第61話 更に地下深くへ

「うーん、こりゃ間違いなくダンジョンが続くっていう意味やろうなぁ」


 土砂に埋もれていたヤクトを救出した後、彼は新たに現れた螺旋階段を見下ろしながら若干期待外れな面持ちで呟いた。他に通路は無く、行き止まりでしかも広い空間に辿り着いたのだ。誰もが此処をゴールだと思っていただけに、それを裏切られたショックは大きい。分かるわー、私もそうでしたもん。


「つまり、今の奴は中ボスっちゅー訳かいな」

「ちゅーボス?」

「ダンジョンの中間で登場する強い魔獣のことや。せやけど、前向きに言えばコイツが登場したって事は、俺っち達が折り返しに差し掛かったも同然ってこっちゃ。ゴールは案外近いかもしれへん」

「ゴール! 出口がちかいんだね!」

「ああ、その通りや」

『成程、そういう考えもありですね』


 今のが中ボスだと考えれば、私達は折り返しに到達したとも取れる。つまり出口まで残り半分ほどであり、いよいよダンジョン踏破の光明が見えて来たという訳だ。


「それじゃ、地下へと降りるけど問題はあらへんか?」

「うん、だいじょうーぶ! ガーシェルちゃんは?」

『私も問題ありません』

「ガーシェルちゃんも大丈夫だってさ!」


 アクリルの返事を聞いてヤクトがコクリと頷き、視線を螺旋階段へと戻す。


「ほな、地下へと行こか。何が出てくるか分からへんから、気ィ抜いたらいかんよ?」

「はーい!」


 アクリルの返事を機に、私達は地下深くまで続く螺旋階段を下り始めた。



 半月状に掘られた壁の窪みがにはトーチの火が灯っており、それが螺旋階段に沿って続いているおかげで足元が照らされ、階段を踏み外すという心配も無い。まぁ、私に踏み外す足なんて無いですけどね。それでも急に敵が出てくる恐れがあるので、慎重に進む事に変わりはないが。


「そう言えば……アクリル達を襲った黒い人たちは誰だったのかなぁ?」


 ゆっくりと螺旋階段を下る最中、ふとアクリルは思い出したかのように疑問を零した。あの時――休憩所での襲撃を逆手に取った時――に一人だけ生存者が居たが、彼が何かしでかす前にヤクトの手によって殺されてしまった。

 貴重な情報源を……って思わない事も無いが、かと言って何かしでかした後では手遅れだ。なので、一概にヤクトを責める事は出来ない。そのヤクトはアクリルの質問に顎に手を添え、考える素振りをしつつ自分の考えを口にした。


「せやな。今となっては分からんけど、少なくとも此処の国の人間やないと思う」

「どうしてー?」

「俺っち達と言葉を交わした男の口調……訛りっちゅーヤツやな、それがこの国のモンやなかった。それにヤツは『故国』って口走りおった。もしも俺っち達が今居る国の偉い人間に命じられた、忠誠心の高い暗殺者やったら“この国の為”とかケツの穴が痒くなるようなセリフを格好付けて言う筈やないやろか?」


 そう言われると、確かにそうかもしれない。言葉のイントネーションが、パラッシュ村に居た人達と比べると若干違う気がするし、それに自国の領土で態々故国呼びするのも変だ。それを聞いたアクリルはきょとりと首を傾げて、丸くした眼差しをヤクトに向けた。


「どうしてお尻が痒くなるのー?」

「だから姫さんや、食い付くべき疑問点はそこやあらへんって。あとケツ云々は比喩や、比喩。言葉の表現っちゅーか……まぁ、大層な表現や強調をする場合に用いられるんや。どういう使い方をするかは後で自分で勉強しぃや」

「はーい!」


 うーん、元気なのは良いことなんですけどねぇ……。ちゃんと意味を理解した上で、言葉遣いを覚えて欲しい所だ。

 とりあえず、今の比喩をアクリルが使わない事を祈ろう。幼い彼女の口からケツの穴なんて言葉が飛び出した日には、ガーヴィンが草葉の陰で号泣しますね。


「おっ、漸く底が見えてきたで」


 ヤクトが螺旋階段の中心の穴を覗き込むように目を遣り、それに倣って私も覗き込めばトーチの炎に照らされた石畳の地面が目に入った。意外と長かったなぁ、六回建てか七階建てのビルに匹敵する長さを下ったのではないだろうか。

 そして螺旋階段を下り切り、終着点である石畳に足を付けると半月状の入り口が直ぐ目の前にあった。そこを潜ると天井の高さと横幅が一気に広がり、まるで前世にある飛行機を収納するハンガーのようなトンネルが続いていた。


「ほぉ~……。こりゃ今まで通って来た道とは比べ物にならん程に広いなぁ」

「わぁ~! 広~い!」

『こんな広い場所が地下で待ち構えているなんて、思いもしませんでしたねぇ』


 各々感想を漏らしながら、トンネルの中へと足を踏み入れる。ヤクトやアクリルの歩く足音だけが響き渡り、この空間を支配しているかのような贅沢さを覚えてしまいそうだ。アクリルなんて珍しく興奮を覚え、小走りで私達の先へ行ってしまう程だ。


