第68話 術宝の扱い

「うむ、これこそは悪魔の力を封じた魔封じの術宝じゃ」


 ライズより件の宝石を見せられたミティックは、これをそう答えた。


「魔封じの術宝ですか?」


「うむ、古い術式じゃな。昔は悪魔を倒すほど強力な魔法が無かった為、こうやって悪魔の力をそぎ落としてから倒しておったのじゃ。最も、現在ではより強力な魔法やマジックアイテムが開発された事で、悪魔との戦いが有利になり、こうした手間のかかる方法はほとんど廃れてしまったんじゃがのう」


 懐かしそうに術宝を見るミティック。


(そんな知識があるとは、この人は一体何者なんだろうか? それにあの目、実際に使っている光景を見た事があるのか? だとすれば一体幾つ……)


「お主、今儂の事を一体何歳なんじゃと思ったじゃろう!」


 突然考えていた事を当てられてライズがビクリとなる。


「儂は見ての通りピチピチじゃからな! とっても若いんじゃ!」


 自分の両腰側面に己の手の甲を宛ててふふーんと若さアピールをするミティック。


(なんと言うか、発言が若く感じないんだよなぁ)


 そもそも孫持ちである以上は相応の年齢であるのは確実なのだが、さすがにそれを言ったら大変な事になりそうなので自重するライズであった。


「まぁこの術宝が廃れたのにはもう1つあるんじゃがのぅ」


 と、脱線していた話題を無理やり戻してミティックが話を再開する。


「どんな理由なんですか?」


「うむ、この宝石を見よ。美しく大きいじゃろ? 魔封じの術を行うにはの、質の良い宝石が必要なのじゃ。しかも魔力を多く封じるためにはそれだけの大きさも必要となる。じゃがそんな宝石は中々出回らんし、その宝石には単純に金銭的価値が付く。つまりは用意するだけで大変なのじゃよ」


「それはつまり……」


「うむ、金を出すのがもったいないから廃れたのじゃ。最悪宝石は偽物だったから処分した、販売人は逃げてしまったので責任を取らせる事が出来ないと言って懐にしまってしまう者まで出る始末でのう」


 呆れたように溜息を吐くミティック。実際に呆れているのだろう。


「そんな訳で、この魔封じの術宝は今となっては珍しいものなのじゃ」


「成る程」


(どちらにせよ、お宝としてウチに飾っておくのは問題ありそうだな)


「どうするのが良いと思いますか?」


「そうじゃな、家に飾っておくには物騒すぎる。儂が預かってやりたいところじゃが、儂は年を取りすぎた。病の所為で封印していた悪魔に逃げられるほどじゃからな。それにタトミやカーラは未熟すぎるゆえ、後を任せるにはまだまだ不安じゃ。まぁ王都の教会に預けるのが順当じゃろう。あそこなら悪魔退治の専門家もおる。儂からデクスシの町に術宝を受け取りに行く様に話を付けておいてやろう」


 ミティックから術宝の処分先として教会を進められるライズ。


「ありがとうございますミティックさん」


「なんのなんの」


「それと、もう1つご相談が」


「ふむ、何じゃ?」


 術宝の件が済んだライズは、もう1つの懸念について質問する事にした。


「リザードマンの集落にはコレと同じものがあったと族長に聞きました。ですが集落が悪魔の使徒に襲撃され、これを撃破して戻ったところ、術宝と思しき宝石はなくなっていたそうです。悪魔の使徒は消滅してしまいまして持ち去ったのかは不明です」


「ほう、もう1つのう」


「更にもう1つ、以前俺の住むデクスシの町に向かって悪魔の使徒が大魔の森から現れました。最初は大魔の森の魔物達の繁殖期に偶然現れたのかと思ったのですが、一連の事件を見る限り、もしかしたらデクスシの町を襲った悪魔の目的も術宝だったのではないかと思いまして」


「つまり三つ目と言う訳か。そもそも悪魔の使徒が立て続けに現れるのもおかしな話じゃしのう。確かに怪しいの」


 ミティックはライズの懸念をあり得ると肯定する。


(正直な話、気にしすぎだと否定して欲しかったなぁ)


「デクスシの町に現れた悪魔はドラゴンのブレスで消滅してしまったため目的は分からずじまい。リザードマンは遺跡で術宝を見つけたとの話ですので、もしかしたら大魔の森に術宝が眠っているのかもしれません。もしくは別の遺跡に眠っていた術宝を商人が運んでいる最中だったのか」


