第187話 深まる謎
「う……」
「よぉ、目ェ覚めたか?」
麻酔が抜けたかのように重々しく見開かれたコーネリアの眼がヤクトを捉えた途端、彼女は病み上がりとは思えぬ反応速度でバッと起き上がった。
「や、ヤクトさん!? どうして貴方が此処に居るのですか!?」
「こらこら、病み上がりで無茶な動きするんやない」
そう言いつつヤクトは彼女を再度横たわらせ、起き上がった拍子に捲り飛ばされた毛布を掛け直してやった。コーネリアも彼の好意に従って毛布を受け取るが、その表情には顕著なまでの疑念と困惑が支配しており、彼女の代名詞である勝気は影を潜めていた。
「病み上がり? 一体どういう事なのですか?」
「覚えてへんのか? お前、この豪雪の中を魔力切れ寸前の身体に鞭打って歩いとったんやで?」
「ええ、それは覚えていますわ。自分の事ですからね」
バカにされていると感じたのか、覚えていると少々強めの語尾で言い返すと、少しだけ不機嫌な顰め面を滲ませた。彼女らしい本性を御目に掛かれ、ヤクトは密かに安堵の笑みを溢した。
「で、魔力が尽き果てる寸前で俺っち達と偶然出会った矢先に倒れてしもうたんや。クロニカルドの診断によると凍傷と魔力枯渇による過労状態やったそうや。もしも俺っち達と遭遇してへんかったら、今頃は凍死してもおかしくあらへんかった……っちゅー訳」
「そう……だったのですか」
事情を知るや不機嫌な顰め面を外したコーネリアは、仰向けに寝転がったまま暗闇に呑まれた天井を見上げた。と、そこで彼女は天井がある事実に気付いて「ん?」と眉を顰めた。
「あの、此処は何処なのですか? 何かの建物……いえ、空間のようですが?」
「うん? ああ、話をすると長くなるけど……簡潔に言えばウチの従魔のスキルで生み出された空間やな。兎に角、此処が安全なのは保障するわ」
「従魔? あのヘンテコな貝みたいな?」
「ヘンテコは余計や」その一言に笑いを忍ばせたのも束の間、すぐにヤクトは真面目な表情へと切り替える。「それよりも一体何があったんや? 従魔のシーホースも付けず、たった一人で猛吹雪の中を彷徨うなんて正気の沙汰やあらへんで?」
ヤクトの問い掛けにコーネリアは即答を避けた。しかし、感性豊かな表情がたちどころに曇り出したのを見て、只事ではない何かがあったのだとヤクトは悟った。言おうか言うまいか迷いを逡巡させた末、コーネリアは観念したように口を開いた。
「実は……一つ前の階層、あの沼地でとあるハンターチームに声を掛けられたのですわ」
「ハンターチーム?」
その言葉にヤクトを始め、二人から距離を置いていた角麗達の脳裏に共通の疑念が過る。しかし、コーネリアは私達の胸中に宿る不穏なんて気付く由もなく、そのまま言葉を綴った。
「彼等はこう言いましたわ。ダンジョン攻略を大前提に協力し合おう、最下層に辿り着いて目的を達成出来たら報酬を山分けしよう。そんな魅力も面白味もない、至って平凡な呼び掛けでしたわ」
「それに乗ったんか? コーネリアらしくあらへんな」
ヤクトが意外そうな面持ちで呟けば、コーネリアはバツが悪そうに表情を顰めた。
「当然、最初は疑いましたわ。ですが、私もソロで進むには厳しいと思い始めていた所だったので……渡りに船と思って申し出を受諾したのです。最初は何事もなく順調に進んでいました。しかし、この階層に達してから様子がおかしくなってきたのです」
「おかしくなったっちゅーと?」
「何と言いますか、余所余所しく……いえ、違いますわね。まるで私が組み込まれる以前から別の目論見が定まっていたかのように、私と彼等の間で線引きが顕著化し始めたのです」
「……それからどうなったんや?」
「一昨日の事です。何だかんだあって第五階層のボスに勝利し、次なる階層へ移ろうとした時でした。それまで親しげだった彼等の態度が一変し、突然襲い掛かって来たのです。幸いにも
「ほな、あの吹雪の中を彷徨っていたのは超馬力号を探す為か?」
「ええ、その通りです。私を裏切った連中を追い掛けるにしても、一つでも多くの戦力が必要ですからね。しかし、あの子を探している内に私も吹雪に惑わされてしまい……今に至ると言う訳です」
そこでコーネリアは無念そうな面持ちを浮かべながら言葉を撃ち切り、両者の間に沈黙が降り注ぐ。恐らくコーネリアが口にしたハンターチームは、十中八九他所のハンターチームに妨害を嗾けた違法チームであろう。
顔見知りが被害に遭ったと知ってヤクトの表情に怒りが浮かぶが、その一方で懸念も混在していた。コーネリアの話が事実だとすれば、違法行為を繰り返していたハンターチームが一足先に第五階層を抜け、第六階層に辿り着いてしまったという事になる。
果たして第六階層の下には階層があるのだろうか? もしも第六階層が最終階層であり、ハンターの風上にも置けない連中にアクエリアスを奪われてしまったら? そうなってしまったら全てが水の泡だ。
少なからぬ焦りが胸中に芽生えるが、かと言って先走った真似をして命を落としてしまったら元も子もない。
「……もう一つ聞いてもええやろうか? そいつらはどんな奴等やった?」
「そうですね……。私を誘った時にはエクシアというチーム名を名乗っていました。しかし、果たしてソレが事実なのかどうかは今となっては分かりませんが」
「チームの構成や規模は分かるか?」
