第136話 ナイツの事情

 東の彼方から朝日が昇り、美しいまでの菱形を模った王都を金色の光で染め上げる様は、さながら宝石のようだ。王都では王族が住まう王城を除いて高層物の建築は禁止されている為、太陽の光が隅々にまで行き渡るという市民に優しい都市設計となっている。

 そして太陽の光はナイツの敷地に設けられた専属の獣舎にも届いており、私の背後にある小窓からオレンジ色の光が差し込むと他の魔獣達も目覚め始めた。

 広大な敷地に合わせて作られた獣舎は飛行機の巨大格納庫ハンガーを彷彿とさせ、大型魔獣も十分に寛げる空間スペースが確保されている。石灰岩を綺麗に削って整えた石畳が敷かれ、壁から柱から天井に至るまで最高級木材として知られるビッグウッドがふんだんに用いられている。

 そんな立派な獣舎に住まう魔獣達はナイツが所有する従魔相棒であり、従魔契約を結んだ事を意味する五芒星の証に付け加えて、首元にはナイツの紋章が描かれたメダル付きの首輪が取り付けられている。

 やがて太陽が顔を出し切ったのと同時に、発馬機のように各魔獣を収容したスペースに設けらえた鉄柵が一斉に開放された。それと同時に魔獣達もぞろぞろとゲートを潜って外へと向かうが、訓練による賜物なのか彼等の足取りは整然としていた。

 私も彼等の後ろに付いて行く形で獣舎を後にし、朝日に照らされた敷地へと踏み出した。嘗てのテラリアにあった魔獣専用の広場が牧歌的な牧場だとすれば、此方は自然溢れるサファリパークという言葉がピッタリだ。

 人為的な手入れを最低限に留め、自然体を優先した風景はサバンナの草原を彷彿とさせる一方で、少し進めば木々が生茂るジャングルや泥土が多い沼地など魔獣達が好む生活環境が整えられている。

 そして私が目指す先は当然水辺のエリアだ。水は魔獣達にとって生命の源という事もあって、獣舎を出た目と鼻の先に設けられている。私が辿り着いた時には既に大勢の魔獣達が集まっており、直接口を付ける者が大半を占めるが、植物型の魔獣は足元から伸ばした根のような触手を水につけてゴクゴクと水を吸い上げていた。

 私も適当なスペースを見付けて水辺に寄ると、水分摂取用の吸水舌を伸ばして水をちゅーちゅーと吸い上げる。こうやって何の気兼ねもなく水を飲むのは久し振りだ。

 今までの旅路では水場を見付けるだけでも一苦労だった上に、かと言って持ち運べる量にも限度があったから満足に飲むことは滅多に無かった。なので、こういう場所は今の私には有りがたい事この上ない。

 やがてたらふく水を飲んでホッと一息付いた頃には、水分補給を終えた魔獣達も各々の好きな環境を目指して立ち去っていた。中には大空へと飛び上がるワイバーンも居るのか、王都から飛び出さない辺りを見ると調教されているらしい。

 立ち去っていく彼等を見送った私は、一人寂しく……いや、一匹寂しくサバンナ川のように広大な水辺にプカプカと浮きながらポツリと呟く。


『アクリルさん達はどうしていますかねぇ……』


 実を言うと地下街での騒動が終結してから、既に一週間が経過している。シルバーランスの大隊長であるジルヴァとの出会いを果たしながらも、肝心なこと――アクリルの本当の両親に纏わる話――は何一つとして聞けていない。

 と言っても、ジルヴァが彼等との会話を拒絶している訳ではない。地下街での後始末やら容疑者の取り調べやら、そこで得た情報から派生した調査任務やらのナイツの職務が山積しており、アクリル達と腰を据えて話し合う時間を設けるには最低でも一週間は必要だという、ちゃんとした理由があるからだ。

 その間にアクリル達は王都にあるナイツ総本部の施設内に設けられた、来賓用の宿舎に寝泊まりしている。アクリル曰く『部屋はこんなに大きいし、すごく大きいオフロがあるし、すごいフカフカのベッドがあって楽しかった!』とのことだ。御満悦なのは十分ですが、ベッドの上で燥いじゃいけませんよ。

 そして今日はいよいよジヴァが言っていた一週間の節目だ。アクリルの両親に関する話を聞ければ良いのですが……そう願いつつ私の眼差しは獣舎の裏手にあるナイツの本部が置かれた建物へと向けられていた。



