第99話 アテナの憂鬱

 アマゾネスの族長であるアテナは今の状況に舌打ちをしたい気持ちに駆られた。レッドオーク相手に苦戦している悔しさもあるが、己の見通しの甘さに対する苛立ちが大半を占めていた。


(全く、これじゃ祖先の魂に顔向け出来やしない!)


 耳を澄ませば忌々しい豚人間の汚らわしい咆哮と、同族であり同志でもある仲間達の果敢な雄叫びが入り交じり、そこへ更に無数の剣劇が加わって戦乱の合唱曲を奏でていた。

 戦や争いにおいて、この程度の喧騒は当たり前だ。しかし、問題なのはコレが聞こえている戦場は集落から数キロと離れていない湿原地帯だ。つまりアマゾネス族の拠点から目と鼻の先の距離しかないという事だ。

 もしも今の戦いに敗北すれば集落は蹂躙され、アマゾネス族の敗北は確定となる。そして先祖代々受け継いできた土地を手放すか、或いはレッドオーク族の隷属となって屈辱の歴史を歩まなければならない。

 自分の代で、そのような汚点を残す事は我慢ならなかった。それは彼女個人の思いだけでない。自分を族長の後継者として指名してくれた先代、そして祖先の英霊に対する裏切りに匹敵するからだ。

 その答えに辿り着いたのと同時に、アテナの胸中で不退転の思いが一層膨らんだ。族長は自分の脇の地面に突き刺していた大剣を丸太のように太い片腕で引き抜くや、深く吸い込んだ息を男顔負けの雄叫びに変換し、戦場の中心地へと駆け出した。

 見晴らしの良い湿原地帯で激しく剣を交じわせていたアマゾネス族とレッドオーク族は、互いの攻撃を一時的に止めて雄叫びを上げながら突っ込んでくるアテナの方へ振り返る。片や戦意高揚から来る笑みを浮かべ、片や驚愕の余り目を見張ったまま動きを止めてしまう。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 湿原の泥濘ぬかるんだ地面の上では踏み込みや力の入れ具合などの調整が難しいが、この地に暮らし慣れているアマゾネス族には何の問題も無かった。アテナは動きを止めた最前線のレッドオーク数匹に狙いを定め、大剣を真横に振り抜いた。

 ゴウッと突風が湿地帯に吹き抜けたかと思いきや、次の瞬間には三匹のレッドオークの上半身が下半身にサヨナラを告げて泥土の上に倒れこんだ。一瞬の空白が生まれたが、直ぐに高揚の咆哮と、畏怖の悲鳴がそれぞれの陣営から巻き起こった。


「浮かれるのは早いぞ!! この豚共を此処から追い出すまで気を抜くな!! 我等アマゾネス族の意地を見せろ!! 我等の魂の炎を燃やせ!!! 此処は命を賭けて守るべき我等の土地ぞ!!」


 アテナの一喝でアマゾネス族の士気が爆発的に上がり、一気にレッドオークを押し返さんと防戦から猛攻に転じる。彼女達の勇猛を見てアテナは軽く口角を吊り上げるが、その胸中には薄暗い気持ちが蔓延していた。

 今この場での戦いで勝利したとしても、その後の戦いに勝てるとは限らない。二カ月前から始まった戦争は膠着状態に陥ったように見えるが、現実に目を向ければアマゾネス族が劣勢なのは明白だ。

 瘴気による汚染と腐食、連戦に次ぐ連戦による疲弊は明らかに戦いに悪影響を及ぼしている。このまま戦い続けても何れ敗北するのは目に見えているが、だからと言ってアテナに降伏する気はなかった。

 アマゾネス族にとって大事なのは信念を貫き、心を裏切らない事だ。それを破ることは先程も言ったように祖先に対する裏切りとなる。例え負けると分かっていても、あの世に行って彼等と再会を果たした時に胸を張って会いたい。それが族長として選ばれた、アテナの数少ない願望であった。

 ふいに自分の右頬に影が落ち、其方へ視線を振り向けると通常のレッドオークよりも遥かに巨大なレッドオークジェネラルが戦斧に匹敵する巨大な石斧を振り翳していた。


「ブオオオオオ!!!」

「ふん!!」


 アテナは大剣を頭上に掲げ、振り降ろされた石斧を受け止める。アマゾネス族の平均身長は180cm台と大柄だが、その中でも族長のアテナは2mを超す巨体を有する。そして彼女に切り掛かったレッドオークジェネラルは実に3m以上はあり、身長だけでなく体格も一回り大きく、傍目から見れば大人と子供の戦いにも見えなくもない。