「ヤー兄! 凄く広いね!」

「姫さん、幾ら開放感があるからって心も開放させて気を抜いたらあかんで。何時何処で魔獣が現れるかもしれんのやしな」


 ヤクトの言う通りではあるが、現時点でソナーを使っても敵影は確認出来ない。まさか敵が一切出て来ない非戦闘区域ラッキーゾーンだったりするのだろうか? いや、ダンジョンでそれは有り得ないか。でも、何にしても魔獣に遭遇しないで済むのは良い事だ。


「うん、わか―――あっ!」

『アクリルさん!?』


 ヤクトの方に顔を向けたまま喋り歩きしていたせいで、微かに盛り上がった石畳に爪先を引っ掛けて顔面からべしゃりと転んでしまった。出会ったばかりの彼女ならば泣いていたかもしれないが、一皮剥けた彼女は痛みに耐えて立ち上がり、何事も無かったかのように服に付いた砂を払い落とした。


「姫さん、大丈夫かいな?」

『アクリルさん、大丈夫ですか?』

「うん、アクリルはへーき―――」


 ドギュンッ!


「「『えっ?』」」


 アクリルが私達の方へ振り返りながら平気だとアピールした矢先、彼女が顔面を打ち付けた地面を突き破り、ソレは凄まじい勢いで現れた。テラテラと輝く鋭利な円錐状の物体、横には滑らかな螺旋状の溝が掘られており、その形状を見た途端に私の脳裏である名前が休息に浮上する。


『……ドリル?』


 そう、ソレは紛う事無き鋭利なドリルそのものであった。だが、この中世期染みた世界にドリルと呼ばれる道具なんて存在せず、仮にあったとしても意思を持ったかのように自ら石畳を貫いて現れる筈がない。となれば、考えられる可能性は一つだ。


『鑑定!』


【アンネル:地中に生息する巻貝型の下位魔獣。貝殻のドリルを高速回転させて地中を掘り進み、岩石や鉱物を食して生活している。地中深くに潜んでいるので滅多に御目に掛かれないが、時々地表に顔を出して他の魔獣や人間に襲い掛かる事もある。多少の物音でも探知する優れた聴覚を持っており、それを元に獲物の位置を把握する能力を持っている】


【種族】アンネル

【レベル】10

【体力】1200

【攻撃力】250

【防御力】600

【速度】80

【魔力】150

【スキル】岩潜り・ソナー・狙撃・鉱物探知

【攻撃技】ドリル攻撃・麻痺針

【魔法】岩魔法


 まさか、こんな地下深い場所で私の親戚みたいな魔獣に出会おうとは思いもしなかった。しかも、多少の音に反応するって事は……もしも銃声みたいなけたたましい音を鳴らせば、それは仲間を呼ぶと言う意味では?

 そんな危惧に気付いた所でヤクトの方を見れば、彼は既に銃を手にしてアンネルに狙いを定めていた。


「姫さん! 下がりや!」

『ヤクトさん! ストップ―――』


 私の声なんて届いていないと分かっていながらも、行動よりも口が先に出てしまうのは癖みたいなものだ。そしてアクリルが慌てて踵を返し、自身の横を通り過ぎた所でヤクトは構えていた銃の引き金を引いた。


ダンッ!


「!」


 放たれた銃弾はアンネルのドリルのような貝殻に命中するも、跳弾して明後日の方向へと弾かれてしまう。流石に岩盤を掘り進められる硬度を持っているだけに、並の銃弾では歯が立たないか。

 しかし、この突然の攻撃に向こうはビクリと体を震わせ、ドリルを逆回転させながら地中へ戻ってしまう。ヤクトは「逃げおったか」と悔しがっているが、私の勘は「違う」と断言していた。


「あー、びっくりしたぁ。ガーシェルちゃん、今のは何だったんだろうね?」

『あ、アクリルさん! ヤクトさんに伝えて下さい! 直ぐに此処を抜けましょうって!』

「ガーシェルちゃん? どうしたの?」

『い、今の銃声が他の仲間にも届いたかもしれません! どれだけの数が居るかは分かりませんが、一刻も早く―――』

「ん? 何や、この音?」


 アクリルに説明している最中、何処からともなく聞こえてくるドリルで地面を掘り進むような音に気付いたヤクトが怪訝そうな表情を浮かべながら私の言葉を遮った。

 トンネル内故に音が反響し合って分かり辛いが、これだけは言える。音の出所は一つではない。床と壁に天上、とどのつまりは上下左右の全方向からだ。

 その音が徐々に近づいてくるに連れて、フットレス程ではないが確かな振動も加わり、いよいよ以て私の中にある野生本能が危険を告げる警報を鳴らし始める。


『アクリルさん! ヤクトさん! 失礼します!!』

「え? きゃっ!」

「おわ!? 何すんや!?」


 二人の悲鳴や疑問の声を無視し、彼等の身体に触手を巻き付けて貝殻の上に放り乗せるや、すぐさま私はホイールを急速回転させた。当初はホイールが空回りして激しい摩擦音を響かせるだけだったが、すぐに地面を掴んで急発進した。

 その3秒後、先程まで私達が居た場所の天井・床・壁から無数のアンネルがドリルを回転しながら飛び出した。

 既に狙うべき標的が居なかったせいで、功を焦って最初に飛び出した数匹が互いのドリルで串刺し合って自滅したが、残りの大部分は私達が逃げた事を素早く感知し、地面を泳ぐように掘り進みながら追撃してきた。


 こうして地下階層に設けられた長いトンネルで、生死を分けるリアル鬼ごっこが幕を開けたのであった。

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