第9話 ドラゴンの悩み

「ふぅ……」


 ドラゴンがため息を吐く。

 彼はいまだ己にこなせる仕事を見出せずにいた。

 だが魔物の王たるドラゴンがそんなくだらない事で悩みを口にする訳にはいかない。

 ドラゴンとはプライドが高い生き物であり、プライドが高いからこそドラゴンなのだ。


「おーいドラゴン!」


 と、そこに彼の主がやって来る。

 

「主か。我に何か様か?」


 ライズに不安を与えまいと、ドラゴンは何時ものように毅然とした態度で接する。

 正に空元気も元気のうちだ。


「最近悩みがあるみたいだけど、何を悩んでるんだ?」


 だが彼の主はピンポイントに彼の悩みがある事を指摘して来た。

 隠していた事をバレていた驚きで、ドラゴンの口から軽くブレスが吹き出る。


「うわっ! 危ない危ない!」


「おお、すまない主」


 危うく自らの主を燃やしてしまいそうになったドラゴンは、慌てて前足で口をふさいでライズの謝罪の言葉を投げかける。


「だが我の悩みとは一体何の事だ?」


 既に悩んでいる事がバレているとしても、それでも強がるのが強き者の矜持。

 特に主にだけは己の弱さを知られるわけには行かなかった。


「いや、だって良くため息吐いてるじゃないか。丸分かりだよ」


「……」


 人間とか顔面の構造が違うドラゴンであったが、ライズには彼が赤面した様に思えた。

 そして実際それは間違いではなかった。


(くぉぉぉぉぉ! 我とした事が種族の体格差を忘れていたとは不覚ぅぅぅぅ!!)


 そう、最強種たるドラゴンは体の大きさも他の魔物達とは違う。

 つまり彼がため息を吐いて悩んでいる姿は牧場中の皆が気付いていたのだ。


「皆心配してたぞ。悩みがあるなら相談してくれよ。俺はお前の主なんだぞ」


 ここで強がりを言ってはぐらかすのは簡単だ。

 だが彼は己の主の性格を知っている。

 自分がドラゴンであろうが、粘り強く交渉して己を従魔として契約させる事に成功した主が一度や二度の拒絶で諦める筈も無い。

 間違いなく何度でも何度でも食い下がってくるだろう。


「大した事ではない」


 そんな光景を他の連中の酒の肴にさせるくらいなら、素直に白状した方がまだマシだ。

 ドラゴンは観念して自らのうちに抱える悩みを吐露したのだった。


 ◆


「成る程、闘うだけでなく、何でも屋の一員として働きたいと」


「そうだ」


「けど大魔の森の魔物の間引きはしてもらってるし、それで得た肉や素材は経営の重要な収入源だ。十分仕事をしていると思うぞ?」


 だがドラゴンは首を横に振る。


「人間とて害虫を数匹潰した程度で仕事をしたとは言わぬであろう?」


 つまりはやりがいがないと言いたいのだろう。


「だからドラゴンでも出来る仕事がしたいと」


「否、我でなければ出来ぬ仕事だ」


 難しい問題だとライズは内心首を捻る。

 ドラゴンとはドラゴンであるだけで問題だ。

 強い弱い以前にみた目が恐ろしい、ライズ達がドラゴンの悩みに気付いた理由もそうだが、大きいという事はそれだけで目立って恐ろしいのだ。

 闘う術のない者にとって、巨大な存在は恐怖以外の何者でもないのである。

 見るからに恐ろしい爪と牙、どれだけ離れていても瞬く間に距離を詰められ、撫でる程度の力で触れられただけでも死んでしまう。

 それが一般人の目から見たドラゴンなのだ。


 ライズが初めてデクスシの町にきた時、鍛えられた兵士達ですらドラゴンを見た瞬間に死を覚悟したのだ。

 それほどまでにドラゴンの種族としての強大さは払拭しがたい。


(正直、これは時間と信頼の積み重ねの問題なんだよな。他の魔物達に依頼を果たしてもらって、町の人達から十分な信頼を得てからなら、俺の魔物なんだから安全だと理性で理解してもらえるだろう。だが今の町の住人じゃあ、ドラゴンを理性じゃなく感情で判断してしまう)


 悩ましい問題にドラゴンとライズが同時にため息を吐く。

 一見恐ろしいドラゴンだが、人間と同じで個体によって性格は異なる。

 そんなドラゴンの中でも、彼は随分と尽くす性格のようだった。


「ドラゴンに出来る仕事も考えておくよ。今はまだ町の住人に俺達の存在を受けいれて貰う為にじっくりやる時だ」


 我ながらその場しのぎの詭弁だと苦笑いするライズ。

 ドラゴンもまた、主のそんな感情を感じ取って苦い思いをする。

 種族が違い、外見で感情を理解する事など出来ない筈なのに、二人はお互いの感情をなんとなくだが察する事が出来た。

 いや、それこそが魔物使いと従魔の絆なのだろう。


「ワガママを言ってすまなかったな。では我は我で、大魔の森の管理で信頼を得るとしよう」


「ああ、頑張ってくれ」


 ライズが去ると、ドラゴンもまた立ち上がる。


「どれ、今日はもう少し森の魔物共を間引いてくるか」


 人間に媚びる為ではなく、己が選んだ主の役に立つ為にドラゴンは飛び立つ。

 彼が空へ舞い上がると、森の彼方に灰色の暗雲が立ち込めてるのが見えた。


「これは、嵐が来るか?」



 彼方より迫る嵐の気配に、地を這う生き物達は逃げる様に自分の巣へと戻っていく。

 中にはよほど慌てていたのか全く明後日の方向へと向かう影も見られた。


 次第に暗くなる空、それは彼に迫るこれからの運命を暗示している様にも感じられる光景であった。

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