこで魔物使いに魔物の事を一任。彼等を群れに返すまでの間の世話を任せるのである。
だが、トラブルというのはいつの世もつきものだ。
ライズが担当した事件で確保した魔物は幼いラミアだった。
聞けば物心ついて間もない頃に連れてこられた為に故郷の場所が分からないらしい。
更にラミアを誘拐してきた密猟者は現在行方不明であり、ラミアをどこから攫って来たのかも分からないという。
実際、こうした例は珍しくない。
密猟者は攫って売るのが仕事であって、飼育する側ではないからだ。
彼等は特定の町を拠点とする場合もあるが、町から町へ渡り歩く事も少なくない。
何せ違法行為を行っているので常に動いていた方がつかまりにくいからだ。
他国への逃亡ならなおさらだろう。
そうした理由から、ラミアの故郷についての情報は一切が不明だった。
国が知る他のラミアの集落に預けることも考えられたが、なぜか頑として断られてしまった。
自分達がこの子を保護する訳にはいかないと。
最初は忌み子か咎人の子かと考えられたが、ラミア達の反応を見たライズはむしろ逆、保護できないもどかしさに苦悩していると感じた。
結果、国はラミアを故郷に返す事を諦め、保護活動でラミアを発見したライズに一任する事にした。
つまり押し付けたのだ。
魔物の事は魔物使いに任せればいい。魔物使いも戦力が増えて一石二鳥だろうという安易極まりない理由で押し付けられたのである。
実際にはそんな単純な問題でもないのだが、だからといってほうり捨てるにはあまりにもラミアは若すぎた。
そうした過去があり、ライズはラミアの故郷の情報を求め続けていたのだ。
そして魔物の情報を知りたいなら旅人か同じ魔物使いに聞くに限る。
バーニィもそうした理由から情報収集を頼まれた魔物使いの一人だ。
「ガーサタンの国にもラミアの里があるそうだ。あの国は大きな森が多く、奥には水辺が多いらしい。一度行ってみるのも良いだろう。お前のドラゴンならひとっ飛びだろうからな」
「……感謝する」
ライズはふところから袋を取り出すと、テーブルの上に置く。
袋からはズシャリという音がして、中に硬貨が入っている事は明白だ。
「じゃあな」
情報を得たからには長居は無用とライズは席を立つ。
そして彼が店を出たところで、給仕が彼の注文した酒をもってやってきた。
「あれ? さっきのお客さんは?」
「ああ、あいつなら帰ったよ。酒はオレが飲む」
袋を懐にしまいながらバーニィは給仕から酒を受け取る。
「……そういえばアイツ、酒の代金を支払わずに帰ったな」
まぁ良いかと、男は袋の中身の手触りの楽しみながら酒をあおった。
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