第十一章 真相と新たなる旅立ち編

第195話 エルフの村

「わー、すごーい!」


 貝殻の上で爪先立ちとなったアクリルは、周囲に広がる穀倉地帯を見渡した。黄金色の絨毯が地平線の彼方にまで敷かれ、微風が吹く度に実った穂が波打つように揺れ動く。適度な雲と美しい青空がマッチしており、一種の風景画として見れば目の保養にピッタリだ。


「オリアス地方は穀物の栽培が盛んな場所なのです。此処だけでもクロス大陸の食料自給率の大部分を賄っているんですよ」

「へー、そうなんだー」


 生まれて初めて目にする壮大な小麦畑にアクリルが感動していると、私の隣で馬型の魔獣に騎乗したまま並行するヘルゲンが丁寧な口調で説明を挟んだ。一見すると長閑なピクニックの一場面のようだが、これでも一応歴とした逃避行の最中である。


 貴族達がクーデターを起こして王都を乗っ取った……ジルヴァから齎された衝撃的な情報に、私達の度肝は意図も容易く貫かれた。とは言え、ソレを真正直に鵜呑みするほどヤクト達も単純ではなかった。 

 別にジルヴァの話に懐疑を抱いたわけではない。しかし、貴族がクーデターを起こしただけならば兎も角、その後に続く王都を乗っ取ったという下りに関しては眉唾物であるというのがヤクト達の共通認識であった。

 何故ならば王都には国王を始めとする王家を守護する親衛軍隊と通常の軍隊が常時駐留しており、その二つを統合した戦力は貴族達の私設軍―― 一部の上流貴族が個人的に所有する軍隊――が束になっても敵わないからだ。

 そういった現実的な観点から見ると、ジルヴァの話は一部無理があるようにも思える。がしかし、何時もの飄々とした態度をかなぐり捨てて真剣に訴える彼の態度は嘘を付いているようにも思えなかった。 

 最終的にジルヴァの言い分を全面的に信用した私達は、彼の手引きを受けて――厳密にはシルバーランスが密かに設置した片道の転移魔法陣に乗って――東方のオリアス地方へとやって来たのだ。


 現在はジルヴァが指定した目的地に向かって進んでいる最中だが、大人数だと目立ってしまうという理由もあって先導者は彼とヘルゲンの二名のみだ。と言っても、どちらも腕の立つ優秀なナイツなので戦力的には心強いことに変わりない。


「それにしても……まさか、こんな事になるとは思いもせぇへんかったわ。なぁ、そう思わへんか?」


 ヤクトは貝殻に体重を預けた姿勢のまま、後ろから付いて来ているコーネリア(及び超馬力号)の方へと振り返った。王都に戻るよりも私達と一緒に行動して恩義を返すという理由で同行している彼女だが、本当の狙いは恋慕を寄せるヤクトにあるのは明白であった。

 そんなコーネリアはヤクトから投げ掛けられた質問に対し、平静を装いながら『大した事ではない』と言わんばかりに鼻先で笑った。


「別にこれぐらいはどうって事ありませんわ。それよりも……」苛立ちを含ませたコーネリアの焦れた視線がジルヴァの背中に突き刺さる。「何時になったら詳しい事情を御聞かせ願えるのでしょうか?」

「まぁまぁ、落ち着いてよ」ジルヴァは苦笑いを浮かべながら肩越しに振り返る。「それに関しては目的地に辿り着いたらちゃんと説明するからさ」


 それだけ告げるとジルヴァは何事も無かったかのように前方へ向き直る。ダンジョン踏破を成し遂げてから彼是一時間弱が経過しているが、未だにジルヴァから細かい情報は聞かされていない。

 どうしてオリアス地方にやって来る必要があるのか。そして貴族達がどうやってクーデターに成功したのか。ジルヴァ曰く『目的地で全てを明かす』との事なので、今は黙って彼の先導に従う他なかった。



 数時間後、穀倉地帯を抜けた私達はクロス大陸の東端に広がるシーラの森に踏み入っていた。

 白樺のような真っ白い樹皮に覆われた大木が無数に聳え、その根元では苔むした根っこが肥沃な大地を鷲掴むかのように張り巡らされている。頭上を見上げれば新緑の枝葉からなる天蓋が広がっており、緑掛かった木漏れ日が私達の頭上に降り注ぐ。

 しかし、これまでに体験した森林特有の圧迫感や恐怖感は存在しない。木々が適度な間隔で植えられているおかげで丁度良い開放感すら感じられ、それが結果的に万人を優しく受け入れてくれるような安らぎを齎してくれている。