「数は6人。剣士・魔法使い・修道士・盾使い・修道士、そして従魔士。典型的とも理想的とも呼べる有り体な組み合わせでしたわ。リーダーは剣士で、名前はオルバと名乗っていました。因みに従魔士が引き連れていたのはフレイムタイガーですわ」
「フレイムタイガー……火属性の上位魔獣やな」
と、そこまで会話が進むとコーネリアは少し辛そうに眉間に皺を寄せながら溜息を吐き出した。
「こんな目に遭うのでしたら手を組むべきじゃありませんでしたわ……。流石に軽率だったと言わざるを得ませんわね」
「せやから初めて会うた時に言うたやないか、信頼出来るパーティーを作れって。絶対に
ヤクトが呆れ顔で小言を呟けば、彼女はポカンと呆けた表情を浮かべた。しかし、「どないしたん?」とヤクトに追及されると慌ててそっぽを向いてしまう。
「別に……何でもありませんわ。それよりも――」そう言って話題転換するとコーネリアは再びヤクトの方へ振り返る。「裏切り者のハンターチームもそうですが、第五階層のボスにも気を付けて下さい」
「第五階層のボス?」
これから遭遇するであろう
「第五階層のボスはウェンディゴです。氷雪の悪魔という呼び名で知られる魔獣ですわ」
「ウェンディゴ……。聞いた事のある名前やけど、実際に会うた事はあらへんな」
そこでヤクトは肩越しにクロニカルドを見遣った。長年に渡って生き続けた年長者の知恵を借りようとしたのだろうが、クロニカルドもウェンディゴに関しての知識を持ち合わせていない――もしくはヤクトと同程度の認識――らしく力無く頭を左右に振った。
それからコーネリアはウェンディゴとの戦いの一部始終を語ってくれた。ウェンディゴは多種多様の氷魔法を駆使するだけでなく、第五階層に充満する寒気さえも凌ぐ圧倒的な寒波で相手を屈服させるという、氷雪の悪魔の名に恥じない戦い方を得意とするらしい。
「―――最後はハンターチームの主力である剣士がウェンディゴに火属性を付与した剣戟を与えて倒しました。少なくとも、私が有しているウェンディゴに関する情報はコレで全部です」
「氷魔法を駆使し、圧倒的な寒波で相手を屈服させる……か。コレを如何に征するかが攻略の鍵になりそうやな」
と、そこでコーネリアは疲労を滲ませた重い溜息を吐き出した。只でさえ病み上がりの肉体に鞭を打って、私達の為に有益な情報を吐き続けていたのだ。精神が疲弊して音を上げるのも無理ない。
程無くして押し寄せた睡魔に負けて深い眠りへと沈んでいった彼女を見届けると、ヤクトは仲間達の方へと歩み寄った。そして開口一番にコーネリアの話の信憑性に関しての意見を求めた。
「さてと、今の話やけど……どう思う?」
「嘘偽りを言っているような雰囲気ではなかったな。身体に負った傷などから見るに整合性は取れていると思える」
「では、事実であると?」
「恐らくな」
角麗が念を押すように尋ねると、クロニカルドは本の体を前後させるかのように頷いた。が、その一方で本の表紙を飾った髑髏は片眉を持ち上げたかのように歪んでいた。
「しかし、相手の思惑が分からん。相手は騙し討ちを常套手段とするような輩だが、一方でダンジョン攻略に参加出来るだけの力量を持った上位ハンター集団でもある。そのような輩が相手に思惑を悟られるという素人のようなヘマを踏むだろうか?」
「挙句にコーネリアを仕留め損ない、みすみす取り逃がしとるしな。確かに妙っちゃ妙かもしれへんけど、ダンジョンで野垂れ死ぬであろうと判断して捨て置いたっちゅー可能性もあるしぁ」
ヤクトと意見も一理あるが、クロニカルドは納得がいかないのか唸るような声を上げながら首を左右に振る。
「やれやれ、どんな憶測も正解に聞こえてしまいそうだ。とは言え、どれだけ頭を捻らせたところで答えに辿り着ける者は誰一人として居らんだろうがな」
「せやな」クロニカルドの言葉に相槌を打つと、ヤクトは肩越しにコーネリアを見遣った。「それに……あんなボロボロの状態やと暫く戦うのは無理っぽいしな」
「体の傷はアクリルが治したよー?」
アクリルがこてりと首を傾げながら呟けば、ヤクトは困ったような笑みを綻ばせた。
「身体の傷の話やあらへん。持っている武器のこと、そして精神……心のことや」
「心?」
「敵の攻撃を凌いだとは言え、その後は猛吹雪の中を彷徨っていたのだ。それも魔獣が犇めくダンジョンの中をな。恐らくコーネリアは碌に睡眠も取らないまま、従魔を探し続けていたに違いない。常人ならば数時間も保たないであろうが、そこは彼女のタフネスでカバーしていたのだろう」
「要するに今の彼女は疲れ果てており、身動きを取るのも難しい……という事ですね」
クロニカルドの難しい説明に顔を顰めるアクリルを見て、角麗が分かり易く言い換えて助け船を出す。それを聞いて今度こそアクリルも理解したのか、「そっかー」と間延びした納得の声を上げた。
「しかし、一つだけ判明した事実もある。彼女が
「それが分かっただけでも御の字やな。あとは……」
そこでヤクトの言葉は止まったが、この場に居る全員が彼の言わんとしている事を理解していた。コーネリアを嵌めた連中よりも先にアクエリアスを手に入れなければならない。自分達の為に、そしてアクリルの為に。
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