第十章 ダンジョン攻略編

第171話 第一階層

※今後の展開に沿うよう第169話のイゴールとガルタスの会話を修正しました。



 入り口を潜り抜けて内部へ足を踏み入れると、選抜試験で見た時と同じ風景が私達を出迎えてくれた。両側の壁――大人の背丈を少し超す程度の高さ――にはトーチが直接取り付けられており、一定間隔で灯された炎のライトが私達の進む道を照らしてくれている。

 暖色に染まった石造りの遺跡は何処となく神秘的な雰囲気が漂っており、そこへ土足で踏み込む事に躊躇いや罪悪感が芽生えてしまいそうだ。しかし、そんな私の感情論はダンジョンの奥から木霊する激しい鍔迫り合いや魔法による爆発を始めとする戦闘音によって一掃された。


「どうやら一足先にダンジョンへ飛び込んだ連中は、派手にドンパチやっているみたいやな。せやけど、これほどに派手な戦闘音から察するに……」

「どうやらダンジョンに生息する魔獣が活発に活動しているみたいだな」


 ヤクトの台詞を引き継ぐ形でクロニカルドが結論を下す。しかし、選抜試験で(ダンジョンに足を踏み入れながらも生還したハンター達の意見を参考にして)再現されたダンジョンでは罠魔法がメインだった。なのに、今のダンジョンでは魔獣がメインとなっている。

 そんなコロコロとダンジョン内部の事情が変化するなんてあり得るのだろうか……と、内心で疑問を抱いた矢先、私の気持ちを汲み取ったかのように角麗が代弁してくれた。


「しかし、選抜試験の時は罠魔法が主要だった筈です。そんな簡単にコロコロと変わるものなのですか?」

「ああ、変わるとも」クロニカルドが断言する。「ダンジョンというものは、言い換えてしまえば魔力の溜まり場だ。その魔力によってダンジョン限定の魔獣が誕生する事もあれば、或いは仕掛け魔法が生み出されたりする事もある。まぁ、要するに何が起こってもおかしくないという訳だ」

「どちらにしてもダンジョンを踏破する事に変わりはあらへん。ほな、ガーシェル。早速やけどパパッとダンジョンの地図を作製してな」

『了解しました』


 ヤクトに言われた通りパパッとマッピングを完了させると、脳内に描かれた地図に意識を落とす。流石に選抜試験で再現されたダンジョンと比べて完全に一致とまではいかないが、それでも7割近くが一致しているのは正直驚きの一言に尽きる。

 そんな感心を抱きながら地図を端から端までじっくりと見回し、既に活動しているハンター達と(なるべく)出くわさないよう配慮しつつ、且つ最短距離でゴールに辿り着けるルートを導き出す。


『完了しました。最短ルートで一階のボス階を目指します。選抜試験の時と比べて一部異なるルートもありますので、注意してください』

「おっしゃ、任せとき」



「「「キィィィィ!!!」」」


 黒板を引っ掻くような金切り声を立てながら、四枚翼の吸血蝙蝠バットヴァンピールの群れが押し寄せてくる。ダンジョンの天井一帯を埋め尽くすほどの大群だが、一匹一匹の大きさは30cmにも満たない上に能力も高くない。結論から言えば、今の私達の敵ではなかった。


煉獄鳥ヘルバード!」


 巨大な怪鳥を模った炎の塊がアクリルの指先から飛び出し、バットヴァンピールの群れを呑み込んだ。炎の中で一瞬だけ蝙蝠達の影が陽炎のように揺らぐも、程無くしてホロホロと崩れ落ちて原形を留めぬ塵と化した。

 そして煉獄鳥が飛び去った後、嘗てバットヴァンピールだった黒焦げた僅かな灰に混じって、バットヴァンピールの体内に宿っていた魔石、それと何故か瓶詰めされた赤い液体が頭上から降って来た。


「ねぇねぇ、クロせんせー。何か魔石とか赤い液体が入った瓶が落ちて来たよー?」

戦利品ドロップアイテムだな」

「ドロップ?」

「ダンジョンで誕生した魔獣は、野生と異なり特殊な存在なのだ。野生魔獣は倒された後も暫くの間であれば原型を残し続けるが、ダンジョン魔獣はあっという間に跡形も残さずに四散する。その代わり一定時間が経過すれば、何事も無かったかのように復活するのだ」

「じゃあ、どんだけ頑張って倒してもダメってことなのー?」

「根絶させるつもりならば、どれだけ頑張っても努力の無駄だな。しかし、経験値稼ぎ……即ち、レベル上げには持って来いだ。それにダンジョンで得られる魔石やドロップアイテムは希少価値が高い。戦って勝利を重ねても損は無い筈だ」


 ほほぅ、ダンジョンに生息する魔獣にも特性があるんですね。それは勉強になりました。そういえば魔石や塵芥と一緒に振って来た瓶詰された赤い液体は何だろうか……と、気に掛かったので鑑定スキルでこっそりと調べてみた。