『三階の会議室へ来て欲しい。そろそろ話をしよう』


 ジルヴァの伝言を請け負った女性ナイツがヤクト達の元へとやって来たのは、朝の十の刻午前十時に差し掛かろうとしていた時だった。彼からの伝言を聞いた時、ヤクトは『いよいよか』と内心で気構えた。恐らく、そんな心境を抱いたのは誰もが同じであったに違いない。

 そして女性ナイツの案内を受けて本部の三階にある会議室へと通されると、既にジルヴァとヘルゲンが円卓に腰を下ろして待ち構えていた。

 二人とも最初に出会った時のような銀鎧ではなく、ナイツ所属を意味する黒を基調とした制服を身に纏っている。肩や手首には銀糸で刺繍された装飾が煌きを放っており、まるで軍服のように威厳と美しさを際立たせていた。

 ヘルゲンはナイツとしての威厳をより一層高めていたが、ジルヴァの方は中性的な容姿と相まって男装の麗人さながらの美しさと凛々しさが両立している。尤も、ヤクト達の中でジルヴァの性別を知る者は居ないのだが。

 室内は窓一つない完全に密封された空間であり、調度品すらない殺風景な場所であった。また天井に設けられた円形カバー付きのライトストーンによる白い光と、同色の壁が殺風景さをより一層際立たせている。


「おはよう、そして朝早くから此処まで来てくれて本当に有難う。とりあえず適当に座って頂戴」


 ニコリと気さくに微笑みながら着席を促すと、湾曲したテーブルの端に設けられた座席にヤクトとアクリルが揃って腰を下ろす。クロニカルドに至っては下ろす腰など無いが、アクリルを挟むように彼女の隣の席――というか円卓の上――に身を置いた。そして三人が腰を据えたのを見計らい、ジルヴァが口を開いた。


「本来ならば此方から出迎えないといけないのに、態々御足労頂き申し訳ない」

「いや、ええんや……」と思わず故郷の口癖が出そうになり、ヤクトは慌てて修正する。「――良いんです。俺っち達の方こそ、ご迷惑をお掛けして申し訳ない。地下街の一件で多忙を極めている中で、態々貴重な時間を割いてくれただけでも有難い話です」

「いやぁ、そんな事ないよ。確かに忙しいけどさ、こうやって仕事を忘れて会話が出来るだけでも十分に息抜きになるし。寧ろ、僕としてはずーっと会話をしていたい―――」

「ジルヴァ大隊長?」


 にっこり……と呼ぶには様々な圧が強過ぎるヘルゲンの笑顔に、ジルヴァは鬱陶しそうに溜息を吐いた。


「はぁ、良いじゃんか~。ここんところ執務室で缶詰め状態なんだしさぁ。本音をブチ撒けると外に出たい! 戦いたい遊びたい! 出来ればガーシェルちゃんと!」


 突っ伏しながらバンバンと両手で円卓を叩く姿はダダを捏ねる子供そのもので、流石のヤクトもコレには苦笑いを浮かべ、補佐官を務めるヘルゲンも苦労人を連想させる呆れた吐息を静かに溢しながら首を左右に振った。

 そして彼の言う『遊ぶ=戦い』の図式に気付いていないアクリルは、前者の部分に同意するかのようにうんうんと真剣に頷く。


「ガーシェルちゃんとあそぶの面白いよねー」

「あっ、アクリルちゃん分かってくれる!? そうだよねぇ、あの子頭が良いし遊んでいても全然飽きないしさぁ。そうだ、今度訓練場にガーシェルちゃん引っ張ってっても良い? あそこなら遊ぶに適した場所だし―――」

「大隊長、これ以上話を逸らすのならば職務を五倍増しにしますが?」

「早速本題に入ろう」


 流石は補佐官、大隊長の扱いに長けてらっしゃる……と内心で拍手を注ぎながらも、すぐにヤクトの意識はヘルゲンからジルヴァの方へと移り変わる。


「キミ達も知っての通り、アクリルの育ての親……つまりガーヴィンは私達の仲間だった。そしてアクリルを育てる為に部隊を離れ、故郷のパラッシュ村に妻のメリルと一緒に戻ったんだ」

「そして五年後に黒尽くめの連中に襲われて、姫さんは両親が遺したメッセージを頼りに王都までやって来た……」


 あの村での一件を思い出しているのだろうか。しょんぼりと落ち込むように俯いたアクリルの頭には悲し気な色が揺蕩っていた。そんな悲しみを慰めるようにヤクトはアクリルの頭を優しく撫でる一方で、真剣な眼差しでジルヴァに訴えた。


 アクリルの両親とは誰なのか? そして彼女は誰に狙われ、何故狙われなければならないのか?