 向こうも体格差を理解した上で力勝負に出たのだろうが、膝を屈するどころか一ミリたりとも押されないアテナの力強さと屈強さに驚き以上に焦りを覚えた。そんな相手の心境を見抜いたかのように、大剣の下でアテナがニヤリとニヒルな笑みを強める。


「何だ? その立派な巨体は見掛け倒しなのか? だったら、こっちから行くぞ!!」

「ブオオ!?」


 アテナが大剣に力を籠め、受け止めていた石斧を弾き返す。それによってジェネラルは上体を大きく反らしながら数歩後退り、反射的に体勢を維持しようと足に踏ん張りを入れるが、却って泥濘に足を取られてバランスを崩してしまう。


「はぁ!!」


 相手が見せた致命的な隙をアテナは見逃さず、大剣を横へ鋭く一閃した。驚愕を張り付けたまま切り飛ばされたジェネラルの頭部は、蹴り上げられたボールのように宙へと舞い上がり、そのまま泥土へと転がり落ちる。

 そして首の断面から夥しい血の噴水を噴き出しながら、頭部を失ったジェネラルの巨体は糸の切れたマリオネットのように倒れ込んだ。

 ジェネラル一匹に付きレッドオーク十匹分の力を持つと言われており、それ故に一対一の真っ向勝負で倒せたアテナの力量の高さが如何に高いかが伺える。しかし、だからと言って安堵は出来ない。まだレッドオークジェネラルは、この場に三匹居るのだから。


(レッドオークは残り70匹余り、ジェネラルは3匹。我々は40名ばかりだが、士気が上がっている今なら―――)

「族長!!」


 不意に自分の肩書きを呼ばれるのと同時にチリチリと肌を焼くような高熱の接近を感じ取り、咄嗟に大剣を盾代わりにしたガードの構えを取った。直後、剣の向かい側で爆発が巻き起こり、凄まじい振動が剣越しに伝わる。

 爆発の正体は炎魔法で生み出されたファイヤーボールであり、それを放ったのは大量の葉を繋ぎ合わせた蓑を纏ったレッドオークの魔法使いメイジだった。それも一匹だけではなく、五匹もだ。


「奴等め、オークメイジまで投入してきたのか!?」

「ブギギギ……ブギャー!!」


 一見すると単なる木の棒にしか見えない魔法杖を振り翳し、レッドオークメイジ達が唱えた呪文と共に複数の火球が繰り出される。最初の二発はアテナが剣で薙ぎ払うも、残りの三発は彼女の頭上を通り越して他のアマゾネス族に襲い掛かる。


「きゃああああ!!」

「くそ! 炎が……がっ!!」


 火球を浴びて全身を炎に包まれる者。一瞬だけ炎に気を囚われ、その刹那に石斧を背中に受ける者。魔法の横槍を受けて攻勢から再び守勢に転じてしまう者。

 味方の反応を見て、アテナは悔し気に歯軋りを立てた。単なる数頼みや力押ししか能がないレッドオークや、戦闘能力を遥かに向上させたレッドオークジェネラルぐらいならばアマゾネス族でも手の打ちようがある。

 しかし、魔法を自在に操るレッドオークメイジは彼女達にとって天敵にも等しい。アマゾネス族は言わずもがな近距離戦闘を得意とするのに対し、レッドオークメイジは魔法による遠距離戦闘を得意とする。互いの得手が対極に位置するもの同士であり、故に相性は最悪だ。

 アマゾネス族にも火や雷と言った五大属性魔法を扱える者は居るが、それでも稀有な事に変わりはない。そこでふと副族長の小柄な娘の姿が脳裏に浮かび上がったが、今この場に居ない者に助けを求める訳にもいかず、頭を振るって彼女の姿を脳内から追い出した。


「最優先でメイジを潰せ!! 速度を上げて魔法を掻い潜れ!!」


 アテナの言葉に応じるかのように、アマゾネス達は己の肉体に高速化ハイスピードの魔法を掛ける。体の底から湧き上がる青い粒子を纏わせ、そして泥を蹴り上げて駆け出した。

 初速から最高速度に達する彼女達の動きは身軽なチーターを彷彿とさせ、その素早い動きに付いて来られるレッドオークは皆無だった。だが、彼女達の狙いがメイジなのは明白であり、レッドオーク達はメイジを守るべく一か所に密集して文字通り肉壁を築き上げる。

 しかし、アテナは大剣で薙ぎ払うように右へ左へと振り回し、肉壁をゴッソリと削り取る勢いで次々とオーク達を切り捨てる。他のアマゾネス達も剣を振るってレッドオークの壁を切り崩そうと躍起になっている。


