第2話 町にやってきました

「魔物が出たぞぉぉぉぉ!!」


 城壁に囲まれたデクスシの町に見張りの声が響き渡る。

 即座に入り口の門は閉められ、兵士達が城壁の上から弓をつがえる。


「魔物は何処だ!?」

 

 だが兵士達が何処を探しても魔物の姿はない。


「下じゃない! 上だ!」


 物見の兵士が叫ぶと、兵士達の身が影に包まれる。

 雲が太陽をさえぎったのか? 一瞬そう思った兵士達だったが、顔を上げた瞬間、彼等は自分達の考え違いを思い知る事になった。


 そこにいたのは巨大な角とツバサの生えた爬虫類。

 否、その瞳には深い知性の光が見えている。


「ド、ドラゴン……」


 兵士が呆然としながらつぶやく。

 そう、これこそが世界最強の一角である魔物、ドラゴンの姿だ。

 見る者すべてを威嚇し、敵対の意思を喰い散らかす王者の姿。

 兵士達は皆死を覚悟し、我知らずへたり込んだ。


「すいませーん、町に入れてもらえませんかー?」


 と、そんな緊迫した状況のなか、明らかに空気を読まない声が響いた。

 しかしその声は兵士達にとっては福音であった。

 ドラゴンを前にした逃れ得ぬ死のイメージから逃げ出す為の逃避行動であっても、彼等は声の主を探さずに入られなかったのだ。


 だが町の外を見ても誰もいない。

 門の外にも内にも居ない。


「あーこっちですよー」


 不思議な事に声は上からしてきた。

 更に言えば見たくも無い方向、ドラゴンの居る方向からだ。


 しかしこのままではドラゴンという絶対的な死の象徴の恐怖に怯えなければいけない。

 兵士達は意を決してドラゴンのほうを見た。


「あ、どうもー、町に入れてもらえませんか?」


 確かにそこに人はいた。

 ドラゴンの背中に。


「「「「ドラゴンに乗ってるーーーーー!!!?」」」」


 兵士達は凄く驚いた。


 ◆


「な、成る程、魔物使いの方でしたか」


 兵士は腰が引けたかのようにライズから微妙な距離を保っている。

 町の中を歩くライズと兵士、それにライズの連れてきた角の生えた白い馬。

 町の人々はライズと彼が連れてきた馬の角に視線を向けている。

 ライズは町を守っていた兵士達に頼み、町長の家を目指していた。


「ええ、戦争が終って仕事が無くなったんで、店を開こうとこの町に来たんですよ」


「お店……ですか? ドラゴンの?」


 ドラゴンを従える魔物使いが始める店がどんなものか思いつかない兵士は、安直にドラゴンが物を売る姿をイメージする。


(いや、これは違うよなぁ)


「まぁ、なんでも屋みたいなもんですよ」


「はぁ……あ、ここが町長のお屋敷です」


 兵士が指を指した先には町の他の家よりもやや豪華な屋敷があった。


「案内していただいてどうもありがとうございます」


「い、いえ。それじゃあ自分はこれで」


 兵士は逃げるように自分の守っていた城壁に向かって走っていった。


「やれやれ、我々を放って帰っても良かったのか?」


 と、兵士を見ながら角の生えた馬、ユニコーンが呆れの声を洩らす。


「まぁ錬度の低い兵だしな。 義務で仕事をしている人間は自分の持ち場だけ守ればそれで良いと考えるもんさ」


 皮肉の篭った言葉を発しながら、ライズは町長の屋敷の入り口をノックした。


 ◆


「どうも、私がこの町の町長のダプタです」


 案内された応接間の中央、進められた椅子に座ったライズは、テーブルを挟んだ向こうに座っている小太りの男、町長を見る。


「どうも、私はライズ=テイマーと言います」


「はぁ、それで、そのライズさんがわが町に何の御用ですかな? その、ドラゴンを連れて……」


 町長は怯えた様子で窓の外に見えるドラゴンをチラチラと見ながらライズの意図を尋ねてくる。


「その前に……」


 交渉の会話を始める前に、ライズは町長の横に座るたくましい男を横目で見る。


「おお、そうでした! 彼はこの町の冒険者ギルドのマスターでトロウと言います。この町の治安維持にも協力してくれているんですよ!」


 話を押し付ける相手が出来たと言外に喜ぶ町長。


「トロウと呼んでくれ。お貴族様」


 ライズが苗字を名乗ったことから、彼が貴族と判断したトロウはあえてそこを強調した。 

 

「いやいや、俺の苗字は戦争の勲章みたいなもので、一代限りの安い爵位ですよ」


 この世界では、戦いの褒賞として、爵位を授ける事が稀にある。

 ただしそれは栄誉と言うよりも、金や物で褒美を与えるには活躍しすぎた者に金の代わりに与える名声に過ぎない。

 一部の兵士達には割に合わない褒賞とまで言われている残念な褒賞だ。

 実は長期的に見ればそうでもないのだが、それはまた別の話である。


「それで、貴方は何故この町に?」


 完全に会話の相手がトロウに変わっているが、ライズは気にせず交渉を続ける事にした。

 寧ろこの男のほうが町長よりも話が通じると彼は確信していた。


「ドラゴンを見てお分かりでしょうが、私は魔物使いです」


「魔物使い!?」


 町長が声を上げる。

 魔物使いの存在は普通に知られたものではあるが、それでもドラゴンを従える者となると話は別だ。

 上位の魔物を従えた魔物使いがそのへんをフラフラしている筈が無いからだ。

 そんな凄い魔物使いが何故こんな所に来たのか、町長は気が気ではなかった。

 そしてトロウもまた別の意味で緊張していた。


(ドラゴンを従え、苗字を持った魔物使い、俺の予想が間違っていなければ、この男の正体は間違いなく!)


「実は、この町で魔物を使った何でも屋を営もうと考えてやってきたんですよ」


「「……へ?」」


 だが、ライズの予想外に牧歌的な答えに、二人は間の抜けた声で返事をしてしまうのだった。

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