第8話 最強の魔物ドラゴン

 魔物使いライズが運営する何でも屋、モンスターズデリバリーで暮らす魔物達の朝は早い。

 ある者は主を起こす権利の奪い合い競争にあけくれ、ある者は体温が上がるまで待機し、ある者は卵を産む。


 そしてある者は、自分の食事を確保する為に飛び立つ。

 デクスシの町の東、魔物蠢く大魔の森の空を巨大な影が覆う。

 突然の曇り空に森の魔物達は動きを止めた。

 否、そうではない。否、それは雲ではない。

 森の魔物達はソレの到来を察知し、自らの存在を悟られぬ様に身を潜めたのだ。


 だが、ソレにそのような幼稚な潜伏は通用しない。

 鷹よりも高性能な眼は遙か地上の魔物達の姿を観測し、どの魔物が自分の眼鏡に適うのかを吟味している最中なのだ。


 すなわち、ソレにとっての魔物達の潜伏行為とは、皿に乗った食材がどうぞ食べてくださいと己の身をさらけ出している行為に他ならなかった。


 影が動いた。今日の獲物を選択したのだ。

 犠牲者はまだ己が選ばれたとは気付いていない。

 ソレは一直線に近づいてくる。

 そうして視界いっぱいにまでそれが近づいた時点で、ようやく魔物は自分が見つかっていたと気付いた。

 気付くのが遅かった、ソレが動く前に一目散に逃げ出せば、砂粒ほどの可能性で生き延びる事が出来たかも知れなかったというのに。

 いや、たとえ即座に逃げ出せたとしても、ソレに見つかった時点でこの魔物の命運は尽きていただろう。


 それが、最強の魔物ドラゴンの餌に選ばれた者の運命なのだから。


 結果、それは周囲の土ごとドラゴンの口にへと吸い込まれ、大空へと飛んで行った。

 あとに残されたのは、森にぽっかりと開いた巨大な生物の噛み跡だけだった。


 ◆


「おっはよー!」


 モンスターズデリバリーの事務所兼住居である掘っ立て小屋に甲高い少女の声が響き渡る。

 否、この声は少女のものではない。れっきとした大人の女の声だ。

 声の主は子供の胴体と大きな鳥の羽、膝から下は猛禽類の足、お尻からは尾羽が生えている。

 鳥の魔物ハーピーだ。

 ハーピーは空を飛ぶ為に非常に軽い体をしている。

 それはすなわち小柄、子供のような体だ。その胴に凹凸はほとんどなく、風の抵抗を受けない為にキレイな流線型をしていた。

 そしてその肉体に精神が引っ張られているのか、ハーピーは総じて子供のような性格の者が多かった。勿論声もだ。


「……ああ、おはよう」


 至近距離でハーピーの声を聞かされたライズは、眠い目をこすって体を起こす。

 少々耳がキーンとするが、そのうち治るだろうと彼は判断した。


「ふぁっ……」


 大きなあくびをしながら服を着替えるライズ。

 彼の服は前日の内にラミアがキレイに洗濯していた。

 水の馬であるケルピーがタライにきれいな水を吐き出し、ラミアが自分の尻尾の蛇腹を洗濯板にして汚れを落とす。

 そしてサラマンダーが抱いたドラゴンの鱗製アイロンを使って服のシワをキレイに伸ばす。

 そのままアイロンを当てると服が傷むので、トレントの葉っぱを使って布地を保護する。

 シワ取りが終る頃には、トレントの木のニオイが白檀の香のような香りを服にしみこませる。


 かくして、見る者が見れば垂涎の道具を使って最高級の手入れをされた普通の服をライズは着る。

 ちなみにトレントの香は森の中では魔物に襲われにくくなり、同じトレントからは友好的に接してもらえるという特典付きだ。


「とりあえずコカトリスの卵でも貰って朝飯にするか」


 ライズの秘書役であるラミアは家事万能の完璧世話役だが、爬虫類型の魔物である為に、朝の寒さには極度に弱いという致命的弱点があった。

 なので朝食はもっぱらライズの役目であり、そこにドライアドの用意した清潔な朝露の水という衛生的に生水は危険なこの世界でも有数の贅沢がドリンクとして付いてくる。


 ライズが掘っ立て小屋の外にでると、ズシンという地震かと思うほどの振動が襲った。

 だがライズは慌てない。音の主が誰か知っているからだ。


「帰ったぞ主よ」


 それはドラゴンだ。

 ドラゴンは毎朝大魔の森まで出かけ、朝食を獲った後、牧場で暮らす肉食の魔物達の分まで食事を確保してくれる。

 彼の活躍はライズ達の食生活にとって非常に重要な役割を持っており、食材にしなかった毛皮や骨といった魔物の素材は、デクスシの町の町長達との契約である魔物の間引きを行なっているという証として販売を行なっていた。

 なんでも屋としてのモンスターズデリバリーの大切な収入源である。


「主よ。森には魔物の子供が増えている。繁殖期で増えた魔物の子供達が近く食糧を求めて森の外に出てくるだろう」


 ドラゴンがライズに警告をしてくる。

 ドラゴンの仕事は魔物の間引きだが、食いでのない子供の魔物を狩るなどと言うくだらない事を彼はしない。

 更に言えば的が小さいのでいちいち狩るのも面倒なのだ。

 人間であっても、わざわざ地面に大量にバラ撒かれた米粒をツメで一個ずつ摘み上げたりはしないのだから。


「分かった。冒険者ギルドの長に話しておくよ」


「うむ」


 それだけ言うと、ドラゴンは皆の餌の魔物を置いて自分の低位置である小高い丘へと向かっていく。

 その姿を小さな魔物達がキラキラとした目で見つめている。

 最強の魔物ドラゴンは、彼等にとって英雄に等しい存在であった。


 ◆


「はぁ……」


 そんな英雄であったが、彼は何故か憂鬱な顔でため息をついていた。


「我も何でも屋として役に立ちたい……」


 巨大すぎ、強力すぎるが故に彼の悩みは深かった。

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