第69話 魔物達の息抜き

「儂が封じていた悪魔の名は、バエルじゃ」


 ミティックの封印より逃れた悪魔の名を聞いたライズだったが、その名がつい最近の戦いで深くかかわった悪魔であった事に衝撃を感じる。


「……教えて頂きありがとうございます」


 なんとかそれだけ言うと、ライズはミティックの部屋を後にした。


 ◆


「バエルか……面倒な事になりそうだな」


 ここ最近の戦いで何度も出た名前にライズの気分はすぐれない。

 彼は自分が何かに巻き込まれているような錯覚に陥っていた。


「ともあれ、その宝石を教会に預ければ問題ないんでしょ? 後の事は教会に任せれば良いわよ。ライズはもう軍とは関係ないんだし。わざわざあなたが戦う必要はないわ」


 と言ったのは同行していたレティだ。

 彼女はライズを気遣う様に励ましの言葉を投げかける。


「……そうだな。俺が戦う必要はないか」


 多少なりとも気分が上向いたライズは、レティの言葉を前向きに受け止める。


「まずは皆の所に戻るか」


「そうね、今頃暇を持て余しているでしょうね」


 結界によって村へと入れなくなった魔物達は村の外で待っている。

 その為、魔物達に事情を説明するには一度村の外に出る必要があった。


 ◆

 

「わーい!」


「きゃはははっ!」


「もーいっかーい!」


 ライズ達が戻ってくると、クラーケンの周りに小さな子供達が群がっていた。


『やれやれ、仕方のない』


 などと言いつつもクラーケンは子供達を触腕に乗せて立ち上がる。

 そして三本の足を束ねて先端を地面に付けると、体の根元側の食腕に子供達を下ろしてゆく。

 子供達は服の上着を尻に敷いて端を掴むと、そのままクラーケンの触腕を滑り落ちて行った。

 どうやらクラーケンの体表にあるヌメリ成分が摩擦を減らし、尻に敷いた服がソリの役割を果たしている様だ。

 スリリングな遊びに子供達はおおはしゃぎだ。


「あれ、大丈夫なの?」


 高い場所から滑り落ちる子供達をレティが心配するが、ライズは心配する様子もない。


「大丈夫だよ」


 よく見ると子供達が滑っているのは触腕の一本の上で、残り二本が柔らかな壁となって子供達が飛び出さない様に気を付けていたのだ。


「意外に器用なのね」


「人間とは体の構造が違うからな。ああした気遣いの仕方も出来るのさ」


 触腕を滑る子供達一人一人を気遣って、左右の触腕を器用に動かし調整するクラーケン。

イカの目が人間よりも優れているからこそ、子供達全体の動きを把握できているとも言える。


「とりあえず、子供達が満足するまでは出発できそうもないなぁ」


「ふふっ、そうね」


 苦笑するライズに、レティが笑顔で同意する。


 ◇


「と言う訳で、手に入れた宝石に着いては教会に預ける事になった。あとカーラもデクスシの町に派遣される事になったから、帰りも一緒だ」


「「「おー!」」」


 カーラが同行すると聞いて魔物達が喜びの声を上げる。

 どうやら普段一緒に遊んでいただけあって魔物達とも仲良くなっていたようだ。


『帰りも余計な荷物が増えるみたいだな』


 などというクラーケンの食腕もユラユラと揺れているので意外と喜んでいるのかもしれない。


「といっても、今日はもう暗いからな。帰るのは明日の朝にして今夜は泊まっていく事にする」


 それはクラーケンと子供達の遊びが終わるのを待っていたら、夕方になってしまったのが原因だった。

 本当はそのまま帰ろうとしたのだが、ミティックがせっかくなので泊まっていけといわれたのだ。

 断ろうと思ったライズだったが、久しぶりに帰ってきたカーラとタトミの姿を見て考えを改めた。

 恐らくミティックの申し出はライズ達を歓迎する為だけではなく、カーラとタトミの為でもあったのだろうとライズは考えたからだ。


 結果、ライズとレティは神殿で部屋を借り、村に入れない魔物達は村の外で野宿となった。


「魔物さん達には村で取れた野菜や近くで狩って来た獣肉を振舞うよ!」


 村人達が魔物の下に様々な食材を持ってきてはそれを焼いて配る。


「俺は生でいいよ」


「私は焼いた物を」


 魔物達がそれぞれの生態にあった食事を受け取っていく。


『ふむ、我が食べるには少々少なすぎるな、ちと下流から魚でも取ってくるか』


 そう言ってクラーケンが川に向かって歩いてゆく。

 そして30分もしないうちにクラーケンは大量の魚となぜか熊や猪、それに食用となる魔物を捕まえてきた。


『少々獲り過ぎた、残りは村で食べると良い』


 と言ってドサドサと食材を置いてゆく。

 こうなると後は村人達も参加した大宴会へと発展するのは当然の帰結だった。

 大勢の人達が魔物達と共に食事を楽しみ、子供達は魔物達と遊びまわる。

 