 そんなシーラの森を悠然と突き進むと、やがて私達の前に中規模の村が現れた。シーラの森を開拓して作ったのだろうが、自然との共生を意識しているらしく人間の手は然程入っていない印象を覚える。入っていたとしても最低限に抑えられているのは間違いない。

 そして村の入り口では数十人に上る村人達が待ち構えていた。彼等の手には弓矢が握られているが、その矛先は私達には向けられていない。だが、何よりも私達が注目したのは村人達の耳だ。


「みんな、お耳がツンツンしてるー」

「こりゃ……ひょっとして、此処に居るのは全員エルフかいな?」

「そうだよ。此処はエルフ族が住まう秘境の村であり、ボク達が目指していた目的地でもあるのさ」

「此処が?」


 関心を持ったかのような眼差しで秘境の村やエルフを繁々と見遣るヤクトを他所に、魔獣から降り立ったジルヴァは出迎えに来ていた村人達へと近付いた。そして村長と思しき壮年のエルフに近付くと―――


「ただいま、父さん」

「おかえり、息子よ」


 ―――と、言い合って互いに親愛の籠った抱擁を交わした。これにはヤクトだけでなく、角麗やクロニカルドも思わず目を丸くしてしまう。


「息子やって!? ほな……!」

「うん、そうだよ。此処はボクの生まれ故郷さ」


 そう言ってジルヴァは茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。しかし、私達が受けた驚きはこれだけに留まらなかった。


「アクリルちゃん! ガーシェルちゃん!」


 出迎えていた村人達の奥から聞き覚えのある声がやって来たかと思いきや、程無くして彼等を掻き分けて一人のエルフの女性―――もといキューラ女史が飛び出て来た。

 そして他人の目もくれず、真っ先に私の貝殻へと抱き付いた。うん、相変わらずと言うか安定の態度にホッとしました。しかしながら、その表情には何時もの無邪気な喜びは無く、不安から脱却したばかりの安堵が目立っていた。


「あっ、キューラおねーちゃん!」

「きゅ、キューラ殿も!? い、一体どういう事なのですか!?」


 事態が呑み込めずに只々困惑する私達に対し、村長がやんわりと提案を投げ掛けた。


「ここで立ち話をするのもアレですね。私の家へ来てください、細かい話は其処でするとしましょう」


 エルフの村への進入を許された私達は、そのまま村長の家……もといジルヴァとキューラの実家へと案内された。その際にキューラ女史が―――


「はっ! これってひょっとしてガーシェルちゃん彼氏を家族に紹介するチャンスかも!?」


―――と言っていたけど全力で無視しました。傍に居たコーネリアが変態を見るような()眼差しを女史に投げ掛けていたような気が……まぁ、どうでも良いか。

 そしてヤクトを始めとする人々は村長の家へと上がり、図体の問題でエルフの住いに上がれない私と超馬力号は外で待機する事となった。因みにキューラは私と一緒に外で待つつもりだったようだが、大事な話があるという理由で父親とジルヴァに両脇を抱えられる格好で引き摺られていった。

 「ガーシェルちゃぁぁぁん……」と心底無念そうな叫びを残しながら家の中へと消えていく彼女を見送った私は、程無くしてエルフの村人が用意してくれた穀物を食べながら密かに家の中での会話に聞き耳を立てるのであった。



 ヤクト達の関心は“”という一点に占められていると言っても過言ではない。しかし、その関心も十人程度のミニパーティーが開けそうな村長宅の広間に案内された途端、別の角度から急浮上したある欲求に取って代わられた。


「自己紹介がまだでしたな、私は此処の村長を務めているジーグと申します。話も大事ですが、先ずは腹ごしらえが必要でしょう。遠慮は要りません、存分に食べなさい」


 地元の名産品である小麦で作られた大量のパン、森で採れた山菜や動物の乳をふんだんに使ったシチュー、瑞々しいサラダに香ばしく焼き上がった川魚。この森でしか食べれない御馳走が広間のテーブルにズラリと並び、彼等の食欲を大いに刺激したのだ。

 現に御馳走を目にしてからというもの、ヤクト達の腹からはグーグーと虫の鼾が鳴り響いている。しかし、それも無理ない話だ。ダンジョン内では持ち込める食材に限りがあり、あくまでも腹を満たす事を優先した味気ない食事が三週間近くも続けていたのだから。