「憶測ばかりじゃのう」


「情報が足りなすぎて……」


「……いいじゃろう。それならカーラをライズ殿の手伝いとして派遣する事にしようかの」


 と、そこで、ミティックが突然カーラを使うと言い出した。


「カーラを?」


「あれにも一応は悪魔に対する術を教えてある。素質はあるのじゃが、お調子者な上に実戦経験が足りなくて少々不安だったんじゃ。じゃがライズ殿にはドラゴンがおるじゃろ? 悪魔が現れた際はドラゴンを護衛としてカーラに悪魔退治をさせて欲しいのじゃ。もちろんその為の護衛代は支払う。とはいえ、それだと本人のためにならんからの、普段は雑用としてこき使ってやってくれ。回復魔法のほかにも邪霊を払う術も教えてあるゆえ、仕事の役に立つじゃろうて」


 ついでとばかりにカーラの修行を頼まれるライズ。


「今のうちに経験を積んでおけば、いずれ悪魔本体が現れた時に役に立つじゃろう。先行投資と思って育ててやってくれい」


「投資ですか」


 意外に打算ずくの生臭い会話になってきて苦笑するライズ。


「ついでに嫁に貰ってくれると儂としては嬉しいのう」


「それはお断りします」


 と、そこで聞くだけだったレティが会話に参加してくる。


「お二人のお話も終わったようですので次は私の用件をお願いしたいのですが」


 乱入してきたレティに、ミティックは怒るでもなく頷いた。


「わかっとるよ。あやつ等の事じゃろう?」


「はい、聖騎士達は真面目に修行に取り組んでいらっしゃいますか?」


「うむ、真面目かはわからんが、ちゃんと修行自体はしておるよ。依頼どおり、あの聖騎士達がまともに使えるようになるまで鍛えるから安心するがええ」


「承知致しました」


 ミティックの返答に満足したように頷くレティ。


「ならレティ、どういう事なんだ? それにあいつ等は至高神に使える聖騎士だよな。たしかカーラは大地母神の神官だ。どうしてここに居るんだ? 何か知っているんだろう?」


 聖騎士達の話題になった事で、ライズは心の片隅に置いていた疑問を口にする。


「ええ、そりゃ知ってるわ。あの聖騎士達の横暴を騎士団に報告したのは私だもの」


「そうだったのか」


 身内が原因でエディル達が来ていた事に軽く驚きを覚えるライズ。


「私はライズの護衛をかねてあの町に居るのよ。だからライズに不当な行いをする者を許すわけには行かないの。けどあいつ等は教会関係者だったし、聖騎士は当主になれなかった貴族の師弟がなる事が多いから、一度騎士団に連絡する必要があったのよ。その上で教会にクレームを投げてもらったの」


「あの騎士団長がよく俺の為に教会に文句を言ってくれたなぁ」


「寧ろ大喜びだったんじゃないの? アンタに迷惑をかけた上に、騎士団内での教会関係者の発言力を削れたんだもの」


 寧ろ騎士団長にとっては棚ボタラッキーだったと聞いて微妙な気分になるライズ。


「それで騎士団経由でクレームを受けたあいつ等は未だ未熟と判断されて再修行する事になったんだけど、同じ場所で修行しても同じものになるだけだろうから、悪魔退治の実力者としてミティック様の下に預けられる事になったのよ。他の神の信徒である悪魔祓いなら厳しく教育しなおしてくれるだろうってね」


 それも騎士団の意向だったらしく、そんな訳でエディル達は下働き兼弟子としてここで修行に励んでいたのだと言う。


「聖騎士達の様子も確認できましたので、私からの用件は以上となります」


「うむ、ご苦労様じゃの」


 レティの用件も終わり、ライズ達はミティックの部屋を後にしようとする。

 だが、1つ聞き忘れた事をあったのを思い出してライズはミティックに振り返った。


「そういえば、ミティックさんが封印していた悪魔の名前ってなんて言うんですか」


 なんとなく、なんとなくの興味でライズは問う。


「儂が封印していた悪魔か?」


 それが興味本位での質問ではすまなくなると気付かずに。


「儂の封印していた悪魔の名前はのぅ」


 病が原因とはいえ、逃げられた事が口惜しいのだろう。ミティックは苦々しい顔で答えた。


「バエルじゃ」

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