第18話 ライズのお仕事 町編
「どうもー、コカトリスの卵を持ってきましたー」
コカトリスの卵を持ってデクスシの町へやって来たライズ達は、町の中央通りにある宿屋の裏口へ回り、ドアをノックする。
すると裏口の中からガチャガチャと音がなると、ドアを開けて恰幅の良い女性があわられる。
「待ってたよー、今日は卵料理の注文が多くてね。もう少し遅かったら自分から取りにいこうと思ってた所だったよ」
「それは丁度良かった。生みたてホヤホヤですよ。今日は何個にしておきますか?」
「そうだねぇ、今日は人が多いから3つ頼むよ」
「はい毎度!」
ライズは荷車からコカトリスの卵を取り出して女性に手渡してゆく。
一見すると畜産農家が配達に来た光景だが、問題はその卵が普通のニワトリの10倍の大きさであるという事だ。
「本当にコカトリスの卵を売りにきたのね。しかも宿屋に?」
「ああ、この店のコカトリスの卵料理は絶品だよ。料理長である店主が面白がって買ってくれたんだけど、それが事の外客に受けてさ。いまじゃ定期購入してもらってるって訳さ」
「コカトリスの料理なんて珍しいからね。お客も面白がって注文していくのさ!」
女性は大きな卵を危なげなく店内へと運んでゆく。
そして最後の卵を運んだ後で、布袋を持って再び出てくる。
「コレが今日の卵代だよ。確認しとくれ」
ライズは受け取った皮袋からお金を出すと、貨幣の枚数を確認してゆく。
「確かに、銀貨1枚と銅貨50枚、受け取りました」
ライズは懐から皮の袋を取り出すと貨幣を自分の袋に入れて女性に皮袋を返却する。
「ところでさ、そこの女の子は誰だい? 随分と良い服を着てるじゃないか。もしかしてアンタのコレかい?」
そういって小指を立てる女性。
「?」
だがその意味が分からないレティはどういう意味なのかと首をかしげる。
「彼女は昔の職場の仲間ですよ」
しかしライズは女性の追及をさらりとかわす。
「なんだいツマンナイねぇ! 男ならバシッといきなよ!」
バンバンとライズの背中を叩いて発破をかける女性。
「そういうのはまた今度の機会に」
「何言ってるんだい、若い時期なんてすぐに終っちまうよ! さっさと勝負を決めちまいな!」
「ははは、そのうちに」
「やれやれ……」
暖簾に腕押しといわんばかりのライズの態度に女性は呆れた様に手を振る。
「それじゃ俺達はコレで」
「また卵がなくなる頃に頼むよ!」
女性の見送りの言葉に、ライズは手を振って答えながら荷車へと戻ってきた。
そして女性との会話を見ていたレティは納得が行かないといわんばかりのしかめっ面だ。
「どうした?」
「コカトリスの卵が一個銅貨50枚って安くない?」
通常、鶏の卵は10個で銅貨10枚ほどで取引される。
そしてコカトリスの卵は鶏の卵の10倍の大きさなので、単純な量としては鶏の卵10個とほぼ同じである。
そう考えると、銅貨50枚は鶏の卵を5倍の値段で売るのに等しい。
一見高額に思えるコカトリスの卵の値段だが、コカトリスという魔物の危険性を考えれば、銅貨50枚という金額は破格の安さと言えた。
何しろ見ただけで人間を石に出来る恐ろしい魔物だからだ。
そして巨大な肉体に見合わぬ軽快な動きと質量。
先ほどコカトリスと決死の追いかけっこをした身としては銅貨50枚は割に合わないと感じたのだろう。
「ウチのコカトリスは野生のコカトリスじゃないからな。それにコツも知っている。そういう意味ではウチの牧場ではコカトリスの卵は入手が容易だ」
「でもそれでも、あのコカトリスは襲ってきたでしょうが! なにかあったら大怪我ではすまないのよ!」
追いかけられたばかりであるレティの脳裏にその時の恐怖がありありと蘇えってくる。
「まぁ町との繋がりを強固にする為の値段だからな」
「繋がり?」
「そ、おカミさんも行ってたけど、コカトリスの卵はいまじゃこの町の名物なんだ。人間名物があれば食べたくなるもの。旅の商人や冒険者が珍しい卵料理を食べたいと思って店に入る。そうすりゃ店は儲かるし、その為にこの町を中継地に選んで宿を取る人もいる。ドラゴン馬車の終点でもあるこの町に名物料理があれば、馬車が発射する前に朝飯や昼飯をこの町で食べて行こうとも思うだろ? そうすりゃ他の店もついでに潤う」
つらつらと卵をわざと安く卸す理由を説明するライズ。
「つまりこの町に必要な人間になる為に卵を安く売ってるって訳?」
レティの質問にライズは首を縦に振って肯定する。
「何それ!? なんでそんな面倒な事をする訳!? それだったら軍に帰って来る方が全然楽じゃない! 給料だって上が……上がるように交渉できるのよ!」