「ブギィィイイ!!」

「何!?」


 ところが、後少しで壁を貫通してメイジに届くと言うところで突然レッドオーク達が自らの意思で壁を解き、雪崩れ込むようにアテナ達に飛び掛かった。流石に速度を強化していても、五十匹近いレッドオークの群れを掻い潜り、その奥で待ち受けているメイジに刃を届けるのは無理があった。

 結果、アテナを含めたアマゾネス達の体にレッドオーク達がしがみ付き、身動きを封じられてしまう。これでは折角の高速化も形無しだ。

 アテナは筋力増強パワードーピングの魔法を用いて力尽くでオーク達を引き離そうと考えた矢先、バチバチと爆ぜるような音が鼓膜を叩いた。それに釣られてパッと前へ振り返れば、オークメイジ達が魔法を合体させて巨大な雷球を生み出そうとしていた。


「まさか……味方諸共やる気か!?」


 メイジ達の力を合わせれば、巨大な魔法を作り出す事も出来ない事もない。だが、その場合だと自分達に纏わりついている味方のオーク達さえも巻き添えを食らうのは目に見えている。

 と、そこまで考えてアテナはレッドオーク達の行動が至極当然のものだと気付いた。此処で自分達を仕留められれば、湿地帯の支配権はレッドオーク族の手中に落ちたも同然だ。

 最大の利益を得る為に、この場に居る味方を犠牲にする。小の虫を殺して大の虫を助ける、大規模な組織や合理主義な社会でありがちな事だ。道理として考えると納得し難い点もあるが、そもそも魔獣寄りのレッドオークに人様の道理を説ける筈がなかった。


「「「ブギィィイイ!!!」」」

「くそ!」


 捩じるように乱暴に体を振り回し、五体にしがみ付くレッドオークを振り解こうとするアテナだったが、振り解いても直ぐに別のレッドオークがしがみ付いてと堂々巡りを繰り返すだけだった。

 そしてメイジ達が編み出した巨大雷球は蒼白い電流の蔦を其処彼処に走らせ、いよいよ発射の瞬間ときを迎えようとしていた―――直前だった。

 ドンッと何かを撃ち込む音が聞こえ、次の瞬間には雷球を生み出したメイジ達を中心に強力な爆発が起こった。それに伴いメイジ達の頭上に作られた雷球が四散するかのように掻き消され、何もない虚空だけが取り残された。


「何だ!?」

「オークメイジの魔法が失敗したのか!?」

「……いや、違う」


 他の仲間達がオークメイジの失敗かと疑う中、アテナは一足先に答えを見付けていた。彼女が向けた瞳の先には、キュラキュラと奇妙な音を立てる二対の岩の覆帯を履いた巨大な貝が此方に向かって来ていた。

 貝殻の上では巨大な砲筒を肩に担いだ若者が仁王立ち、その後ろには自分の娘達の姿があった。



 アマゾネスの集落に到着したと思ったら、圧倒的にレッドオークの方が多いってどういう事なんですかねぇ。なんて考えている間もなく、到着前にヤクトへ手渡した砲筒――バズーカが火を噴いた。そんな物騒な品物を何処から取り出したのかですって? 当然、セーフティーハウス私の腹の中ですよ。

 それはさて置き、ヤクトが撃ったバズーカの弾頭は魔法を繰り出そうとしていたレッドオークメイジ達のど真ん中に命中し、盛大な爆発と共にメイジ及び周囲にいたレッドオーク達を吹き飛ばした。爆心地に居たメイジ達なんて、殆どが木っ端微塵となり散り散りとなった肉片しか残っていない。


「おー、我ながらええ威力やんけ。飛距離が短いのが欠点やけど。ガーシェル、おかわりを頼む」

『はい、どうぞ』


 おかわりと言われるやいなや、私は預かっていたバズーカの砲弾を貝の中から取り出してヤクトに手渡す。そしてヤクトはソレを受け取ると、バズーカの砲口にラグビーボール大の弾頭を備えたロケットを押し込んだ。ヤクトが制作したバズーカは、どうやら先込め式のようだ。

 やがて弾頭がガチンッと音を立てて奥に達した事を使用者に告げ、ヤクトは再び肩に担いでレッドオークの群れ目掛けて引き金を引いた。その引き金によってバズーカの後方下部に備わったボックスに満載された魔石の魔力と、ロケットの後部に仕込まれた魔石の魔力が結び付き、爆発が起こった。