 彼の目線越しに投げ掛けられる疑問の数々に応える前に、ジルヴァは軽く深呼吸すると吐息代わりに言葉を吐き出した。


「まず順序を追って話そう。私達がアクリルの危機に気付いたのは、パラッシュ村が消滅したという報を受けた時だった」

「消滅した?」


 壊滅ならばまだしも、消滅とは如何に? ヤクトが怪訝そうに眉を傾げながら表情で尋ねると、ジルヴァは頷きを以てしてコレに応える。


「そう、まるで突如として更地となったかのように、その場には何も残っちゃいなかった。人はおろか建物すらも。そして誰も居ないという事は目撃者が居ないということ。何も無いという事は証拠が出ないということ。ナイツの捜査はあっという間に手詰まりに陥った」

「しかし、貴様達はアクリルの事を詳しく知っているようだが……何故なにゆえに保護と言う選択を取らなかったのだ?」


 クロニカルドが事実を指摘すると、ジルヴァは苦虫を噛み潰したような苦々しい顔を浮かべる。だが、クロニカルドの問いに答えたのは彼ではなく、補佐官のヘルゲンであった。


「お恥ずかしい話なのですが、ナイツと一言で言っても一枚岩ではありません。世間一般で起こる事件の調査を主するホワイトナイツ、海難事故や海辺でのトラブルにあたるブルーナイツと言った具合に、裏を返してみれば複数の組織に派生しているのです」

「治安維持と国家安泰という理念こそ共通してるけど、其の実は縄張りだの実績だのと派閥競争が激しい。様々な規定ルールが導入されたおかげで表沙汰になるようなトラブルは激減したけど、水面下では未だに不仲や不信と言う名の火種が燻ぶってるのさ」


 そう言ってジルヴァはやれやれと両肩を竦めた。


「即ち、アクリルを保護したくても、下手をしたら他所のナイツの権限を侵す事に繋がりかねない。そうなれば規定違反だと難癖を付けられた挙句、保護したアクリルに注目が集まってしまう。それだけは避けねばならないと対策を練っている内に、後手に回ってしまったのです」


 両方の眉をへの字に曲げたヘルゲンが申し訳ない口調でナイツの裏事情を告げると、ヤクトは気難しい表情で腕を組んだ。どの組織にも派閥争いや競争はあってもおかしくないと一定の理解こそ出来るが、そのせいで助けが遅れたのかと思うと憮然としないでもない。

 しかし、決して向こうに悪気があった訳ではなかったのもまた事実だ。ヤクトは気を取り直して、真っ直ぐに彼等を見据えた。


「それからどうしたんですか?」

「シルバーランスに対して友好かつ協力的なナイツ組織に協力を要請して、アクリルを保護して貰う事にしたよ。だけど、それを出した頃にはキミ達は村を出立した後だったけどね」


 その後はどうなったのか……と声に出して聞かなかったものの、ヤクトは大体予想が付いた。恐らく、ジルヴァが要請したナイツ組織はアクリルを探して奔走してくれたに違いない。しかし、彼等の奔走を以てしても自分達の旅路を把握するのは無理だと断言出来る。

 クロニカルドが眠る地下ダンジョンに落下し、アクリルの従魔許可証を手に入れる為にテラリアへ行き、今度はアクリルにかけられた呪いを解呪する為にアマゾネスが住まう湿地帯に向かい……。

 この三ヵ月の間にあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返したのだから、ナイツと入れ違いになったとしても何らおかしくない。最終的にジルヴァ達と直接会う事が出来たから良かったものの、下手をしたら命を落としていたかもしれない。


「……で、そろそろ聞かせて貰おう。アクリルの両親に関する話を」


 クロニカルドが本題に切り出した途端、アクリルはパッと顔を上げてジルヴァ達を見た。その眼には不安と期待が混在しているが、真っ直ぐに見据える眼差しはジルヴァの言葉を一つも聞き逃さないという彼女の意思が込められている。


 そしてジルヴァは軽く深呼吸をし、数秒ほどの沈黙を置いた後に―――口を開いた。


「申し訳ない。実は僕も知らされていないんだ」

「「「え?」」」


 ジルヴァの台詞に三人の口から飛び出たのは、衝撃を通り越して呆気に取られる泡沫のような呟きであった。

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