第3話 この町に住もう!
「実は、この町で魔物を使った何でも屋を営もうと考えてやってきたんですよ」
「何でも屋……ですか?」
正直に目的を告げたライズに対し、冒険者ギルドのマスターであるトロウは懐疑的な声を出す。
確かにドラゴンを従えた魔物使いが何故と思うのは当然だろう。
「貴方がたも知っている通り、隣国との長きに渡る戦争が終りました」
ライズはゆっくりと、トロウ達を警戒させないように事のあらましを説明し始めた。
「私は魔物使いとして軍で働いていたんですがね、戦争が終った事でもう魔物使いは必要ないといわれてお払い箱になってしまったんですよ」
「そんなバカな!?」
ありえない理由にトロウが悲鳴に近い声をあげる。
「ドラゴンを従えた魔物使いを放逐する!? そんな事ありえないでしょう!」
冒険者を束ねるギルドの長とは思えない狼狽振りであるが、これはトロウの言葉が正しい。
最強の一角であるドラゴンを従えた魔物使いは、ただ居るだけで周辺国に睨みを利かせる事ができるからだ。
闘わずして敵を躊躇させるという事は、それだけで十分すぎる程の効果を発揮する。
ドラゴンをはじめとした魔物達の維持費が必要であっても、同じ費用で軍を維持し、時に戦いを行なうと考えるのなら、個体として強力なドラゴンの方が圧倒的にコストパフォーマンスが高いからだ。人間ならば一度の戦闘で複数死者がでる可能性も低くない。そうなれば徐々に戦力が減っていき、同じ費用で運用しても消耗の差は段違いだ。
空を飛び、硬い鱗に守られ。ブレスを吐き、空を飛んで人間よりも迅速に現場に急行できる一軍に匹敵する個の力。
それを排除するなど信じられない愚行だった。
「まぁ事実ですよ。なんだったら調べてもらってもかまいません」
ライズからすれば己の素性を調べられても、特に痛くもかゆくも無いので自分から調査を提案してみせる。
「せ……いやライズさん」
トロウがマジメな顔でライズに言葉を投げかける。
「単刀直入に言いますと、ドラゴンを町中に入れる訳にはいきません。たとえあのドラゴンが貴方の命令に絶対服従してもです」
(まぁ当然だな)
トロウの言葉は、町の治安を守っている人間として当然の発言だった。
誰だって店の中に抜き身の武器をもった人物が入ってきたら買い物どころではないからだ。
「勿論町中に、なんて事は言いませんよ。城壁の外……そうだな、大魔の森側が良さそうですね。あそこなら魔物が自分からやってくるでしょうから」
「大魔の森……」
この大陸には魔物の発生する危険な領域が多数存在する。
そしてそうした土地は、よそ者でも分かるように名前に魔という言葉をつけるのが慣わしだった。
つまり大魔の森は魔物が生まれる危険な森という意味である。
この町、デクスシの町が城壁に守られているのはそうした理由があったのだ。
最も、空を飛ぶドラゴンには全く意味がなかった訳だが。
ライズはそんな危険な森から町を守ってやるから、その変わりにここに住まわせろと言っているのである。
(だから取り立てて特徴も無いこの町に来たのか?)