 食欲の誘惑に打ち負かされたヤクト達は、テーブルに齧り付くかのように御馳走を堪能した。食事の礼儀マナーも忘れて一心不乱に貪る様は下品だったかもしれないが、村長やジルヴァ達は何も言わずに優しく見守ってくれていた。

 やがてヤクト達の腹が膨れて一息付いたところで――この時点で村長宅に案内されてから丸々一時間が経過している――、漸く本題である事態の核心が切り出された。


「……で、一体何が起こったんや? 貴族がクーデターを起こすのは理解出来るけど、それが成功するなんて余程の事があったんとちゃうか?」


 ヤクトが怪訝な眼差しをジルヴァに投げ掛ければ、彼は飄々とした上っ面の仮面を脱ぎ捨てたかのような真剣な面持ちを浮かべながら頷いた。そして両肘をテーブルに置き、その間に組んだ手に顎を載せながら喋り始めた。


「うん、そうだね。貴族達がクーデターを起こして王都を乗っ取った。これは間違いなく事実だよ。その直前まで姉貴も王都に居たからね」

「そうなんか?」


 ヤクトを始めとする全員の眼差しがキューラに突き刺さる中、彼女は俯き加減に頷いた。


「ええ、本当よ。突然貴族の私設軍が王都に雪崩れ込んできて、重要施設の尽くを占領してしまったの。都に住んでいた人達は何が何だか分からずパニックになっていたのを覚えているわ」

「しかし、よく無事だったな」

「幸いにもジルヴァが逃げ道を確保してくれたおかげで王都から脱出出来たの。あのまま王都に残っていたら、どうなっていた事か……」


 最悪の可能性を想像し、それを振り払うかのようにゆるゆると頭を揺り動かすキューラ。そして会話に一拍の間が生じたのを見計らい、ヤクトは次なる疑念を提示した。


「せやけど、一体どうやって王都を乗っ取ったんや? 王都には通常の軍隊に加えて王族を守る近衛軍、それに治安維持を主とするナイツも居た筈やろ? 貴族の私設軍とは言え、目の前で占領行為をし始めたら流石に黙ってられへんやろ?」

「うん、そうなんだけど……実は貴族達がクーデターを起こす前日にある事件が起きてたせいで王都の防備が手薄になっていたんだ」

「ある事件……と言いますと?」


 角麗が深刻な面持ちで聞き返すと、ジルヴァは暫しの間を置いてからポツポツと語り始めた。


「……事の発端は五日前の事さ。西海に突如として複数の軍艦で構成された艦隊が現れたんだ」

「ちょ、ちょっと待て!? 西海だと!?」


 クロニカルドの身体が跳び上がるように浮き上がり、広間に集まっていた人々の視線を一身に集める。


「どうしたのー、クロせんせー?」

「どうしたもこうしたもない! 西に広がる大海は凶悪無比の海魔獣が跋扈する事で有名な『死の海域』と呼ばれているのだぞ!? 其処を通ろうものならば万死を覚悟しなければならず、例え軍艦と言えども危険極まりない場所を通って来れる筈など―――まさか!?」 


 何かに気付いたかのようにクロニカルドの両眼があらん限りに見開かれる。そんな彼の思考を汲み取ったかのように、ジルヴァはコクリと頷いた。


「そう……あのドレイク帝国が『死の海域』を乗り越えて、クロス大陸へ攻め込んで来たんだ」



 西の海に突如としてドレイク帝国の艦隊が出現した……その一報は瞬く間にクロス大陸全土を駆け抜けた。但し、それは吉報ではなく凶報としてだ。

 ラブロス王国とドレイク帝国との間に国交は結ばれていない。そもそも両者の理念――ラブロスは多種族共存主義、ドレイクは人類至上主義――が根本から対立し合っている上に、後者は一方的な侵略行為を是としているのだ。相容れる筈などあろう筈がなかった。

 そしてドレイク帝国出現の報せを受けた国民達の反応は様々であった。ある者は王の不在を嘆き、ある者は無責任な楽観論を垂れ流す。中には他人の不安を意図的に煽り立てる愉快犯すら居た。

 そんな中で第二王子ことギデオン・ゼファード・ラブロスは国を……ひいては民を守るべく行動を起こした。クロス大陸に分散させている兵力を西側――アマゾネス達が住まう湿地帯方面を除く――に集結させ、ドレイク帝国の侵略を阻もうとしたのだ。

 しかし、相手は最先端の各種技術を軍拡に注ぎ込み、その圧倒的な暴力を武器に領土拡大を推し進めている軍事国家だ。仮にラブロス王国の軍事力を推し量る為の小手調べが目的だったとしても、その戦力が未知数である以上は油断禁物だ。

