第121話 バトルロワイヤル
「さぁ、始まりました! 滅多に見ないバトルロワイヤル戦ですが、早速戦いは二つに分かれました! グルズリーVSジュボック! ロックシェルVSモスヒート! それぞれの戦いに目が離せません!!」
いやいやいや、目が離せないじゃないですよ。こっちは生きるか死ぬかが掛かっているんですよ―――なんて文句を言ったって向こうが聞き入れてくれる筈が無いし、此処から私の声が届く訳でもない。吹き出しにしても良いけど、逆に変な目で見られそうだから止めておこう。
司会者が言う様にバトルロワイヤルと称された私を含めた四匹の魔獣の戦いは、二手――グルズリー対ジュボックとロックシェル対モスヒート――に分かれて現在進行形で繰り広げられている。
一対三にならなくて良かったと思う一方で、逆に三対一になれば良かったのにと欲張る自分が居る。まぁ、そう簡単にはいきませんよねぇ。
グルズリーとジュボックは互いの巨体を密着し合わせ、猛獣同士の力比べのような構図になっている。付け入る隙……というか両者の間に割って入れそうな隙間も無いが、図体も力も互角の二匹が拮抗状態に陥って動けないのは私にとっても好都合だ。これでモスヒートに専念する事が出来る。
(……とは言え、相手は私の苦手なタイプなんですよねぇ)
何時ぞかに戦ったヘルスタッグ以上に空中戦に特化したモスヒートは激しく燃え上がる炎の羽を蛾のように羽搏かせ、金網に囲まれた狭き空を舞っている。そして此方を見下ろすように首を下げると、口元に寄せ集めた炎が帯状に伸びて襲い掛かってきた。
『ウォーターバリア!』
自分を覆い隠すように張り巡らした水のドームに、高音を纏った火炎放射が浴びせ掛けられる。鬩ぎ合うような激しい蒸発音がバリアと火炎の間から立ち上り、ドームの表面が薄らと沸騰するが、バリアが破られる気配は見当たらない。
「早速モスヒートは火炎放射でロックシェルを襲撃! しかし、これをロックシェルはウォーターバリアでいなしました!」
うん、態々説明してくれて有難う。そして火炎放射が途切れるのと同時に此方もバリアを解除して、貝殻から覗かせた二本の触腕の先端を頭上で滞空し続けるモスヒートに向けた。
『ウォーターライフル!』
くぱっと三脚状に割れた触手の先端に円口が現れ、そこから水の砲弾が高速で撃ち出される。しかし、モスヒートは私が触腕を出した時点で警戒しており、発射された水弾を難なく躱すと更に上へと上昇していく。
「ギリリリリ!!」
そして天井スレスレに辿り着くや燃え盛る羽を大きく広げ、そこから爆撃を彷彿とさせる大量の火球が降り始めた。無数の火の玉が間断なく降り注ぐ様は集中豪雨のようだが、幸いにも一発一発が非常に軽くてウォーターバリアを突き破る程ではなかった。
するとモスヒートも自身の攻撃が然程効いていないと実感したのか、途中から火の雨を量重視から質重視へと切り替えた。これによって猛烈な雨は穏やかな雨へと勢いを弱めたものの、燃え盛る雨粒は三倍近くにも巨大化していた。
自慢のバリアを以てしても流石にコレは耐え切れず、瞬く間にバリアを構成している水のドームが削り取られていくかのように薄くなっていく。そして遂にバリアが限界点を迎え、泡沫が弾けるように消し飛んだのと同時に巨大な火の玉が私に直撃した。
『あちちちちち!!』
「おおっと! モスヒートの火球がロックシェルのバリアを貫いたぁ!! 硬い岩盤で守られているとは言え、流石に炎は苦手かぁ!?」
ええい、うっさいわ!……と突っ込みしたいのも山々だが、司会者の言葉は正鵠を射ている。聖鉄の貝殻で守られているとは言え、只でさえ熱に弱い貝の身体では多少の熱も十分ダメージになりうる。
そこで私は炎の雨から逃れるべく、闘技場に敷き詰められた砂地へと逃げ込んだ。結界魔法に阻まれているせいで深い潜航は不可能だが、それでも炎の熱から逃れるには十分だった。
すると私が砂へと逃げ込んだのを見たのか、モスヒートの爆撃が止んで静けさが戻った。私は砂を隠れ蓑にして恐々と外へ顔を出すと、ちりつくような熱が頭上を通り過ぎた。モスヒートが地表スレスレの超低空を滑るように飛行しているのだ。
しかも、全身を炎で纏った『
(……そんな鑑定が出たんだけど、どうして私の姿が見えないのに発動したんだ? リスクが高すぎるんじゃ――)
と、考えていた矢先だった。目前に広がる砂地で大爆発が巻き起こり、奥行きのあるクレーター状の大穴がポッカリと出来上がっていた。
バーニングタックルとでも言うのだろうか、炎を纏ったモスヒートが急上昇したかと思いきや、そのまま急降下して地面に体当たりしたのだ。シンプルだが、その威力たるや宛ら火山から吐き出された岩石のようだ。
しかも、それを一度ならず何度も繰り返している。そこで漸く相手の意図が、砂中に潜り込んだ私を炙り出す事だと気付いた。広大な砂漠ならば焼け石に水だろうが、闘技場という狭い空間内では極めて有効的な手だ。