 爆発の噴煙が後方上部に設けられた開閉式の排出口を通って放出され、それと同時に爆発の衝撃を推進力代わりにしたロケットが砲口から飛び出した。そしてレッドオークの集団に飛び込んで爆散し、更なる被害を相手側に齎した。


「ブオオオ!!!」

「「「ブオオオオオ!!!」」」


 これで逃げてくれたら御の字だったのだが、レッドオークジェネラルが石斧を軍配のように振るうや、配下のレッドオーク達がアマゾネス達との戦闘を中断して此方に殺到してきた。

 数は多いが、今まで戦ってきた魔獣達と比較すれば大した相手ではない。それはヤクトやクロニカルドも同じだったらしく、二人とも既に臨戦態勢に入っている。

 おっと、そうだ。念の為にアマゾネスの姉妹をバブルバリアに包んで……これで彼女達に危害が及ぶ心配は無くなった。それを見てヤクトも憂いが無くなったかのように、攻めてくるレッドオークのみに意識を集中させた。


「無防備に攻めてくるたぁ、ええ度胸やないか!」


 そう言って肩に担いでいたバズーカを放り出し、貝殻から降り立ったヤクトは身に纏っている外套の下から両腕を前に突き出した。両手には太めのL字を横倒しにしたような『マシンガン』が握り締められており、引き金を引くのと同時に大量の弾丸が一気に撃ち出された。

 魔獣のような分厚い皮膚や甲殻を持っていないレッドオークの体はスポンジのように引き裂かれ、ヤクトに触れるどころか近付く前に物言わぬ亡骸となってバタバタと倒れていく。

 しかし、ヤクトの快進撃は何時までも続かなかった。銃火器には当然ながら弾丸が必要不可欠であり、撃てば撃つほどに消費するのだ。引き金を引き続けていたことによって必然とマシンガンの弾が尽き、カタカタと虚しい音を吐き出し始めた。

 レッドオーク達も相手の攻撃が止まったと察知するや、味方の屍を踏み越えてヤクトに肉薄しようとする。しかし、彼等は一つだけ勘違いをしていた。今まで敢えて手を出さなかった私達が、これからも手を出さないと思い込んだまま迂闊に接近してきたことだ。


「ガーシェル! ちょっと任せた!」

『分かりました!』ヤクトはパッと身を翻して私の背後へ退避し、入れ替わる形で私が前線に立つ格好となる。『ウォーターマシンガン&ストーンガトリング!!』


 貝殻の隙間から覗かせた二本の触手から水の弾丸を、貝殻の上に岩魔法で築いた六つの銃身を持つガトリング砲から石の弾丸を、それら二種の弾丸を津波のように押し寄せるレッドオーク達に容赦なく浴びせ掛けた。

 どちらも威力が高い上に、魔法なので魔力が尽きない限りは弾切れする心配もない。高圧縮された水の弾丸はレッドオークの肉体を容易くハチの巣にし、硬度の高い岩の弾丸は分厚いレッドオークの頭蓋を貫通せしめた。

 途中で弾丸の装填を完了したヤクトが戦線に復帰し、私と共同でオークの軍団を蹴散らしていく。やがて相手の軍勢が半数を切ったところで、残りのレッドオークメイジ達が一ヵ所に集まり、再び巨大な雷球を生み出そうとしていた。

 相手の動きに気付いたヤクトがマシンガンの銃口をメイジ達に向けようとしたが、意外にもクロニカルドから待ったが掛かった。


「待て、メイジの相手は己がやろう」

「大丈夫なんか? 相手は合体魔法を撃とうとしてるで?」

「ふっ、無用な心配だ。いや、その心配は奴等にくれてやるが良い」


 そう言ってクロニカルドが私達の前に出た直後、メイジ達が合体魔法を撃ち出した。ヤクトに邪魔されて失敗に終わった時とは異なり、綺麗な球体を描いた雷球が一直線に此方へ飛んでくる。

 バブルバリアの中にいる姉妹は不安な面持ちを浮かべながらも互いを庇い合うように体を密着させ合い、ヤクトは片手を掲げて雷球の光から視界を守っている。そして私達の頼りであるクロニカルドは秒刻みで迫る雷球を目の当たりにしても、焦るどころか楽勝だと言わんばかりに鼻先で嘲笑った。


「ふっ、この程度の魔法で己に対抗しようなどと……片腹痛いわ! カウンター魔法、『反射リフレクター』! そして『倍返しハイリターン』!」


 そう魔法を唱えるやクロニカルドの正面に、ハニカム構造を彷彿とさせる小型且つ複数の正六角形が密集したバリアが出現した。そしてバリアの展開が完了した直後に雷球が正面から激しく激突し、半透明のバリア越しから眩い光が膨れ上がる。