「いやーこんなに肉が食えるとは、まるで祭りの日みたいだなぁ!」


「俺らじゃこんな強い魔物は倒せないからな!」


 普段食べれない珍しい魔物の肉に村人達が舌鼓を打つ。


『うむ、肉はまだある。好きなだけ食べろ』


 自身も猪を丸々一頭口に運びながら肉をすすめるクラーケン。

 以外に振る舞い好きなのかもしれない。


「「「「おおーっ!」」」」


 村人と魔物達の夜は更ける。


 ◇


「おい、ライズ=テイマー」


 宴会が終わりを迎えつつある頃、ライズを呼ぶ声があった。


「ん? ああ、貴方ですか」


 ライズを呼んだのは聖騎士であるエディルだった。

 彼は宴会の手伝いとして給使をやらされていたのだが、宴会が終わりを迎えたのでようやく自由に動ける様になったらしい。


「で、何か御用で?」


(近くには人も居るし、武器も持っていない以上前回の意趣返しって分けじゃなさそうだな)


「き、貴様に聞きたい事がある」


「聞きたい事?」


 自分を敵視する男が何を聞きたいのだろうと首を傾げるライズ。


「こ、今日はドライアドさんは居ないのか?」


「はっ?」


 多少なりとも警戒していたライズだったが、エディルの言葉に思わず声を上げてしまう。


「だから、ドライアドさんは居ないのかと聞いている!」


「えーっと、ドライアドは仕事があるので町に残してきましたが」


「なんだ、そうなのか」


 心底残念そうに言うエディル。


「その、ドライアドは魔物だという事はもう承知の筈では?」


 ドライアドを女性として意識していたエディルだったが、彼女が魔物だと判明した事で彼の恋は終わった筈だった。

 エディルは魔物使いを見下しており、ライズに使われる魔物達も邪悪な生き物だと断言していたからだ。


「……確かにな。ドライアドさんが魔物だと知った時には驚いた」


 エディルが目を伏せ俯く。


「だがな、美しい花を見てあれは人間ではなく植物だから美しくないと言う者はおらぬ! 植物でも美しいものは美しいのだ! 故にドライアドさんは美しい!」


(凄いな、自分の恋心を正当化する為に価値観をごり押しで修正したのか)


 魔物達やライズに対する偏見を持っている事からエディルに対して良い目を向けれなかったライズだったが、ここに至ってはエディルの変化を好ましく感じた。


「ドライアドさんが貴様の従魔なのは認めがたい話だが、貴様が庭師だと思えば怒りも湧かんというものだ」


「庭師?」


「そうだ! いかに貴様が下賎な魔物使いであろうとも! ドライアドさんという華を美しく咲かせた庭師だと思えば我慢が出来る! そうとも、庭師相手に怒るのは大人げがないからなぁ!」


「ああ……」


 ライズは察した。エディルはライズへの対抗心が原因で無茶を繰り返した挙句、問題ありとしてこの村に送り込まれたのだ。

 恐らくは今後ライズに関わるなとも言われた事だろう。

 そんなエディルにとって思い人が憎い男の僕である事には耐えられない。

 なのでドライアドを花として見る事で、憎い男であるライズは庭師だと自分を納得させたのだ。

 花と庭師では恋など出来ない、それ以上の関係にはなれないのだと。

 そうする事でエディルはライズへの対抗心を無理やり封じ込んだのだろう。

 その涙ぐましい努力に哀れみすら感じてしまうライズ。


「とにかく、ドライアドさんが居ないのなら貴様と話す意味も無い。さっさと町に帰……可能な限りゆっくり帰ってできれば不慮の事故にでも遭うんだな!」


 と、子供じみた呪いを込めてエディルは仕事に戻っていった。


(……ドライアドは植物を通してこっちの様子を見る事ができるんだけどなぁ)


 自身の発言がドライアドに筒抜けなのを知らず、エディルはライズに言いたい事を言ってやった爽快感に包まれていたのだった。

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