【純血:バットヴァンピールの体内で濾過された血液。全ての血液型に輸血する事が可能であり、医療品として重宝されている】


 おお、意外と有能なアイテムだった。とは言え、医療に関する心得を持っている人も居ないので使われないだろう。コレは後々で売り払われるかな。

 そして一緒に落ちていた魔石――小振りだが30個以上もあった――も当然の如く回収し、私達は順調にダンジョンを進んでいった。


 その後は他愛ない雑魚魔獣を返り討ちにしたり、巧妙に仕掛けられた罠魔法を解除したりと順調に進んでいく。そして最短ルートに従って本日五度目となる曲がり角に差し掛かろうとした時、その先から激しい戦闘音が聞こえてきた。

 こっそりと曲がり角から顔を覗かせると、通路の先では一組のハンター達が闘牛のような逞しい二本角を生やした巨大タランチュラと対峙していた。どれくらい巨大かと言うと、その巨躯を以てして広い通路を塞いでしまう程だ。


「ほぅ、鬼蜘蛛オーガチュラか。あのような強力な魔獣をも生み出すとは、中々に面白いダンジョンではないか」

「あの魔獣について何か知ってるんか、クロニカルド?」

「うむ。あの魔獣は見ての通り巨体な上に怪力持ちだ。直接戦闘で渡り合うのも至難だが、特に厄介なのはアレが吐き出す糸だ。それに捕まったら最期、永遠に抜け出せぬ。そして生きたまま捕食されてしまうのだ」

「うへぇ、そりゃ面倒やな……」

「あっ!」


 と、そこでアクリルが短い悲鳴を上げた。それに釣られて全員が彼女の見据える先に目線を飛ばせば、対峙していたハンターの一人がオーガチュラの吐き出した蜘蛛糸に捕まって身動きを封じられていた。

 仲間の剣士が蜘蛛糸の繭に閉じ込められた魔法使いの傍へ駆け寄り、愛用の剣を振り下ろして繭の破壊を試みる。しかし、繭は断ち切られるどころか最高級の羽毛クッションみたいに剣の刃を優しく受け止めた。

 剣士は舌打ちを溢し、繭に食い込んだ剣を引き抜こうとする。だが、不意に見えない何かに引っ掛かったかのように剣がガクンッと揺れ動いて急停止する。よくよく見ると、繭を破壊しようとした時に付着したと思しき無数の蜘蛛糸が剣の刃に絡み付いていた。

 剣士は蜘蛛糸を力任せに引き千切ろうとしたが、想像以上に頑丈で柔軟性の高い蜘蛛糸の前では無意味に等しかった。それどころか剣に意識を囚われ過ぎたのが仇となり、彼自身もオーガチュラが吐き出した蜘蛛糸の餌食となってしまう。

 こうして後衛の魔法使いと前衛の剣士が潰され、残るは巨大な盾を両手に持ったタンクと、不精髭を生やした弓使いアーチャー、そして暗殺者とも盗賊とも取れる魅力的な褐色肌の女性のみだ。

 どれも決定的な攻撃力を持たない上に、タンクに至っては足元を蜘蛛糸で封じられて碌に身動きの取れない状態だ。このままでは全滅するのも時間の問題であり、子供のアクリルでさえも彼等の危機的状況を重々理解していた。


「あの人達、危ないよ! 助けないと!」

「ちょい待ち、姫さん。勝手に行ったらアカン」


 と、慌てて駆け出そうとするアクリルの首根っこをヤクトがむんずと掴んで引き止める。引き止められたアクリルは不満と不安を共存させた表情で振り返り、肩越しにヤクトを見上げた。


「どうして行っちゃダメなのー?」

「ダンジョンにも幾つかのルールがあるんや。その中の一つに、誰かが戦っている時に不用意に助太刀したらあかんっちゅールールがあるんや。これは下手に助けて魔獣を倒した時、その分け前で揉めるのを避ける為や」

「じゃあ、あの人達を放っておくの?」

「まさか!」ヤクトはおどけたように声を上げる。「それはあくまでも相手が対等な戦いをしていた場合や。こういうピンチの時には―――」


 そこでヤクトは言葉を切り上げて、曲がり角から踊り出すのと同時に大声を張り上げた。


「おおーい! 大丈夫かー!?」


 ヤクトの声に戦っていたメンバーがバッと一斉に振り返る。誰もが表情に疲弊と焦燥を滲ませていたが、ヤクトの登場に伴い重苦しい空気が四散していくのが見えた。まるで一筋の希望に縋るかのようにタンク役の男性が大声で返した。


「スマン!! 手を貸してくれ!! あの大蜘蛛から得られるドロップアイテムは全てくれてやる! 二人もソレで良いな!?」


 タンクの言葉に他二人もコクリと頷く。ヤクトは了承を意味する溌剌とした笑みを浮かべると、彼に倣って曲がり角から出て来ていた私達の方へ見遣った。


「そういう訳や! 手伝うで!」

「心得ました。しかし――」角麗は壁や天井に付着する蜘蛛糸の束に、嫌悪の眼差しを注いだ。「あの蜘蛛糸は厄介そうですね。下手に近付いて蜘蛛糸で雁字搦めにされるのは御免です」