 そこでギデオンは念には念を入れて貴族達にも応援を要請したのだ。彼等が保有する私設軍と合わせれば、ドレイク帝国を完膚なきまでに打ち破るとまではいかずとも上陸を阻止する事は出来るだろうと考えての事であった。

 だが、この目論見は思いも寄らぬ形で破綻した。ギデオンが応援を要請してから三日後、貴族達は応援を寄越すどころか手薄になった王都に私設軍を送り込んでクーデターを起こしたのだ。


 不幸中の幸いと言うべきか、陣頭指揮を執るべく王都を離れて最前線に赴いていたギデオンは貴族陣営に生け捕られるという不名誉は免れた。が、これによって前門の虎(帝国艦隊)と後門の狼(貴族軍)に挟まれる格好になってしまい、一転して窮地に立たされてしまったのであった。



「……と、大体の経緯を述べるとこんな感じだね」


 そう語るジルヴァの言葉には若干……いや、かなりの憂鬱が含まれていた。しかし、彼の気持ちも分からないでもない。ドレイク帝国の侵攻と貴族陣営のクーデター、この二つの出来事が同時に起これば、誰だって雲行きの怪しい未来を案じて同じような反応を示すに違いない。

「ううむ、それにしてもドレイク帝国が未だに健在していたのも驚きだが、あの死の海域を乗り越えて来るとはな。となると、奴等は安全航路(セーフルート)を発見したと見るべきだな」

「安全航路?」


 クロニカルドの口から聞き覚えのない単語が出るや、知識欲旺盛なアクリルが早速食い付いた。


「安全航路と言うのは魔獣に遭遇しない航路ルートの事を指すのだ。しかし、そのような航路を探し出すだけでも多大な労力と膨大な時間が掛かる上に、ましてや死の海域ともなれば数多の人命犠牲が必要なのは言うまでもない」

「せやけど、ドレイク帝国ならやりかねんわ。あの国は人命よりも国益を重視する上に、人民に対して忠誠心を強要するさかいな。どれだけの人間が死の海域で亡くなろうが、上の連中は歯牙にも欠けへんやろうな」


 と、ドレイク帝国に対する個人的な印象を嫌悪感たっぷりに述べたヤクトは、「それよりも……」と言葉を綴って話題の方向を転換した。


「気掛かりなのは貴族側の動きや。ドレイク帝国が出現してからクーデターへ至るまでの流れがスムーズ過ぎる。まるで最初からこうなる事を狙って計画していたかのようや。おかしいと思わへんか?」


 ヤクトが同意を求めるかのように尋ねれば、何人かは首を振って肯定する。その一人であるクロニカルドからは「間違いない」という太鼓判まで飛び出した。


「この国の貴族が如何程のモノなのかは分からん。しかし、国家の危機に便乗してクーデターなぞ起こせば、帝国側の思う壺だという考えに思い至らぬ筈がない。それでも敢えてクーデターを起こしたという事は―――」

「ドレイク帝国と貴族陣営は最初から手を結んでいた……と考えるべきでしょうね」


 クロニカルドの言葉の続きを、角麗が憂い気な声色で補足する。しかし、貴族とドレイク帝国の話を続けても埒が明かないと悟ったのか、今度は自分達に関連する話を持ち出した。


「ところで、私達を此処へ招いた理由は何でしょうか? 貴族に占領された王都が危険だというのは分かりますが……他にも何か理由があるのでは?」

「ああ、勿論さ」ジルヴァが相槌を打つ。「実は此処へはキミ達以外にも客人を呼んでいるんだ」

「客人?」


 ヤクトが反射的に聞き返そうとした時、複数の足音が廊下の方からやって来た。それに反応して振り返れば、程無くして広間の入り口に物々しい武装を施した男達が現れた。

 しかし、彼等を見てもヤクト達は危機感を覚えなかった。何故なら彼等は王家を守る近衛兵だったからだ。そして広間に集まっていた人々の視線は、近衛兵に囲まれる形で守られている重要人物へと突き刺さった。


「ま、マリオン王妃!?」

「あっ、イーちゃん!」

「アクリルちゃん!」


 近衛兵に守られながら現れたのはマリオン・ラブロス王妃と、その息子であるイーサン・ラブロスであった。広間を埋め尽くす驚愕を無視するかのようにアクリルが友達の存在に気付いて駆け寄ると、イーサンも母親の手を離れて彼女と手を取り合った。