説明を受けても尚真意を測りかねるトロウであったが、内心ではもろ手を上げて歓迎したいと彼は考えていた。
何しろ大魔の森には大量の魔物が生息している。
そしてデクスシの町の兵士は、お世辞にも錬度が高いとはいえない。
闘える者は大半が戦争に連れて行かれてしまい、戦争が終った今もまだ戦後処理や敗残兵の討伐などで借り出されていて未だに町に帰ってきていないからだ。
城壁のお陰で何とかなっているが、高レベルの魔物に壁を破壊されれば瞬く間に町が破滅する可能性だってある。
そこにドラゴンを従えた魔物使いが自主的に森から出てくる魔物と闘ってくれるというのだから願っても無い話だと言えた。
「確かに魅力的な話ですね」
交渉がすぐに決裂しない様に、トロウはライズの提案に好意的だと匂わせる。
だが個人的にはその条件を受け入れたくとも、決定権を持つのは町長だ。
そもそもライズは町の外に住みたいと言っているのだから、本来なら許可を取る必要も無い。
ライズはあくまでも商売の事を考えて穏便に話し合いにきたのだ。
「町長、ライズさんの話は町の防衛を考えれば大変ありがたい事です。森の魔物の繁殖期も近い、今後の安全を考えるのならライズさんを受け入れた方が得だ」
「ふぅむ、そうですなぁ。トロウさんがそこまで言うのなら……」
一見トロウの言葉に説得された感じではあるが、実際のところは責任を押し付けるため野駆け引きにしか過ぎなかった。
トロウが強く勧めたのだから、なにかあったら悪いのはライズだというつもりなのだ。
勿論ライズとトロウもその事は理解している。
気付かれたと思っていないのは当の町長くらいのものであろう。
(念のため、もう一押ししておくか)
「ああそうだ、実は私の従魔にはユニコーンがおります ユニコーンは回復魔法を使えるので町の人達の怪我や病気を治せますよ」
「ユニコーン!? あの伝説の聖獣ですか!?」
ユニコーンの名を出され、トロウが興奮を隠しもせずに喰いついてくる。
「ええ、そのユニコーンです」
(正しくは性獣だけどな)
ライズは心の中で嘆息する。
ユニコーンといえば清らかな乙女しか背に乗せず、その角には強い癒しの力を秘め、怪我や病気を治し、穢れた水を浄化する力を持った存在とされている。
その純白の毛並みもあって聖なる獣などと言われているが、実際のユニコーンは処女が大好きな変態であった。
男はたとえ主であろうとも背中に乗せず、処女の少女だけが自分に乗っていいという筋金入りのロリコンである。たとえ乙女であろうともババァはNGと断言する潔い馬だった。
「おお、そのユニコーンはどちらに!?」
「ユニコーンなら屋敷の入り口で待っていてもらっています」
「ほほう!」
先ほどまでの落ち着いた態度はどこへやら、トロウはすっかりユニコーンに興味津々だった。
しかしトロウが興奮するのも無理はない。
冒険者は未知と財宝と名声を求める生き物。
希少な聖獣がすぐ傍にいるとあってはいても立ってもいられないのだろう。
事実窓の外からは、ユニコーンを見に来た人々の声が聞こえてくる。
そんな賑わいを聞いたトロウは、早くユニコーンを見に行きたくて仕方ないとソワソワしだす。
「ユニコーンだけではありません、植物の魔物であるトレントは不作の畑を豊作にする協力ができますし、空を飛ぶ魔物を使えば危険な場所に生えている薬草を取りにいく事も出来ます。我々を雇ってくだされば必ずや町のお役に立つと約束いたしましょう」
「成る程……」
ライズにそう言われた町長は、窓からユニコーンを見ようと顔を出しているトロウに声をかけようとして諦めた。
どう考えてもアレは使い物にならない。
それは町長でなくとも一目瞭然であった。
「そうですね、町を守って貰え、更に回復魔法を使える聖獣までいるのであれば……」
町長が再度トロウに視線を向ける。
しかしユニコーンにはしゃぐ相談役では責任を押し付けるのはやはり無理と町長はため息を吐く。自分の責任で決断しなければならないのかと。
「あの、よろしければユニコーンを見に行きませんか? 実際に「良いのかね!?」
実際に魔物を見れば危険かどうか分かるでしょうと言い掛けたライズに、トロウの言葉が覆いかぶさる。
「ええ……町長さんもどうですか?」
「そ、そうだね」
決断が先延ばしになった事を内心喜んでいるのだろう、町長はあからさまにほっとしていた。
◆
屋敷の外に出ると、そこには少女の手に自らの角を近づけるユニコーンの姿があった。
そしてユニコーンの角が少女の手に触れると、角に淡い光が灯り少女の手に伝ってゆく。
どうやら少女は手を怪我していたらしく、ユニコーンの放った光がその傷を癒してゆく。
「……すごーい! 怪我があっという間に治っちゃった!」
傷が完全にふさがった少女が、自らの手を周囲の住人に見せて傷が完治した事を宣言する。
「おお、キレイに消えたなぁ」
「回復魔法ってこんなにすごいのねぇ」
「ふふふ、美しい少女の為ならどんな怪我でも治してみせよう」
