第45話 さよなら谷の町
「すっかり世話になってしまったの」
カーラの祖母であるミティックの体調もよくなり、遂に結界を張り直せるまで回復した事でライズ達の仕事は終わりを迎えた。
役目を終えたライズ達は、報酬を貰い村を出る事になったのだが、その際村の住人達が総出で見送りに来てくれたのだ。
「いえいえ、こちらも仕事ですから」
「町の護衛だけではない。お主達が道を補正してくれたお陰で他の町へ行きやすくなり、クラーケンのお陰で子供達も多くの薬草を得る事が出来た。他にも細かい事を上げればキリが無い」
それらの仕事は村の住人から頼まれた別口の依頼なのでライズとしては小遣い稼ぎのようなものであったのだが、それが積み重なって村は随分と快適になっていたらしい。
(護衛の任務だけだと儲けが怪しかっからついでに受けただけなんだけどな)
「いっちゃやだよークラーさーん!!」
子供達がクラーケンや他の魔物との別れを惜しんでいる。
「いい加減におし! 子供じゃないんだから!」
と思ったらワガママを言っているのはカーラだった。
「まったくあのバカ孫めが。ともあれ、感謝しているのは事実じゃ。悪魔の呪いにも負けずに儂を救いにきてくれた感謝するぞ」
「悪魔の呪い?」
突然不穏な単語を言われて目を丸くするライズ。
「そうじゃ。儂は病気で封印した悪魔に逃げられてしまった。その際に悪魔から呪いをかけられてしまったのじゃよ。普段ならそんな呪いなどなんとも無いのじゃがな。弱った体では抵抗も出来なんだ」
「どんな呪いだったんですか?」
ミティックの言葉通りなら呪いを受けたのは彼女自身の筈である。
にもかかわらずライズに呪いが降りかかったかの様な発言はどのような意味があるのであろうか?
「なに簡単じゃ。儂が掛かった呪いは儂の病を治す行為を阻害する呪いじゃ」
「なんてピンポイントな……」
驚くほどピンポイントな無い様にあきれるライズ。
「いやいや、寧ろこれは恐ろしい呪いじゃ。呪いに限らず魔術というものは効果を限定するほど威力が高くなる。漠然と不幸を得るように呪うのではなく、儂の治療を妨げる事だけに呪いの魔力は全力を費やしたのじゃ」
(そう考えると思い当たる事があるなぁ)
カーラから依頼を受けた際の次々に現れる問題。それらを思い出したライズ達は確かに誰かの妨害を受けている様な気分になっていた。
(てっきりカーラからの人災だと思っていたんだが)
ライズ的には単にカーラが忘れっぽいだけだと思っていたのだが、意外にも呪いの影響も大きかったらしい。
(いや、ソレは言うまい)
純粋に祖母の身を案じた依頼主の名誉は守られるべきであると考えたライズは、あえて妨害の内容を黙秘する事にした。
「はっはっは! 例え呪いの妨害があろうとも一度受けた仕事ですからね。当店の名誉にかけて完遂しますとも」
内心の葛藤を見せない様笑い飛ばすライズ。
「うむ、男子たる者そうであるべきじゃな!」
快活なライズの姿に笑みを見せるミティック。
「村を出たらお主に面白いものを見せてやるから、あの岩の向こうまで付いたら一度振り返るがよい」
にやりと笑うミティック。
「? はい、分かりました」
ミティックの意図は分からないが、悪意が無い事は理解していたのでライズは首を縦に振る。
「元気でなー!」
「また遊びに来てねー!」
「ありがとー」
村人達の感謝の言葉を受けて、ライズ達は村を出るのだった。
◇
「いやー、帰りは荷物が無いから気が楽だなぁ」
ストレスの掛かった荷が無くなった事で気分良く河を下るライズ達。
「お土産に色々と食べ物を頂きましたけどね」
そう言ってラミアがクラーケンに詰んだ大量の食料を見る。
「なんか皆してお礼だから持っていけって言って押し付けてきたから結構な量になったな」
といっても牧場の魔物達全員で食べれば数日も持たない量ではあるのだが、それでもライズの魔物達への感謝の印である事がそれをただの食べ物以上のお宝であると認識させていた。
「そろそろミティックさんが行っていた岩を通過しますよ」
ラミアがミティックの伝言をライズに思い出させる。
「ああ、そうだったな。何があるんだろうな?」
そう言いながらライズ達は村の方に向き直る。
そして、その視線の先で展開される光景に目と、そして心を奪われた。
「うわぁ……」
それはとても幻想的な光景であった。
村の周囲を虹色の光が覆いだしたのだ。
最初は村の周りを覆っていた虹が、次第に上に半円を描く様に競りあがっていく。
程なくして村は大きなシャボン玉に包まれたかのような姿へと変貌したのであった。
「あれが結界って訳か」
呆然とつぶやくライズ。
「軍人時代でもあれほど綺麗な結界を見たことは無いな」
「ええ、とても綺麗ですね」
ラミアがうっとりとした様子で結界を眺めている。
「見送りとしちゃあ上等すぎるお土産だ」
「はい、ソイドさん達も一緒に見れると良かったですね」
ライズと共に薬を運んできた商人であるソイドは、既に村を出ていた。
彼は自分の用意した薬が効果を発揮した事を確認した時点で、自らの役目は終わったと言い報酬を受け取って村を去っていったのだ。
その際に馬車を引く為の馬と、売り物になる村の名産をしこたま買い付けて。
実は村人がライズに多くの依頼を出来たのも、ソイドの仕入れで儲けたお金があったこそであった。
「よーし、良いものも見せてもらったし、皆が待ってる町へ帰るか!」
「はい!」
意気揚々と町へ帰ろうとするライズ達だったが、そこに一筋の影が舞い降りた。
「ライズ様ー! 大変大変ー!」
それはハーピーだった。村に滞在するライズと町の事務所との伝令役となっていた彼女は一足先に町へと帰っていた筈だったのだが……
「ハーピー? どうしたんだ一体?」
「えっとね! えっとね! リザードマン達がね、ピンチなの!」
「リザードマンが!? どういう事だ!?」
ハーピーの報告に場の空気が緊迫する。
「なんか凄い敵に反撃されてるって! すぐ戻って!」
正直言って種族的にあまり賢くないハーピーの説明では要領を得ない。
仕方なくライズは町へと急ぐようにクラーケンに指示するしかなかった。
「もしかして……俺も呪われてるんじゃないか?」
新たな騒動の予感にげんなりとなるライズ。
まだまだ波乱は静まりそうに無かった。
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