第17話 ライズのお仕事 牧場編
「ライズ! 今日こそ一緒に帰ってもらうわよ!」
「やぁレティにメルク」
影の魔物達が隣国の特殊部隊を捕らえた翌日、再びレティがメルクを連れてライズの説得にやって来た。
「いらっしゃいませレティ様、メルク様」
そんな彼女等をラミアが丁寧に迎え入れた。
「おはようラミア」
メルクがラミアに挨拶を交わす。
「ライズ! 貴方も元軍人なら敵に攻め込ませない為の抑止力の大切さは分かっているでしょう!? この国を再び戦火に巻き込まない為にも、貴方は必要な人材なのよ!」
レティの言葉をおとなしく聞いていたライズだったが、実の所彼はこの説得内容の事を知っていた。
と言うのも、ケットシーに二人の宿を監視させていたからだ。
そして彼女達の説得内容から、いかに軍と軋轢を生まないようにお帰り願うかの準備をあらかじめ用意していたのだ。
「悪いんだが、今日は朝から仕事があってね。説得もいいがまずは俺達の働きっぷりを見てくれないか?」
「だから軍に戻ればこんな町で小さな仕事なんか……!」
「レティ、仕事の邪魔をしちゃいけないよ。仕事と言うのは、他の人間もその輪に加わっているという事なんだ。それを邪魔すると、他の人達の迷惑になる」
くってかかるレティをメルクが諌める。
「そうそう、仕事が失敗したら違約金として大金を払う事になるからな。軍がすべての違約金を無償で支払ってくれるのなら交渉の続きをしてもいいが、損なった信頼を取り戻すまでの補填として更に数倍の違約金も請求する事になるぞ?」
「数倍!?」
いくらかは分からないが、決して安い金額でないだろう事は間違いないとレティは身を硬くする。
「そんじゃ牧場に行くから、ついて来たいなら付いてくるといいさ」
それだけ言うと、ライズは二人の返事を待たずに掘っ立て小屋から出て行く。
「あ、こら! 話は……」
「レティ、まずはライズの働きぶりを見ようじゃないか。彼が戻らないというのに相応しい働きぶりなのかさ」
「……分かった」
元々想定していた事態だったのだろう、レティは何とか堪えてメルクの言葉に従った。
◆
ライズ達がやって来たのは、鳥の魔物コカトリスの巣だった。
「コ、コカトリス!?」
コカトリスは視線で見たものを石にする恐ろしい魔物だ。
魔法による抵抗力が高い者には恐れるほどではないが、そうでないものには恐ろしい魔物である。
慌ててレティ達はコカトリスから身を隠す。
「大丈夫だよ、ほら薄目になってるだろ?」
「「は?」」
ライズが何を言っているのか分からずに、レティ達は間の抜けた声をあげる。
「コカトリスはああやって薄目にする事で石化も邪眼を弱める事が出来るんだ。あれならレティ達でもよっぽど弱っていない限りは石化ないさ」
聞いた事も無い石化対策を聞いて首をかしげるレティ達。
確かに良く見ると、コカトリスは目を細めている。まるで視力の低い人間が目を細めて睨み付けるように見ているみたいだ。
「こんな事で石化の邪眼が弱まるなんて」
「驚きだねぇ」
「まぁ普通はコカトリスが意図的に邪眼を弱めるなんてないからな」
新発見に驚くやら呆れるやらといった様子のレティ達をおいて、ライズは座っているコカトリスの腹の下へと潜る。
「え? 何!?」
ライズの突然の奇行に驚くレティ。
「あれ気持ちよさそうだよね」
「実際、寒い日はコカトリスの羽毛に包まれるととても暖かいですよ」
メルクの冗談にマジレスで応えるラミア。
「あら、そう考えるとコカトリスの抜け毛をキレイに洗ってお布団にすると良さそうですね」
新しい商売のアイデアを考え付いたラミアが楽しそうに笑う。
「それって巨人用の布団になるんじゃないかしら?」
ラミアの呟きを聞いたレティは、地面に落ちていたコカトリスの巨大な羽根を見て呆れがちに言う。
「で、なんでライズはコカトリスの中に潜って行ったんだい?」
メルクがラミアに問いかけると、ラミアはゆっくりとコカトリスを指差した。
「それはアレを見れば一目瞭然かと」
二人が振り返れば、コカトリスの下から大きな卵を抱えたライズが出てきたところだった。
「成る程、卵が狙いだった訳ね」
「ええ、そしてコレからが本番です」
「本番?」
どういう事かとレティ達が首をかしげると、突然大きな奇声が轟いた。
「え? な、何!?」
慌てるレティ達の横をライズが全力で駆け抜ける。
「お二人共逃げますよ! 卵を奪われたコカトリスが激怒しています!」
と警告するラミアも既に全力で逃亡を開始しており、すでに遠くへと逃げていた。
「「え……ええー!」」
「コケェェェェェェェ!!!」
怒りに燃えた雄叫び。
振り向くまでも無い、コカトリスの雄叫びだ。
「「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」」
レティとメルクが全速力で逃げ出した。
そして二人をコカトリスが翼を広げながら追いかける。
「と、飛んでる! 飛んで追いかけてくる!」
「いやあれは飛んでいるんじゃなくて滑空してるんだよ。コカトリスは鶏型の魔物だからね。空を飛ぶまではいかないさ」
「どっちでも関係ないわよー!」
後ろからバッサバッサと翼を羽ばたかせ、何度も飛び上がって滑空しては追いかけてくるコカトリス。
それは二人にちょっとしたトラウマを刻み込む事件であった。
◆
「ちなみにコカトリスはバカだから暫く動き回ったら卵を奪われた事を忘れて巣に帰ってくるんだ」
やっとの事で掘っ立て小屋に帰ってきたレティ達は、ライズが大量の卵を洗っている光景に遭遇した。
「いやー、今日は二人が囮になってくれたお陰で楽に卵を回収出来たよ。ありがとう」
「……オト……リ?」
「足の速い魔物達に協力して貰うんですけどね。さすがお二人は軍で鍛えているだけあります」
ラミアが二人の健脚を賞賛する。
「……っ!」
利用された怒りでライズをぶん殴ってやりたいと思ったレティだったが、全力疾走を続けた所為でもはや怒る気力もなかった。
「そんじゃ俺達は町に卵を売りに行くけど、二人は休んでるかい?」
卵を荷車に載せてライズが聞いてくると、レティが立ち上がる。
「勿論行くわ!」
「僕は暫く休憩してから追いつくよ」」
メルクはもう限界と地面に大の字になって寝転がる。
「そんじゃ、配達に行くか」
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