少女に感謝されユニコーンが気障なセリフを口にする。
(またデレデレしてんなぁ)
一見さわやかな聖獣の謙遜に聞こえるが、付き合いの長いライズには、もっと少女と触れ合いたいという本音が丸聞こえであった。
「せっかくですので、ユニコーンの治療を受けてみませんか?」
ライズは町長にユニコーンの有用さを理解してもらう為に、治療を進める。
「では……そうだね。私も歳なのでよく腰が痛くなるのですよ。この痛みをなくす事はできますかねぇ?」
「お任せください。ユニコーン、こっちの人を治療してやってくれないか?」
「ふむ、交渉は終ったのかね主……げっ」
ユニコーンが町長を見て嫌そうな声をあげる。
「町長さんは腰の具合が悪いらしくてね、ちょっと治療してあげて欲しいんだ。頼めるよな?」
「……承知した」
一見普通の会話であったが、そこにはせっかく少女と触れ合ったのに、こんな脂ぎったおっさんに触るのかぁ、というユニコーン深い悲しみが含まれていた。
「では治療するぞ」
ユニコーンはやや乱雑に町長の腰に角を押し当てる。
「痛っ」
角が当たって町長が軽い悲鳴を上げる。
「男なら我慢したまえ」
先ほどの少女に対する態度とは正反対の雑な対応をしながら、ユニコーンの角が淡く光り始める。
そして町長の腰が神秘的な光を放ち始めた。
「お……おお! 腰の痛みがすぅっと消えたぞ。こりゃあ凄い!」
町長は興奮した様子で自分の腰をさする。
「へぇ、馬さんの魔法は腰痛に利くのかい。コイツは良い話を聞いたよ」
「馬ではない! ユニコーンだ!」
馬と言われてユニコーンが激昂する。
どうやらユニコーン的に大事なところらしい。
「ユニコーさん? 悪いんだけど、あたしの腰も他のめるかねえ」
「儂も頼むよ」
気が付けば何人もの老人達がユニコーンの後ろに列を成していた。
「な、ななっ!?」
狼狽するユニコーン。
彼の胸中では、何故自分が少女ではなく老人や老婆の相手をせねばならないのかという疑問でいっぱいになっていた。
「せっかくだ、この人達の治療も頼むよユニコーン」
「あるじぃぃぃぃぃ!?」
ユニコーンが悲鳴をあげる。
「ありがたやありがたや」
気が付けば老人達がユニコーンを拝み始める。
「や、やめろ。分かったから、治療するから拝むな!」
ユニコーンが悲鳴を上げながら渋々治療を始める。
「どうです? 安全でしょう?」
ユニコーンが老人を治療する光景を背景にライズは町長に語りかける。
トロウはユニコーンを凝視するのに忙しいので無視だ。
気が付けばスケッチブックを取り出しユニコーンの絵を描いている。
「そうだねぇ、腰の痛みがキレイに消えたのは何年振りやら」
体の苦しみがなくなった事で、町長はライズが、いやユニコーンが町に住む利点を見出す。
(しかしドラゴンをどうするか)
やはり問題になるのはその一点であったが、悩む町長の耳元でライズが囁く。
「そうそう、私の従魔にはラミアやセイレーンといった美しい魔物達もいますよ。勿論私の支配下にあるので人に危害を加える事はありません。後日視察に来ていただいた時には彼女達に接待をさせますよ」
「分かりました。確かに貴方の提案は町の為になります。よろしいでしょう、私の裁量で貴方が町外れに住む事と、何でも屋を開く事を許可いたしましょう!」
魔物は恐ろしいが、恐ろしいだけではない。
魔物の中には人とほとんど変わらない外見の半人半獣の魔物がいるのだ。
そしてそういった魔物は大半が美しい外見をしているという。
そんな中でも人外の美貌と言われるほど美しい魔物であるとされるラミアやセイレーンの接待があると聞いた町長は、悩む事を即座にやめて二つ返事で承諾した。
何より魔物使いが管理しているので襲われる心配が無いのが最高だ。
町長は責任を負う事がいやな小物であったが、それ以上に女に弱い俗物でもあったのだった。
「ありがとうございます!」
こうして、ライズはデクスシの町で魔物の何でも屋を開業する許可を得たのだった。
◆
「よし、コレで完成だ!」
デクスシの町の城壁外に、小さな掘っ立て小屋が完成した。
これこそがライズの経営する何でも屋の事務所である。
単純に予算がなかったのでまともな家を建てられなかったのだが、それはこれからの稼ぎでまた立て直せば良いとライズは気楽に考えていた。
そして事務所の後ろには柵で覆われた牧場が広がっており、その中にライズの魔物達がのびのびと暮らしている。
「ライズ様、ようやく始まるのですね」
ライズの横に寄り添うように、書類を持ったラミアが並ぶ。
彼女は人型に近い魔物だったので、ライズの店舗申請の為の書類作成を共に手伝ってくれたのだ。
「ああ、魔物の何でも屋『モンスターズデリバリー』開店だ!」
「「「「「オォォォォォォォォ!!」」」」」
ライズの宣言と共に、魔物達の雄叫びが響き渡った。
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