 ―――と思いきや、それも数秒足らずで消失した。否、バリアにぶつかった途端、雷球がスーパーボールのように呆気なく弾かれて遠ざかったのだ。しかも、倍返しハイリターンの魔法によって只でさえ巨大な雷球は更に膨れ上がり、その威力も倍増している。


「ブギィイイ!!」

「ブギャ!! ブギャー!!」


 雷球はブーメランのようなUターンを描き、魔法を放った張本人であるレッドオークメイジ達の元へと戻っていく。レッドオーク達は巨大な雷球を前にして無様に逃げ惑うばかりで、一方のレッドオークメイジは魔法を撃って雷球を自爆させようとするも、幾度撃っても雷球を破壊するどころか勢いも落とせず、焼け石に水であった。

 彼等の努力も虚しく雷球が着弾した瞬間、目も眩むような大爆発と共に巻き起こった電撃のドームが生みの親達レッドオークメイジ大勢の兵隊レッドオークを飲み込んだ。

 やがてドームの消失に伴い閃光が収まると、一帯には黒焦げたレッドオークの軍勢が横たわっていた。ドームの中が凄まじい高圧電流で満たされていた証拠であり、改めて雷球の絶大さを実感した。クロニカルドが繰り出した倍返しハイリターンの影響もあるのだろうけど。

 だが、この一撃が決定打となったのもまた事実だ。相手方の残存戦力は三割を切った上に、彼等を指揮していた三匹のレッドオークジェネラルも内二匹が雷球の爆発に巻き込まれて命を落とした。


「ブギィィィィ!!!」


 唯一生き残ったレッドオークジェネラルが撤退を告げる咆哮を天に向かって上げると、オーク達は一斉に回れ右をして湿地帯から敗走した。

 戦闘民族として名高いアマゾネス族ですら、敵対種族が尻尾を巻いて逃げる様をポカンとした面持ちで見送る他なかった。まぁ、自力で勝ち取ったのならば喜びもひとしおだっただろうが、突然現れた第三勢力が追い返してしまったのでは感動も薄れるというものだ。事実、彼女達が私達に向ける視線には困惑が多く含んでいましたし。

 取り合えず目前の危機も去った事だし、マリーとミリーを守っていたバブルバリアを解除した。すると二人は私の上から降り立つや、真っ先に一際大柄なアマゾネスの女性の下へと駆け出した。


「マリー! ミリー!!」

「「お母さん!!」」


 お母さん!? あの巨漢にも勝るとも劣らぬ大柄で筋骨隆々の男女……いや、漢女がお母さんですと!? あんなにも可愛い二人も、いずれ母親と同じような逞しい姿になるのでしょうか? なんて姉妹の未来図を勝手に想像している間にも親子は再会と会話を終わらせ、私達の方へ歩み寄ってきた。


「話は娘達から聞かせて貰ったよ。私はアテナ。このアマゾネスを率いる族長を務めさせている」


 族長ですと!? つまり、私達は図らずしもアマゾネスの族長の娘を救っていたのか……。情けは人の為ならずとは言うが、まさか早速効果を発揮するとは思いませんでした。

 ヤクトも唖然とした表情を一瞬だけ作るも、直ぐに何事も無かったかのように平静な表情に戻ってアテナの言葉に耳を傾けた。


「私の娘を助け、更には集落の危機を救ってくれて感謝の言葉もない。何とお礼を申し上げれば良いことか」

「あー、実はその事なんやけど……。恩着せがましいと思うかもしれへんけど、一つだけ俺っち達の頼みを聞いてくれへんやろうか?」

「頼み? もしや私の肉体か?」

「違う」


 若干チベットスナギツネの目になり掛けながらもキチンと断りを入れ、ヤクトは此処へやって来た理由――アクリルにかけられた呪いを解呪すること――と経緯を打ち明けた。それに耳を傾けていたアテナは、深刻さと真剣さが入り交じった複雑な面持ちで呻るような声を上げた。


「成程、その子供の呪いを解く為か……。確かに我が一族にはシャーマンが居る。しかし――」

「しかし? 何か問題でもあるのか?」


 クロニカルドの問い掛けにアテナは何かを言おうとするも、思い直したかのように中途半端に開き掛けた口を閉じて、直ぐに違う台詞を吐き出した。


「私が口で説明するよりも、見て貰った方が早い。此方へ」


 付いて来いと言わんばかりにアテナは顎先で集落を指すと、踵を返して歩き出した。私達は彼女の後ろに付いて行く形で、アマゾネスの集落に向かって進み始めた。

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