レティの様子から、彼女が本心でライズに戻ってきて欲しいと思っている事をライズは実感する。
元々ケットシーからの報告で、彼女がライズに対して好意的である事は彼も理解していた。
だがやはり他人から聞くのと、自分で実感するのとでは違う様である。
(出会った時から魔物使いである俺を差別しなかったのはレティとメルクだけだったんだよなぁ)
ふと二人とであった時の事を思い出すライズ。
魔物を武器にする存在として気味悪がられていた彼は、軍内部でも浮いた存在だった。
他に魔物使いが居なかったわけではなかったが、強力な魔物を従える彼の存在は、魔物使いの中ですら浮いていたのだ。
力がありすぎるが故に悪目立ちする、そんな経験を幾度もしてきたライズに、先入観無しで接してくれたのは同期で騎士団に入ったばかりの二人であった。
レティはライズの使役するドラゴンとの手合わせを求め、メルクはライズの魔物達を戦略的に有益だと価値を認めてくれた。
内容は違えど、ライズにとってはまっすぐに自分達を見てくれた大切な相手である。
「ついでだし、魔物達が働いているところを見ていかないか?」
「えっ?」
ライズが町の奥を指差す。
レティは何事かと思いながら指の先を見つめると、そこには服を着た人型の鳥の魔物、キキーモラがいた。
「アレもライズの従魔なの?
「ああ、キキーモラっていって機織りが得意な魔物なんだ」
「機織り? 魔物なのに?」
機織りと聞いてレティは目を丸くする。
普通魔物と言えば恐ろしい存在だ。それゆえ魔物使いの使役する魔物とは戦うための魔物であると考えるのが常識であった。
「ああ、アイツは手先が器用な魔物でな、戦いには向いていないが、ああした作業には秀でているんだ。元々機織りの婆さんが怪我をした手伝いに行かせたんだが、今じゃ婆さんに機織りの腕を見込まれて専属の手伝いとして働いているんだ」
「器用なのね」
感心したように頷くレティ。
「ああ、今じゃこの町の機織り達と相談しながら、アイツが今まで見てきたいろんな土地の折り模様を参考に新しい生地や刺繍を作っているらしい。布に関しては専門外だから良く分からんけどな」
「へぇ! 新しい生地!」
予想外に食いついてきて押されるライズ。
(結構食いついてきたな。やっぱり女の子だからおしゃれには興味あるって事か?)
「なんだったら試作品の生地をお土産にもらえないか頼んでみようか?」
「良いの!?」
ライズの提案に激しい喜びを見せるレティ。
そんな姿を見たライズは、彼女に魔物達が働く姿を見せてよかったと思うのだった。
「さ、他の魔物達の様子も見に行こうか」
「ええ!」
◆
その後、ライズと共に魔物達が働く様子を見たレティは、スッカリ毒気を抜かれていた。
「魔物達、楽しそうに働いていたわねぇ」
「ああ、最近は町の人に怖がられる事も少なくなったしな」
「ユニコーンがお婆ちゃん達に大人気なのは笑ったわ」
老女に群がられて悲鳴を上げるユニコーンの様子がよほど面白かったのか、レティはクスクスを笑い声を上げる。
「本当に楽しそうだった……」
そうつぶやくレティの胸中は複雑であった。
将軍から命令されたのはライズの従える魔物達の力を国防に使う為だ。
それは彼女も正しい判断だと理解している。
(でも、笑ってたのよね、魔物達もこの町の人達も)
レティは魔物達が笑顔で働いている姿に酷く驚いていた。
彼女の知る魔物の姿とは、戦場で敵を容赦なく叩き潰す暴力の化身としての姿だったからだ。
空を支配し、大地を蹂躙し、水に引きずり込む。
あらゆる場所でライズの魔物は活躍し、あらゆる場所で魔物達は恐ろしい力を敵と味方に示した。
そんな魔物達があんなに和気藹々と町の人達と一緒に過ごせる事が彼女には信じられない衝撃だったのだ。
(魔物は、闘う事しか出来ない生き物だと思ってた。けど、少なくともライズの魔物達は違う。じゃあ私の使用としてる事って何? またあの子達を戦いの場に連れ出して笑顔を奪う事?)
レティの心は千路に乱れていた。
ライズを軍に呼び戻したい心と、魔物達をそっとしておきたいと感じる心の二つに。
「なぁ、そろそろ昼飯にしないか?」
「え?」
深く悩んでいたレティは、ライズの突然の提案に虚を疲れた。
「せっかくこの町に来たんだからさ、ここでしか食べれない美味しいものを食べていけよ!」
これから彼女の舌は、夢のような体験をする事になる。
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