「確かにアレが吐き出す蜘蛛糸は強靭だが、高熱には弱い。つまりは炎だ。ガーシェル、任せたぞ」

『分かりました。焦炎槍ショットランサー!!』


 クロニカルドに一任されて前へと出た私は、前方に突き出た火口から文字通り白熱する鉄槍を撃ち出した。ミサイルのように後部から火花を撒き散らしながら発射されたショットランサーを撃ち落とそうと、オーガチュラは口元から放射状の蜘蛛糸を吐き出した。

 大抵ならばどんな物をも絡め取ってしまう強靭な蜘蛛糸だが、ショットランサーが纏う高熱に触れた……いや、触れる寸前で糸の束はドロリと飴細工のように溶け落ちた。そして焦炎槍は吸い込まれるようにオーガチュラの小さい胴体を串刺しにし、その巨体を通路に縫い付けた。


「ギィィィィィ!!!」


 甲高い悲鳴を上げながら必死にもがくオーガチュラだが、石畳の地面に深々と突き刺さった槍は相手の思惑とは裏腹に中々に抜けない。相手が激痛やら苦痛やらで身を捩らせている隙に、触腕の先端に灯したバーナー状の炎で繭の表面を焼き切り、閉じ込められていた剣士と魔法使いを救出する。


火炎泡モロトフ!』


 (救出対象者を含めた)味方に危害が及ばない事を確認したところで、私は灼熱に貫かれたオーガチュラ目掛けて火炎泡を投げ付けた。これはバレーボールサイズの泡魔法の外に炎を纏わせ、中には大地魔法と重力魔法で作り出した石油を閉じ込めたものだ。

 ここまで言ってしまえば大体予想が付くだろう。そう、火炎泡は現世で言う所の火炎瓶の真似事だ。但し、火炎瓶に含まれる燃料が約500㎖~1ℓぐらいだとしたら、私の放った火炎泡は一つの泡につき10ℓ以上も含まれている。

 そして触腕の円口から撃ち出された火炎泡は、綺麗な弧を描いてオーガチュラに着弾する。その衝撃で泡がパチンと弾け、内部に閉じ込められていた石油がオーガチュラの身体を濡らす。そして泡の表面に張り付いていた炎が細かな火の粉となって降り注ぎ、燃料と結び付いて業火の絨毯が完成する。

 あっという間に炎に包み込まれたオーガチュラは耳障りな悲鳴を上げていたが、徐々に小鳥の囀りみたいに弱まっていき、最終的には物言わぬ焼死体と成り果てた。

 ドロップアイテムまで燃えてしまわないかとヒヤヒヤしたが、オーガチュラの死亡が確定した途端に死体と一緒に炎も四散したので大丈夫だった。因みにドロップアイテムは鬼糸と呼ばれる強靭な糸(大樽三つ分)と、オーガチュラが体に纏っていた甲殻の一部であった。



「申し訳ない。ダンジョンで助けられてしまうとは、私もまだまだだな……」


 そう言って私達に感謝の意を込めて深々と頭を下げたのは、先程救出した剣士のデナンだ。他の仲間達からは『命が助かっただけでも御の字だ』とフォローを受けるが、生真面目で上昇志向の強い性格なのか今回の失態を心底悔しがっている。


「せやけど、選抜試験に合格したんやろ? それだけでも十分胸を張ってもええと思うんやけどなぁ」

「ははっ」乾いた笑い声を溢して首を横に振るデナン。「合格したと言っても、正直なところ運頼みで掴み取った合格だよ。最後の最後でウチの魔法使いが放った一か八かの特大魔法が成功しなければ、私達は此処に立っていないだろう」


 と、そこでデナンは気持ちを切り替えたかのように胡坐の姿勢から立ち上がり、私達がやって来た方角に向かって歩き出した。他の仲間達もリーダーに付いて進み出したのを見て、ヤクトは思わず声を掛けた。


「おいおい、どこへ行くんや? 進むんやったらコッチやで?」

「いや、私達は此処で引き上げるよ。もしかしたら一階ぐらいは辛うじて突破出来るかもしれないと思っていたのだが、流石に見通しが甘過ぎたようだ。今回はリタイアだが、また腕を磨いて出直すとするよ。今度は個人的にね」

「そうか……。ほな、気を付けてな」

「ああ、キミ達も気を付けてな。っと、言い忘れていた。我々のチーム名は『薄明りの希望トワイライトホープ』だ! 地上で会ったら御礼も含めて一杯奢らせてもらうよ!」


 そう言い残してトワイライトホープは来た道を戻り、私達の前から去って行った。一方の私達はオーガチュラが塞いでいた通路の先へと進み出し、ダンジョン一階の最奥を目指した。

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