このままでは暴かれるのも時間の問題だという応えに辿り着いた時、再びモスヒートが砂地を穿ち、衝撃音と爆発音が入り交ざった音が響き渡る。傍目から見れば恐怖としか言いようのない光景ではあるが、私の脳裏では逆に一つの閃きが齎された。
『
私の姿形に似せた岩の塊を砂地の上に出現させると、案の定、上空を旋回していたモスヒートは偽装岩の存在に気付き、即座に鋭い縦長のUターンを描いた。
砂上に現れた偽物が本物だと信じて疑わないモスヒートはソレに狙いを定めると、自身の身体を弾丸のように回転させ、凄まじい勢いで突っ込んだ―――刹那、偽装岩の内部に仕掛けてあったウォーターボムを起爆させた。
「ギィィィィ!!!?」
「ああっと!? ロックシェルが自爆したのか!? そして中から溢れ出した大量の水を浴び、モスヒートに大ダメージだぁ!!」
そう、私が考えた閃きとはコレの事だ。焼身を発動しているモスヒートならば、下手な遠距離魔法よりも今みたいなバカみたいな高威力を秘めた体当たりをしてくるだろうと予測し、敢えて向こうから爆弾に飛び込ませるよう仕組んだのだ。
そして予測は見事に的中し、偽装岩に仕込んだウォーターボムをもろに受けたモスヒートの身体から焼身の焔が消えた。両翼の炎も大量の水を浴びて鎮火させられ、まるで羽を捥ぎ取られた蛾のような姿を晒している。
【相手の体力がレッドラインを切りました。丸呑みが可能です。標的を丸呑みしますか?】
と、そこで見慣れた文字が脳裏に浮かんだ。どうやら一か八かで焼身を発動させ、体力を削ってしまったのが裏目に出てしまったようだ。
アントリオの時は一対一という事もあって、別に取って食わずとも良いと思えるだけの余裕があった。しかし、モスヒートを抜きにしても未だ二体の魔獣がこの場に残っている。どちらかと戦うにせよ、戦闘が続くことを考慮すれば今の内に経験値を積んでおいた方が良いだろう。
『では、頂きます!』
バクンッ
羽を捥がれて身動きが取れなくなったモスヒートの真下から飛び出し、鯨のように一口で捕食する光景に一瞬だけ会場内が静まり返ったが、直ぐに割れんばかりの歓声が響き渡った。
「何と! ロックシェルがモスヒートを食らってしまいました!! それも一口で!! 滅多に見られない捕食に観客達も興奮を隠せません!!」
あー、はいはい。そうですかー……と適当に内心で相槌を打っていると、頭の何処かにピロリンッと例のレベルアップを告げるメロディーが聞こえた。
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして20になりました。各種ステータスが向上します】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして21になりました。各種ステータスが向上します】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして22になりました。各種ステータスが向上します】
【戦闘ボーナス発動:各種ステータスの数値が通常よりも多めに獲得します】
よしよし、レベルが三つアップしたぞ。そして速度も漸く四桁に突入した。とは言え、防御力や体力と比較すると極端な開きがあるなぁ。次いで攻撃力の低さも目立ち始めた。今までは相性の良し悪しで上手くカバーしてきたが、今後もそれが通じるとは限らない。
『次の進化で攻撃力が強化されると良いんだけどなぁ。まぁ、進化が出来ればの話だけど……うん?』
ふと背後から伸びてきた巨大な影が貝殻に滑り落ち、恐る恐る振り返れば……戦闘を終えたばかりなのか、興奮気に肩で荒々しく呼吸するグルズリーの姿があった。その肩越しから彼方を覗き込めば、バラバラに砕けたジュボックの残骸が散らばっていた。
幅広い魔法――毒や麻痺、植物魔法から果てには呪いまで――を駆使する魔法特化型のジュボックだったが、アンデッド魔獣であるグルズリーには毒や麻痺はおろか呪いも効かなかったらしく、そのまま力押しで敗北してしまったようだ。此方も相性の良し悪しが勝敗を分けたと言えよう。
「グオオオオ!!」
掬い上げるように振り抜いたグルズリーの腕から三日月状の
『堅牢!』
それに対し私はスキルで強化した自慢の防御力で真空刃を受け止めるが、暴風をぶつけられているかのような衝撃が貝殻越しに襲い掛かり、真空刃が消失した頃には最初に受け止めた場所から3m後ろへと押し出されていた。
見た目からして相当なパワーを持っていそうだとは思っていたが、想像以上だ。だけど、残念ながら私の勝利は揺るがない。何故ならば、私には私には対アンデッドの切り札とも言うべき必殺技を持っているからだ。
『
「グオオオオオオオオオオ!!!!」
触腕の口から放水された聖水を浴びせた途端、グルズリーはエクソシスト顔負けの絶叫を上げながら巨体を地面に投げ出した。聖水で濡れた部分から硫酸を掛けられたかのような白煙が立ち上り、身体に浴びた聖水を払い落とそうとしているのか、のた打ち回るように筋肉が剥き出しになった肉体を砂地に擦り付けている。
「こ、これは一体どうしたのでしょうか!? ロックシェルが水を掛けた途端、グルズリーの身体から煙が立ち始めました!!」