「こ、こら! 王家に対して無暗に触れるなど無礼にも―――」

「構いません、あの子の友達なのですから。寧ろ、子供の時間を邪魔をするのは野暮と言うものですよ?」

「はっ、失礼しました!」


 人一倍責任感の強そうな近衛兵が(アクリルの態度を見咎めて)二人の間に割って入ろうとしたが、マリオンの有無を言わせぬ鶴の一声に逆らえずスゴスゴと引き下がった。そしてマリオンは改めてヤクト達へと目線を結び直すと、両手を前に結んだまま軽く御辞儀した。


「お久し振りです、皆さん。こうして無事に再会出来たことを嬉しく思います」

「王妃も此方に来られていたんですか!?」


 ヤクトが訛りを置き去りにしたかのような標準語で問い掛ければ、彼女はコクリと頷いた。


「はい、皆さんよりも一日早く此方へ……。私達が貴族派の捕虜にならず、無事に逃げ延びれたのも義兄のおかげです」

「義兄……もしかしてギデオン王子ですか?」


 と、コーネリアが恐々と捕捉を付け足す。それに対し王妃は「そうです」と短く肯定した。そして身近にあった空席に腰掛けると、自分が此処へやって来た経緯を語り始めた。


「実を言うと義兄は最近の貴族派の動きに違和感を抱いていました。常日頃、陰湿な妨害工作に明け暮れていた貴族派が、今回に限っては何の横槍も入れず静観に徹している現状に。勿論、大人しくしてくれるならばソレに越した事はありませんが……それ以上に油断ならない不気味さを覚えました」


 そこでマリオンは躊躇いがちに一息置くと、再び言葉を綴り始めた。


「やがて西の海にドレイク帝国の艦隊が出現したという一報が転がり込むと、ガルタスを始めとする貴族派に動きが見られました。ドレイク帝国に対抗する為の戦準備とも取れますが、義兄は貴族派の手際が妙に良過ぎる事に疑問を抱いていました。

 思えば義兄が貴族派の狙いに勘付いたのは、この時だったのでしょう。それから私達は義兄が手ずからに選んだ十数人の近衛兵と一緒にエルフの村へと送り出されたのです。そして私達と入れ代わるように貴族達が鳴り物入りで王都を占領し、クーデターを成功させたのです」


 マリオンの話が終わると、広間には何とも言えない重苦しい空気が充満していた。大人の会話に付いて行けないアクリルとイーサンですら、重々しい空気を察したのか眉を顰めて不安気な面持ちを浮かべている。やがて重苦しい空気に抗うかのように、ヤクトが悪態を吐き捨てた。


「くそ、聞いているだけで胸糞悪い話やで……。折角、こちとら苦労してアクエリアスを手に入れたっちゅーのに……全部水の泡かいな」


 そう言ってヤクトはガックリと項垂れるように肩を落とした……が、何やら自分に突き刺さる無数の視線を感じ取ってパッと顔を持ち上げた。すると、マリオンや近衛兵達、ジークにジルヴァ、そしてキューラまでもがヤクトの身体に穴を開けんばかりに凝視していた。


「へ、な、何や?」

「や、ヤクトさん!」マリオンが座席から立ち上がる。「アクエリアスを手に入れたというのは本当なのですか!?」

「へ? あ、あー……」


 そこでヤクトは急迫する事態に意識を囚われ過ぎて、ダンジョンに関する情報を誰にも打ち明けていないという事実に気付いた。良く言えば打ち明ける機会タイミングを見失っていた、悪く言えば単純に忘れていただけなのだが。


「せやけど……」自分の口調に訛りが戻っていることに気付いて慌てて咳払いをする。「アクエリアスを手に入れても、王都が占領されている今だと国王陛下に会うのは至難では?」


 喜色に富んだ――明らかに期待を膨らましている――表情で見詰められる中、ヤクトは水を差すのも申し訳ないといった体で口を開いた。しかし、ヤクトの指摘で彼等の表情が曇ることはなかった。


「それに関しては心配には及びません。先程私達と言いましたが、実は他にも同行者がいるのです。今はこの場には居りませんが、彼等の大部分がある人の看病に付き添っております」

「………まさか!?」


 王妃が言わんとしている人物に思い当たった途端、ヤクト達の表情に驚愕が駆け抜ける。そしてマリオンは自信を持って頷いた。


「ええ、そのまさかです。このエルフの村にはラブロス国王陛下も来ておられるのです」


※因みにガーシェルの生まれ故郷も死の海域の片隅でございまする。

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