第95話 ラミアの集落
「あそこがラミアの集落か」
王都から帰り、再びデクスシの町で仕事を再開していたライズ達。
そんなある日、とある国に向かう事になったドラゴン馬車に、珍しくライズとラミアは同行した。
「こんどこそ当たりだといいんだがなぁ」
「あそこに、居るんでしょうか?」
期待半分諦め半分のライズに対し、ラミアはどちらかというとおどおどしている。
「とりあえずは話を聞いてみよう。ドラゴン、降りてくれ」
「承知した」
ライズの命令を受け、ドラゴンは森の中へと降下した。
◆
ここは森に囲まれたガーサタンの国の一角。
ラミア達が暮らす集落だった。
だがその里はいま、存亡の危機にあった。
「ドラゴン様が降臨されたぞー!」
ラミアは半人半蛇の爬虫類系種族である。
つまりはドラゴンと同じ鱗を持つものだ。
だがラミア達にとってドラゴンとは現人神に等しい存在であった。
その神が大戦があるわけでもなく、大災害が起こるわけでもなく突如現れた。
神の突然の訪問にパニックに陥るラミア達。
「落ち着けいっ!」
凛とした声が里に響く。
風魔法を使った拡声効果だ。
その声を聞いたラミア達は、一瞬ではあったもののドラゴンの事を意識の中から消し、かろうじて平静を取り戻すことができた。
「みな落ち着くのじゃ。ドラゴン様に失礼があってはならん。丁重のお迎えするのじゃ」
集落を統べる者、長の命令を受けたラミア達は急ぎ神を出迎えるためにドラゴンが着地した場所へと向かうのだった。
◆
「今回は一段とひどいな」
うんざりした様子で地面を見るライズ。
ドラゴンの背に乗っていた彼等の目には、ドラゴンに対して額を地面にこすり付けんばかりに頭を下げているラミア達の姿があった。
「さて、どうやって会話ができるようにするかな」
実のところ、ドラゴンに遭遇したラミアの集落では、似たような対応をするラミア達は少なくなかった。
爬虫類系の種族にとって、ドラゴンとはそれほどまでに大いなる存在なのだ。
たまに例外は居るが。
「まずはこの集落の長と話をするとするか」
意を決したライズ達は、ドラゴンの背中から降りる。
そして頭を伏せたラミア達に呼びかけた。
「皆さん、頭を上げてください」
ライズの声に反応したラミア達が頭を上げると、突如現れたライズの姿に困惑する。
何故ここに人間が居るのかと。
「私はドラゴン殿の言葉を伝える者。この村の長にドラゴン殿からの言葉を伝えたい。長はおられるか?」
主従が逆転した説明であるが、ドラゴンを神と信じる部族に対して、自らが主であると知れると色々と大変なことになる。
過去のトラブルから郷に入りては郷に従えの精神を学んだライズは、自らをドラゴンの語り手として振舞う事にしていた。
ライズが周囲を見回すと、一人のラミアが立ち上がる。
「私がこの集落の長でございます」
そのラミアは他のラミアに比べるとやや年を経ているように見えるが、それでもラミアという種族の特性か、得た年月すらも美しさへと昇華されているかのようであった。
「長殿にお尋ねしたいのは、こちらの少女についてです」
ライズが振り向いて目配せをすると、彼の従魔であるラミアがおずおずと前に出てくる。
「っ!? お、おお……」
ラミア達が驚きの表情を浮かべる。
「蒼き鱗……まさか……」
ラミア達がざわざわと騒ぎ始める。
「皆の者静まれ! ドラゴン様の午前であるぞ」
「っ!?」
長に叱責され、ラミア達があわてて口を噤む。
「実はこちらの少女はとある理由で我々が保護したラミアです。我々は彼女の故郷を探すべくさまざまな場所をめぐってきたのですが、いまだその手がかりはつかめません。あなた方は彼女の蒼い鱗についてご存知のようですが、彼女の故郷についてはご存知ありませんか?」
「……」
しかしラミアも長も黙して語らない。
目の前に神と崇めるドラゴンが居るのにだ。
「お答え頂けませんか?」
ライズはもう一度声に出してドラゴンの意志を伝える。
「……申し訳ございませぬ。それはわれらが口にする事を許されぬ事なのです」
ライズは内心でため息を吐く。
彼女達はいつもこうだ。
ラミアの蒼い鱗に対して反応はするものの、ラミア族の掟なのか頑として語ろうとはしなかった。
ドラゴンを前にここまで平伏する集落の住人ならばあるいはと思ったのだが、それでも種族の掟は重いと見える。
「そうですか」
「申し訳ございませぬ。我々としてもお力になりたいのですが、どうしてもダメなのです」
これまでと変わりない答え。
これまでと同じ、蒼い鱗のラミアに対して同情の心は見せるものの、それでも協力できないという硬い意志だ。
集落のラミア達がライズの横に控えるラミアへ向ける眼差しは仲間に対するものではない。
その眼差しには遠慮が見える。
老いたラミアの中にはラミアを拝むように手を合わせる者も居た。
(やはりうちのラミアは種族の中でも特別なラミアって事だな)
「ドラゴン様がたは、そちらのお嬢様の故郷を探し続けていらしたのですか?」
「っ?」
長の言葉に、ライズはいつものラミア集落での会話と違う感覚を感じた。
これまでの訪問では、ラミア達はドラゴンに対して恐れと敬意を払って自分達から話かける事などなかったからだ。
「ええ、この周辺の国々をめぐってきましたが、いまだ収穫はなしです。より遠くにある集落を目指す必要があるかと考えております」
ライズの言葉に長は頷く。
「でありましょうな。我々北のラミアではそのご質問にお答えする事はできぬでしょうから」
「っ……お手間を取らせました。ドラゴン殿、ラミア、帰ろう」
ライズ達は集落のラミア達に頭を下げると、ラミアの集落を後にするのだった。
◆
「今回も収穫は無しでしたね」
故郷の手がかりが無かったというのに、なぜかほっとした様子のラミア。
「いや、そうでもないさ」
「えっ?」
「何か得るものがあったのか主よ。我にはいままでと同じ会話に見えたが」
ラミア達を混乱させない為に会話に参加する事を自粛していたドラゴンがようやく口を開く。
「長がさ、我々北のラミアではお答えできないと言っていただろ? って事は北のラミア以外だったら誰か教えてくれるかも知れないって事さ」
「成る程な」
それはこれまでのラミア達からでは得られなかった情報だ。
長は何気ない会話の中に、ラミアの故郷についての情報を織り交ぜてくれていたのだ。
「だが何故今回のラミアは教えてくれたのだ? これまでのラミアは頑として答えようとはしなかったというに」
「まぁそれはドラゴンのおかげだろうな。爬虫類系の亜人や魔物はドラゴンに対してある種の敬意を払う。特に今回のラミア達はお前を神様みたいに崇めていただろ? だから黙っているだけなのは神様を裏切るみたいで心苦しかったんだろ」
もっとも、長達のラミアへの同情がまったく無かった訳ではないだろうという気持ちも感じるライズ。
(おそらくは集落毎にしきたりの重さに対する認識が違うんだろうな)
「今後は近場から攻めるのをやめて、もっと遠くの国にあるラミアの集落を捜すとしよう」
「……」
だが、新たな情報を得てご機嫌のライズに対し、当のラミアは沈んだ表情なのであった。
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