流石の司会者も私が聖魔法を使える事までは知らされていなかったらしい。彼だけでなく観客達からも予想外の展開に驚愕の声を上げ、瞬く間に会場内が騒めきのウェーブで満たされた。
「グオオオオ!!!」
と、それまで地面に身体を擦り付けていたグルズリーが殺気と憤怒を練り込んだ雄叫びと共に起き上がると、熊と言うよりも腕の長いゴリラのような躍動感溢れる走り方で此方に向かって突撃してきた。
恐らく怒り狂ったグルズリーは自分の得意とする接近戦で私を仕留める気なのだろう。未だに身体からは聖水の効果が続いている事を意味する白煙が薄らと漂っているが、浴びた当初に比べれば狼煙は幾分か細まっている。だが、みすみすと接近を許すほど私も甘ちゃんではない。
『
私を起点とした氷の舗道が砂の悪路に敷かれ、舗道に踏み込んだグルズリーの四肢を凍らせて身動きを封じ込める。直ぐにグルズリーは持ち前の怪力で舗道から手足を引っぺがして自由を取り戻すが、足を止めたという事実に変わりはない。
『ウォーターカッター!』
一輪の水刃が唸りを上げながら空を切り裂き、足元の氷に気を取られていたグルズリーが音に気付いて正面を向いたのと同時に首を撥ね飛ばす。驚きで大きく見開かれたグルズリーの頭部が宙を舞い、砂地に落ちた後も遺された首から下の巨体は弁慶の立ち往生の如く四本の手足で立位を保っていた。
「グォ!? グオオオ!!」
本来ならば首を切断されれば即死するところだが、アンデッド故かグルズリーは首だけの状態になっても呻いていた。アンデッド系の魔獣と戦うのはコレが初めてだが、改めて死体ならではの厄介さとしぶとさを垣間見た気がする。
【相手の体力がレッドラインを切りました。丸呑みが可能です。標的を丸呑みしますか?】
と、そこで例の捕食可能の文章が脳裏に浮かび上がった。最早勝ったも同然だけど、この後にも特別な試合とやらが控えている。念の為に、ここは食ってレベルと経験値を上げておくことにするか。無論、転がっているグルズリーの生首も一緒にだ。
『では、いただきます』
バグンッ
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして23になりました。各種ステータスが向上します】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして24になりました。各種ステータスが向上します】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして25になりました。各種ステータスが向上します】
【戦闘ボーナス発動:各種ステータスの数値が通常よりも多めに獲得します】
よしよし、この短期間でレベルが六つも上がったぞ。そう内心で着実なレベルアップにほくそ笑んでいると、ワッと大歓声が周囲から湧き起こった。何時も通りに捕食していたせいもあって、すっかり観客達の存在を忘れてしまっていた。
「何とバトルロワイアルを勝ち抜いたのは、まさかのロックシェルだぁー!! このダークホースの活躍を誰が予期出来たでしょうか!? そして彼の数々の戦いっぷりに魅了された人も数知れず!! 次なる戦いも期待出来ます!!」
司会者さんや、頼むからハードルを上げないでおくれ。私としてはさっさと舞台袖に引っ込みたいんだがね。いや、そんな事よりもヤクト達の安否が気掛かりだ。此処から脱出したいのも山々だが、対魔獣用の結界に囲まれた檻の中では成す術もない。
「では、早速ですが本日のメインイベントである特別試合を開催致します!! 本日の対戦者は此方です!!」
司会者の台詞に合わせて何処からともなくドラムロールが鳴り響き、私の目前に例の如く魔法陣が出現する。観客達のスタンディングオベーションと興奮で煮詰まった歓声が場内を埋め尽くし、場内の雰囲気が最高潮に達した時だ。
噴水のように眩い光を吐き出す魔法陣の中から現れたのは、男女の区別も付かない程に美しい中世的な顔立ちをしたエルフの若者だった。
【名前】ガーシェル(貝原 守)
【種族】ロックシェル
【レベル】19→25
【体力】15100→18100(+3000)
【攻撃力】3110→3590(+480)
【防御力】10150→11350(+1200)
【速度】935→1085(+150)
【魔力】5310→5790(+480)
【スキル】鑑定・自己視・ジェット噴射・暗視・ソナー(パッシブソナー)・鉱物探知・岩潜り・堅牢・遊泳・浄化・共食い・自己修復(成長修復)・聖壁・鉄壁・研磨・危険察知・丸呑み・暴食・鉱物摂取・修行・黒煙・狙撃・マッピング・吸収
【従魔スキル】セーフティハウス・魔力共有
【攻撃技】麻酔針・猛毒針・腐食針・体当たり・針飛ばし・猛毒墨・触腕
【魔法】泡魔法・水魔法・幻覚魔法・土魔法・大地魔法・聖魔法・氷魔法
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