第13話 古巣からの呼び声

「ひ、ひさしぶりねライズ」


 突如現れたライズを知る少女は、顔を真っ赤にしながら彼に話しかける。


「ああ、久しぶりだな、レティ」


 ギクシャクするレティと呼ばれた少女に対し、ライズはなれた口調で挨拶をする。

 どうやら二人は知り合いのようだ。


「おう、その姉ちゃん達は兄ちゃんの知り合いなのか?」


「達!?」


 休憩していた大工の親方達がライズに二人との関係を問うてくる。

 そして女扱いされた二人組の片割れであるメルクがショックを受けている。


 その光景に苦笑するライズ。

 女顔であるメルクは時折この様に女と間違われては落ち込んでいたからだ。


「ええ、昔の仕事の仲間です」


「へぇ、わざわざ会いにきてくれたのか。そりゃまた義理堅いねぇ」


 ライズの空気から、それ以上は触れない方が良さそうだと判断した親方は立ち上がると部下の大工達に号令をかける。


「おーっし、休憩はここまでだ! 続きはじめっぞ!」


「「「オスッ!」」」 


 大工達が元気良く仕事場に戻ってゆく。

 親方の気遣いに感謝しながら、ライズはレティ達に向き直る。


「今日は突然どうしたんだ? 軍の仕事は良いのか?」


 ライズが突然の訪問の理由について質問すると、レティもまた背筋をのばしてライズに向き直る。


「きょ、今日はその件で来たのよ! ライズ、軍に戻りなさい!」


「断る」


 突然復隊を促したレティに対し、ライズはあっさりと拒絶の言葉で返す。


「な、何でよー!」


 断られるとは思っていなかったのか、レティが悲鳴に近い声をあげる。


「いやだって、俺は軍をクビになったんだぞ。そんな俺がどのつら下げて軍に戻るんだよ」


 正にこの一言に尽きた。

 ライズが軍を追い出されたのは事実であり、そんな薄情な軍にいまさら戻るなど彼からすれば願い下げであったのだ。

 本音を言えばドラゴン馬車が予想以上に儲かっているからなのもあるが。


「そ、それは聞いてるけど~! でもマルド将軍の命令なのよ~!」


「マルド将軍?」


 その名前を聞いてライズが眉を寄せる。


「将軍は戦争が終った後に退役した筈だろ?」


 ライズの記憶にある将軍は、年齢を理由に退役し、彼の後釜として若手の将校が将軍の地位を引き継いだのだった。

 そしてその新しい将軍こそがライズを追い出した張本人な訳で、彼の眉間に深いしわが刻み込まれる。


「その将軍なんだけどね、ライズを追い出したのがばれてマルド元将軍にこっぴどく叱られたらしいんだ。貴様は抑止力の意味すら理解できないのか! ってさ」


 ライズの疑問に対し、レティと共にやって来たメルクが答える。


「それで私達が直々にアンタをもう一度復隊させる為にやって来たって訳」


「成る程ねぇ」


 だが当のライズはあまり興味がなさそうな口ぶりである。


「何よ、せっかく軍に戻れるのよ! もっと喜びなさいよ!」


 レティはライズに何が不満なのかと口を尖らせる。


「ライズ、君の受けた仕打ちは不当だったと軍の誰もが知っているよ。現に戦場を共にした騎士達は君の復隊を望んでいる」


 メルクがレティを宥めながら、ライズに説得を試みる。


「確かに軍部、それに貴族達の中には目の前の数字だけを見て君を不要と断じている先の見えない人達が多い。けど、君の復隊は国王陛下も許可された事だからね」


「……陛下ねぇ」


 元々平民であるライズは、国王の名前を出されても特に心が動く事はなかった。

 彼が軍に入る事を決めた理由は、富と名声を得る為と言う非常に俗な理由だったからだ。それと魔物達の食費も理由だったが。


 しかし実際に軍に入ってみれば、魔物使いと言うだけで騎士達とは差別され、彼等以上の活躍を見せても正当に評価される事はなかった。

 一部の人格者は彼の価値を認めてくれたものの、それでも華々しい式典では彼の活躍はないものとして扱われた。


 コレについては、当時の軍上層部が彼の有用性を最大限に利用する為に意図的に情報を操作した事が原因なのだが、それを変に勘違いした貴族主義の騎士や新任の将軍のような現場を知らない数字しか見ていない人間が彼を侮蔑してきた為に、ライズにとっての軍とは華やかさとは真逆の万魔殿の印象となっていたのだった。


 かように、普通の人間にとって魔物を従える魔物使いの存在は奇異なものであった。


「悪いけど、俺は今の生活に満足してるんだ。いまさら軍に戻る気はないよ」


 さっぱり自分達の話に応じようとしないライズの態度に、レティは怒りと興奮のあまり声も出ず、メルクは苦笑いをするしかない様子だった。


「メルク様、レティ様、お水をどうぞ」


 と、そんな緊迫した空気の中、ドライアドが二人に水を差し出す。


「あ、あらドライアドじゃない。久しぶりね、元気してた?」


「ええ、お陰さまで」


 ドライアドの登場でピリピリとしていた空気が僅かに緩和する。


「お茶でなくて悪いな」


「かまわないよ。寧ろこの町まで強行軍で来たからね、とてもありがたいさ」


 メルクがドライアドに礼をいいながら水を口にする。


「……はぁ、やはりドライアドの入れてくれる水は一味ちがうね」


「恐縮です」


 メルクはコップをドライアドのお盆に帰すと、牧場でのんびりしている魔物達を眺める。


「ドラゴン馬車の話聞いたよ。大盛況だってね」


 突然話題を変えられて肩透かしを食らうライズ。

 てっきりレティあたりからもっと激しく糾弾されると覚悟していたから。


「まぁぼちぼちやらせてもらってるよ」


「けどね、気をつけたほうが良い」


 メルクがマジメな顔でライズを見つめる」


「ライズ、君は今、狙われている!」


 メルクは真剣な顔でライズに警告した。


「主さまー!」


 と、そこで、ライズを呼ぶ声が聞こえた。

 やって来たのはライズの従魔である魔物、アラクネだ。

 半人半蜘蛛の魔物である彼女は、白い塊をいくつも抱えてやって来た。


「武器を持った不審な人間が居たので掴まえてきましたよー!」


「……」


 4人の間で微妙な空気が流れる。


「早速、捕まったな」


 マジメな顔をして宣言していたメルクはどこか恥ずかしそうなうつむいていたのだった。

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